宴の夜・3
それまで私と兄のやり取りを黙って聞いていたルドガーが、突然口を開いた。
「お前は今まで魔力がなかったが、今日突然魔力が目覚めたということか?
何かの加護を受けたわけでもなく?」
私は夫の質問にうなずいた。すると夫は冷たい声音で言った。
「本当に今まで魔力がなかったのか。
魔力を持っているのに、持っていないと嘘をついていたわけではないだろうな」
「何を…っ」
夫に食ってかかろうとした兄を、私は懸命に制した。
「お兄さま、おやめになって」
「だけど、エリー…! ひどい中傷だ」
「いいのよ。気にしていないわ」
ルドガーが私を貶めるのは、今さら驚くことでもない。
けれどどうしてわざわざ私の部屋を訪ねてきてまでこんなことを言うのだろう。
私に魔力があったら何か不都合なことでもあるのだろうか。
考えても結論は出ないので、私は夫にありのままを答えた。
「私には生まれつき魔力がありませんでした。
ですから、今まで魔力を持たずに生きてきました。
貴族の家に生まれたのですから、自分にも魔力があればよかったのにとずっと思っていましたけれど、魔力はなかったのです。
噓ではありません。
もし私が魔力を持っていたとしたら、持っていないと嘘をつく理由など何もないではありませんか。たった今、私に魔力が目覚めたと兄から聞かされて、自分でも驚いているところです」
「本当だな」
夫は私をにらみつけて念を押してくる。
どうしてそこまで疑ってくるのかわからないが、「本当です」と答えた。
私の返事を聞いて、ルドガーは難しい顔で考え込んでいる。
そんな夫に、兄は冷たく言った。
「納得していただけたなら、どうぞお引き取りください。
妹は今夜、ひどく疲れているのです。
とてもあなたの子どもを産む道具としての役目を果たせる状態ではありませんから」
その言葉が気に障ったのか、ルドガーはピクリと頬をひきつらせ、兄をにらんだ。
だが兄は臆した風もなく、さらに言葉を重ねた。
「道具であっても、役目を果たすにはそれなりの手入れが必要です。
放置していた楽器は良い音を奏でない。
騎士の使う剣も、手入れもせず雨ざらしで放っておいたら、錆びついて役に立たなくなるでしょう。
エリナはまさに今そういう状況にあるのです。
ですから今夜は、妹と同じ部屋で過ごすのは諦めていただきましょう。
騎士団長閣下、どうかお引き取りを」
慇懃無礼に頭を下げた兄を、ルドガーは苛立たし気に見やったが、すぐに兄から目をそらし、兄の後方にいる私へ視線を向けた。
「聞きたいことがある」
ルドガーはまっすぐ私を見て言った。
赤い瞳が射ぬくような鋭さでこちらを見ている。
恐ろしかったが、兄やターラの存在に力を得て、私は彼に返事をした。
「なんでしょう?」
「お前は、生まれつき魔力がなく、どんな神の加護も受けていないと言った。そうだな?」
「その通りです」
私の答えを受けて、夫は新たに私に質問を投げかけた。
「だったら、お前は……」
「……?」
「……夢を見るか?」
「夢?」
唐突な質問だったが、その問いに、心臓が大きく跳ね上がった気がした。
兄とターラは、何のことかわからないと言った顔をしている。当然だ。
夢とは何のことなのか。どんな夢なのか。
ルドガーの問いだけでは何もわからない。
私も、夫にそう聞かれてなぜこんな気持ちになるのかわからなかった。
胸の奥がぎゅうっと搾り上げられるような、切ない気持ち。
それを知ってか知らずか、ルドガーは再び私に問いかけてきた。
「夢を……見ないのか? お前は」
私が言葉を紡げずにいると、兄がたまりかねたように口を挟んだ。
「何のことをおっしゃっているのかわかりかねます、閣下。
もう今夜は妹を解放してやっていただきたい」
そう言うと兄は、私に目で合図をして部屋の扉を強引に閉めた。
隔絶された部屋の中、扉の向こうで少しだけ争うような兄と夫の声が聞こえたがすぐにそれもおさまり、階段を降りていく二人の足音が聞こえた。
私と一緒に耳を澄ませていたターラが、ほうと大きなため息をついた。
「ああ、よかった。ルドガーさまはすんなりお帰りになってくださったようですね」
私はターラに向かい、笑おうとしてうまくできなかった。
(お前は、夢を見るか?)
そう私に問うてきたルドガーの、どこかすがるような赤い瞳の色が、いつまでも頭から離れなかった。
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