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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
母の祝ぎ歌

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31/52

魔女月夜のできごと・1【外伝・ルドガー視点】

ルドガー視点の外伝です。少し性的な表現があるのでご注意ください。

ザヴィールウッドのあたりでは、幼い子どもに母親が言って聞かせる話がある。



満月の夜、ニーヴの丘に近づいてはいけないよ。

もしその夜に魔女が生まれていたら、それは魔女月夜。

ニーヴの柳の下では人ならざる者たちがつどい、祝いの宴を催しているかもしれない。

人の子がいるのが見つかったら、連れていかれてしまうよ。

精霊たちの住む、狭間(はざま)の国へ……。





音楽卿(ロード・ムジカ)は、騎士団長である俺ルドガー・フレイザーを、塔の階段下まで強引に連れ出した。

ここは城壁の上で見晴らしがいい。周囲に誰もいないことが一目瞭然だ。

余人に聞かれる心配がないせいか、彼は大胆で率直な物言いをした。



「エリナの宿泊する部屋はどこかと、あなたがヨシュアに確認されたと聞きました。

まさかとは思ったが、急いでここへ来てよかった。

閣下、妹に近づかないでいただけませんか。

音楽会の会場の様子を見ていてもわかる通り、彼女はあなたに怯えています」



音楽卿(ロード・ムジカ)であるアルマン・リズリーは、フィンバースの国事としての音楽式典すべてを取り仕切る権限を持つ。

祭祀の音楽が政治上重要な役割を果たすことの多いこの国では、彼はある意味で国政のトップである。

また、大精霊ノナ・ニムとの深いつながりを持つリズリー家の次期当主でもあり、領地を持たないとはいえ幅広い人脈で隠然たる勢力を持つ権力者だ。

個人的に言えば、俺にとっては義兄にもあたる男である。


だが彼は俺に好意を持ってはいないし、俺もそのことについて何の感慨もない。

ただ、義兄が妹のことを溺愛しすぎて、俺にあれこれ文句を付けてくるのは我慢ならない。



「あなたの妹は我が家に嫁いでフレイザー公爵夫人となった。夫婦間のことに口出しはしないでもらいたい」


俺としては当然のことを言ったまでだが、義兄はそれに噛みついてきた。



「夫婦というがそもそもあなたは、妹と一般的な夫婦関係を築いてきたとは言えますまい。

初夜の床で妹は、あなたに尊厳を踏みにじるような扱いをされた。

そんなエリナの負った心の傷の深さは、想像するに余りあるほどだ。

兄として僕は本当に胸が痛む。

そしてその後も、あなたはずっとネリー嬢との愛の巣にこもっておられて、妹は息子のセドリックとともに、何年も放っておかれたままだったではありませんか。

ふつうの女性なら、そんな夫とは二度と閨をともにしたくないと思うのが当たり前です。

現に妹はあなたに二人目の子を産めと言われて、あなたのいる王都を離れる選択をしたではありませんか」


「それは……あなたの立ち入ることではない」



平静に返したつもりだが、心中は波立っていた。

そうした俺の反応にいっさい忖度せず、アルマン・リズリーはさらに追い打ちをかけてきた。



「いいや、あなたはエリナの心の痛みをもっと知るべきだ。

妹はあなたと閨をともにした時、清らかな処女(おとめ)だったのですよ。

初めての交わりは、女性には痛みを伴うものです。恥じらいや不安を抱えて、初めて男に身をゆだねる処女(おとめ)には、怖がらせないよう優しく接してあげなければいけない。

閣下はご存じないのでしょうが、男慣れした娼婦を抱くのとはまったく訳が違うのです」



暗にネリーを引き合いにした挑発的な台詞に、俺は思わずアルマンの襟首をつかみ上げた。



「聞き捨てならんな。俺を侮辱するのか」



こうするとたいていの者はひるんで引き下がるのだが、さすが音楽卿(ロード・ムジカ)の称号を戴くだけあって、アルマン・リズリーは肝が据わっていた。

濃い青色の瞳は揺らぎもせず、すぐ鼻先で俺をにらみ返してきた。



「ほう、僕を殴るつもりですか、騎士団長閣下。

そうやって、ご自分のお気に召さないことはすべて暴力で片をつけようと? 

それがあなたの流儀なのですか。王国騎士団も堕ちたものだ」



俺はぐっと返答に詰まり、つかんでいた襟首を離した。

アルマン・リズリーは大げさなそぶりで襟元を整えると、厳しい顔つきでまたもや俺を非難した。



「男の僕でさえ、騎士団長殿に逆らうのは勇気がいる。

ましてエリナはか弱い女性だ。あなたに力づくで迫られたら抵抗のしようもない。

妻になら何をしてもいいと思っておられるのなら大きな間違いだ。

嫌がる女性に無理やり房事を強いるのは、相手が誰であれ強姦と同じことです」


「強姦だと? 犯罪者を取り締まる騎士団長のこの俺が? 馬鹿を言うな」



言い返す口調が思わずきつくなる。

だが優男に見えた音楽卿(ロード・ムジカ)は、王国騎士団長である俺に対して一歩も引かない強硬な姿勢を見せた。



「強姦と言ってなんら差し支えないでしょう。

エリナはあなたとの同衾を望んでいないのだから。

無理もないことだと思いませんか? 

あなたは長年ネリー嬢と蜜月を過ごし、愛の快楽を十分に堪能しておられますね。

しかしエリナは一度もそれを味わったことがないどころか、たった一度の夫婦の夜に苦痛の記憶しか持っていないのです。

それにあなたは閨事以外の通常の社会生活の中でも、エリナの名誉を貶め、傷つけることばかりなさっているではありませんか。

先ほども、よく事情を聞きもせず一方的にエリナに非があると決めつけて、公衆の面前でエリナを叱責し罵倒しましたね。

そんな扱いをしておきながら、妹に次の子を産めなどとはよくも言えたものだ。

エリナにとって、あなたとの閨は拷問でしかないでしょう」



アルマン・リズリーは、俺に強い非難の目を向けてそう言い放った。

彼の容赦のない糾弾に対し、俺はあえて釈明しなかった。すると義兄はやや口調をやわらげて言った。



「閣下、エリナの心をこれ以上傷つけないでください。

妹には近づかないでいてほしいのです。

妹はあなたの息子のセドリックを産んで、慈しんで育てています。

それで十分だと思ってはいただけませんか? 

子どもを産む道具としての役目はもう果たしていると」



深い青色の瞳が哀願の色を帯びていた。








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