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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
負け犬公爵夫人

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3/52

離縁は覚悟しています・3

※性的な表現がありますのでご注意ください。

短編「離縁は覚悟しています」第3話「目覚め」と同じ内容です。

短編を読了された方は、その続きとなる「兄の来訪・1」からお読みください。

産声が聞こえ、一瞬で世界が鮮やかに色づいた。



「奥方さま、おめでとうございます! 

男の子ですよ!」



まだへその緒がついている赤子を、産婆が私の目の前に見せてくれた。

黒い髪。

精悍なはっきりした顔立ち。

目はまだ閉じていているけれど、瞳の色は赤いだろう。

さっきまでの夢の中で、ずっと見ていた息子の顔だった。



「私の、赤ちゃん…」



かぼそい声で泣く赤子に、どうしようもなく涙があふれてきた。

息子はまだ生まれたばかりだ。

私が見てきた光景は、これから起こる未来の出来事なのだろうか。

夢というにはあまりにも鮮明で、すでに一度経験したこととして、心に深く刻み込まれているような気がした。

まるで、人生を巻き戻ったかのような…。



「エリナさま、この子は強い子になりますよ。

三日三晩の難産は、赤ちゃんにとってもとても苦しいものだったはずです。

それをこうして耐え抜いて、この世に生まれてきたんですから」



産湯をつかってきれいに清められた赤ん坊を見て、ナタリーが感極まったように言う。

私の目にはまた涙があふれた。

この子とともに生と死の境をさまよっていたと思った瞬間、私は魂の奥底でわかったのだ。

今まで見てきたのは単なる夢ではなく、私が生きる現実の人生なのだということが。

三日三晩にわたる苦しみを乗り越えて、ようやく私のもとに生まれてきてくれたこの子の、この先たどる運命なのだということが。

夢で見たあの人生を思い返してみると、私はひどい母親だった。幼いこの子に自分の理想を押しつけるばかりで、ちっともこの子の気持ちを聞いてやろうとしなかった。でもあの人生の最後に感じた気持ち、この子に対するあたたかい感情は、今まさに、この胸に宿っている。

私はこの先、この子のために生きよう。この子を幸せにするために全力を尽くそう。

これは私の、贖罪なのだ。

義父や義母がやってきて、孫息子の誕生を喜び、私をねぎらってくれた。ひとしきり祝福を受けた後、体力を消耗していた私は眠りについた。



ふと目を覚ましてかたわらを見ると、寝台の脇にルドガーが立っていた。

私は驚きはしたが、夢で見ていたこともあって冷静になることができた。

ルドガーはベビーベッドをのぞき、

「男か。魔力はあるようだな」と言った。


「これで公爵家の跡継ぎの心配はなくなったな」と続ける。

夢で見た、あの場面と同じだ。

それから少しためらうように間をおいて、ルドガーが口を開いた。



「セドリックと名づける」


「え?」


「フレイザー家の始祖の名だ。

12歳になったら騎士団に入団するよう取り計らう。

お前はこの子を、公爵家の跡継ぎとして、騎士団長になる者として、恥ずかしくないようしっかり育てろ。わかったな」



素っ気なく言ってそのまま立ち去ろうとするルドガーを、思わず私は引き止めた。



「旦那さま!」



胡乱な目つきでルドガーが振り向く。



「……なんだ」


「あ…」



とっさに声をかけたものの、すぐに私は言葉に詰まった。



「あの…ありがとうございます」



ようよう言葉を絞り出した。



「なんのことだ?」


「この子に良い名をつけてくださって」


「ああ」


「私は…」



夢で見た前世のルドガーと、ここにいるルドガーは少し違っていた。

子どもができても何の感慨も持たない人だと思っていたけれど、名前を考えてくれるくらいには子どもを気にかけているようだ。

彼はセドリックの父親なのだから、私も最低限の礼儀は尽くそうと思った。



「私は、旦那さまに感謝しています。

私にこの子を授けてくださったこと。

この子に名前をくださったこと。

それだけでもう十分です。

これ以上、旦那さまとネリー嬢のお邪魔はいたしませんのでご安心ください」



率直に感謝を述べたつもりだったが、ルドガーの顔は少しゆがんだように見えた。



「この子のことは、私がしっかり育てていきます。

旦那さまは、どうぞ愛する方とお幸せに。ごきげんよう」



そう言って頭を下げた私をルドガーは不機嫌そうに一瞥し、無言のまま部屋を出て行った。


先日セドリックは4歳になった。

あの日からもう4年が経ったわけだが、その間ルドガーからは何の音沙汰もなかった。

夢で見た前世でも、ルドガーは息子が12歳になるまで私たちに何の関わりも持とうとしていなかったから、私は今度の人生でもそのつもりでいた。

それがまさか、第二子を望む手紙が来ようとは思ってもみなかった。

どう対処したらいいのだろう。手紙が来てからの2週間、私は心乱れ、悩みに悩んでいた。





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