宴の夜・2
ルドガーは目をすがめ兄アルマンをにらんだ。
「夫が妻の部屋を訪れて何が悪いというのか。
音楽卿だろうと、我がフレイザー公爵家の内情に立ち入る権利はないはずだ」
ルドガーの言うことは正論ではあった。
だが兄は鼻で笑って言い返した。
「妻ですって? 世の善良な夫の諸君は、自分の妻を“貴様”呼ばわりなどしませんよ。
公衆の面前であれほど罵声を浴びせるとは、妹の名誉など、あなたの眼中にはないのでしょうね。
あなたにとって、妻と呼ぶべき大切な女性はネリー嬢であって、妹のことは妻などと思っておられないのでしょう?
子どもを産む道具だなどと公言なさるくらいですからね」
兄に痛烈に批判されてもルドガーは顔色を変えなかった。
「あなたの妹は、それを承知で俺に嫁いできたはずだ」
「ああ、本当に……僕は後悔していますよ」
兄は悲しそうな顔をした。
「それでもエリナは僕のたった一人のかわいい妹です。
目の前で彼女が踏みにじられるのを、兄として黙って見ているわけにはいきません」
凛とした兄の強い口調に、ルドガーは一瞬沈黙してから、口を開いた。
「踏みにじるつもりはない。ただ、聞きたいことがあって来ただけだ」
「聞きたいこととはなんです?」
つっけんどんに聞く兄には答えず、ルドガーは私の方を見て問いかけた。
「お前は、魔力がないのではなかったのか。加護持ちだったのか?」
「え?」
私は予想外の質問に面食らった。
「私は生まれつき魔力がありません。加護を持ってもいませんわ」
「そんなはずはない」
ルドガーは険しい顔で私に詰め寄った。
「魔力がないなら、さっきの音楽会での歌唱は何だ?
会場中にあふれかえるほど強力な魔力だった。魔力も加護もない者ができることじゃない」
「それはきっと、兄の魔力が…」
「いや、エリー。それは違うよ」
脇から口をはさんだ兄が、真顔で私を見て言った。
「本当に気づいていないのかい? 僕の魔力だけでああはならないさ。
母上の祝ぎ歌の記憶をお前に伝えたのは僕だけど、その歌声に共鳴して母上の魔力を増幅したのはお前だよ。
ニーヴの丘でも思ったけど、やっぱりそうだった。お前は、魔力に目覚めたんだ」
「ええ? そんな……信じられないわ。私…」
うろたえる私に、兄は微笑んだ。
「初めて魔力に触れたんだ、わからないのも無理はないよ。
エリー、手を出してごらん」
そう言われておずおずと両手を兄に差し出すと、兄はその手を軽くつかんだ。
「いいかい、僕の魔力を流すよ。驚かないでおくれ」
「はい、お兄さま」
すると、つないだ兄と私の手が、青い光を放った。
それと同時に身体全体に瞬時に軽い衝撃が走り、思わず「きゃっ!」と声を上げて私は兄から手を離してしまった。
「あ、ごめんなさい、お兄さま」
「エリー、見てごらん。今のお前なら見えるはずだ」
兄と私の間には、見慣れた青い小鳥が飛んでいる。
そしていつものように、金色の光の粒子が舞っている。
だが今はその他に、青い鳥の羽がそこここにふわふわと浮かんでいるのが見えた。
「これは…お兄さまの青い小鳥の羽根?」
「そうじゃない。よく見てごらん、エリー。
僕の小鳥は僕の目の色をしているよね。でもここに舞っている鳥の羽根は、それより薄い青色をしているだろう?」
「ええ、そうね。言われてみればそうだわ」
「そうさ。これはお前の瞳の色だ。この羽根はお前の魔力なんだ」
「ええっ!?」
私は心底驚いて、自分のまわりにふわりふわりと浮かんでいるいくつもの羽根を凝視した。
羽根というよりは羽毛という方が近いだろうか、柔らかく頼りなげなふわふわとした鳥の羽根である。
それらは兄の鳥の夏空のような青とは違って、もっとずっと薄い水色をしている。
そんな羽根が描く軌跡には、兄の小鳥が生み出すのと同じ、きらきらした金色の光の粒子が生まれていた。
ニーヴの丘や、先刻の音楽会の歌唱でも見た、母の魔力の光にも似ている。
「ちい嬢さま……マグダレーナお嬢さまと同じ魔力をお持ちだったのですね……」
ターラは感慨深い表情で私を見た。
そう言われても実感が湧かない私は頭を抱えた。
そんな妹の肩に優しく手をかけて、兄がいたわるように言った。
「エリー、今は頭が混乱しているだろうけど、何も心配ないよ。
お前には僕がついているし、父上もいる。
魔力の制御や訓練は、これから少しずつやっていけばいい」
「え、ええ…」
その時、私たち兄妹のやり取りを黙って聞いていたルドガーが口を開いた。
面白いと思っていただけたら、評価やブックマークをしてくださると、たいへん励みになります。




