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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
母の祝ぎ歌

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27/52

砦の音楽会・5

人の声とも思われないような轟音が、静寂から一転して会場全体を大きく揺るがした。

私はびっくりして後ずさった。



「ブラボー!」


「素晴らしい!」



そんな声がところどころ聞こえてきて、この反応は否定的なものではないのだとわかった。

兄の方を見ると、何やら苦笑して私を見ている。



「しょっぱなからこんな演奏をされたんじゃ、後に続く奏者はやりにくいなあ」


兄の言葉に思わず背後の楽団員たちの方を振り向く。

彼らは呆然と私を見ていたり、一心不乱に拍手をしていたり、中には涙を流していたりする者もいた。



「ど、どうしましょう、お兄さま」


私がおろおろしていると、兄はすっと立ち上がってピアノを離れ、私の手を取った。



「エリーは何も心配することはないさ。あとはステージ裏でのんびりしておいで」


そう言って青い目を細めて私を見ると、私とつないだ左手はそのままに、右手を胸の前に当てて観客に向けてお辞儀をした。

私も兄に合わせ、兄とつないだ右手はそのままに、左手でドレスの裾を持ち上げて淑女の礼をした。

歓声はやまずにいたが、兄は手を離すと私に向けて拍手をし、退場するように目でうながした。

私は両手でドレスの裾を持ち上げて、ステージ上と会場へ向けて再び淑女の礼をした。

そのままピアノの後ろを通って退場しようとした時、ステージに近いバルコニーの特別席が目に入った。


そこにはかがり火に照らし出されて、スタンディングオベーションをしているヨシュアの他に、手すりに身を乗り出して食い入るようにこちらを見ているルドガーの姿があった。



ルドガーが私のために用意された特別席にいることは驚くに当たらない。

彼はウィロー砦の司令官であるヨシュアの上官なのだから当然のことだ。

だが彼が私を見つめる表情が気になった。


先刻、階段下で私を責め立てていたルドガーの表情とは明らかに違う、驚愕に満ちた顔をしている。

手すりを乗り越えんばかりにステージ上の私の方へ身を乗り出し、今にもバルコニーから飛び降りてステージへ上がってきそうな気配がある。


なのに不思議なことに、私は恐ろしさを感じなかった。

ルドガーが私に危害を加えるという懸念は一切私の中に浮かんでこなかった。

それは彼の表情の中に、どこか迷子のような危うさ、頼りなさを感じたからだ。

そしてその感覚は、今までにもどこかで知っていたような感覚だった。




どこで知ったかはわからない。

そもそも私とルドガーは、顔を合わせたことさえ数えるほどしかないし、接点などほとんどないのだから。





混乱しつつも私はステージを辞して舞台裏へ引っ込んだ。

そこにはターラが待っていて、大泣きしながら私を迎えてくれた。


「ちい嬢さま、素晴らしいお歌でした。マグダレーナお嬢さまが歌っていらっしゃるのかと思いましたよ。本当に、本当に……」


「ターラ」



顔を覆って泣き崩れてしまったターラの背を抱いて、私は言った。



「私もお母さまの声が聞こえたわ。お母さまが一緒に歌ってくださっていたのだと思う」


「ちい嬢さま」


「だからこの音楽会は、絶対に成功させなくてはね。

しっかりして、ターラ。お兄さまの演奏はまだまだ続くのよ」


「はっ…そうですね!」



ターラはとたんにしゃきっとして、涙も引っ込んだようだ。



「アルマン坊ちゃまの演奏が少しでも良いものになるように、お嬢さまも望んでいらっしゃるはずですものね。ターラもそれをお助けしなければ」


「そうよ、ターラ。私ももう出番は終わったから、裏方の仕事を手伝うわ」



私は広がって邪魔にならないようにナイトドレスの裾を絞り、前掛けをつけた。

そして演目の変わり目ごとに交代する奏者に、汗を拭くハンカチや喉をうるおす飲料などを手渡したり、配置転換する椅子や楽器などを動かす手伝いをしたりした。

こうした作業はリズリー家にいた時に身についているから、数年のブランクがあるとはいえ手慣れたものである。

兄の楽団の団員たちも顔なじみなので、阿吽の呼吸でステージ裏の仕事の手伝いができた。


手伝いをしながらなので集中して聴くことはできないが、聞こえてくるステージの演奏はどれも素晴らしいものだった。

やがてすべての演目が終了し、ウィロー砦の音楽会は盛況のうちに幕を閉じた。













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