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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
母の祝ぎ歌

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ウィロー砦の再会・2

私と兄アルマンは、ウィロー砦司令官執務室で、ティムの淹れてくれたお茶を飲んでくつろいでいた。



「まさか君が砦の司令官になっているなんて知らなかったよ、ヨシュア。その歳でずいぶんな出世だね」


兄が感心しているのに私も同調した。


「本当ね。私より二つ年上だからまだ23歳でしょう?」


私たちの称賛に少し照れたように、ヨシュアは肩をすくめて答えた。


「ここは軍事拠点としてより、かつて大きな戦争があった土地としての側面が強くてね。

鎮魂のために音楽を捧げるのは、エイレル家の者としての務めだからね」


「ヨシュアの弔い歌は素晴らしいからな。

この頃ますます歌声に艶が増してきたんじゃないか。

エイレル家の中でも一番だと思うぞ。

ノナ・ニムの魔女に選ばれる日も近いかもしれないな。男だけど」


「よせよ、アル兄。ノナ・ニムに選ばれるなら、むしろアル兄の方じゃないか?」


「ノナ・ニムの魔女は、うちの母上以来現れていない。僕なんかまだまださ」



二人の気の置けないやり取りを聞いて、私は胸に浮かんだ疑問を口にした。


「お兄さま、ヨシュアとよく会っているの? 私は5年ぶりくらいに会ったのだけど」


「ああ、僕はよく騎士団の軍楽隊の指導に呼ばれるからね。

ヨシュアも軍楽隊にいたんだよ。

騎士団の訓練のかたわら音楽を学ぶのは大変だったろうけど、さすがはエイレルの秘蔵っ子だ。

騎士の職責も果たしながら、軍楽隊の中心となって、隊全体の実力を向上させた。

今では王立騎士団の軍楽隊は、儀仗式や何かの式典のためばかりじゃなく、一般国民へのコンサートもできるくらいの実力を備えているんだ。

これにはヨシュアの力が大きいと思うよ」


「僕は自分にできることをしてきただけだよ。

武人の家系じゃないし、騎士としての才能がないから」


ヨシュアはそう言って謙遜した。でもヨシュアの人柄を知っている私には、彼が人知れず努力してきたのであろうことがよくわかっていた。



ヨシュアは穏やかで控えめで、決して自分の手柄を言い立てたりはしない。

エイレル家の長男である兄オリバーに従順で、自分のことはいつも後回しにしていた。

だが、早くからヨシュアの音楽の才能はオリバーをしのいでいて、そのことで家族内では何かと不和が生じていたらしい。

ヨシュアはそれを憂いて、早くから家を出たいと考えていたそうだ。

そして、音楽とは関わりのない職業について、音楽は趣味として生涯楽しんでいこうと思っている、そう私に話してくれたことがあった。



「騎士の才能がないなんておっしゃらないでください、ヨシュア兄上」


ヨシュアのかたわらにいるティムが、たまりかねたように口をはさんだ。


「私は兄上が長年努力され、ご苦労されてきたことを知っています。

砦の兵士たちもみな、司令官としてヨシュア兄上をお慕いしています」


「ティム……ありがとう」


ヨシュアは年若い部下の顔を見上げてほほ笑んだ。兄がたずねた。



「ティムはヨシュアを兄上って呼んでいるのかい? 親戚だから?」


ヨシュアは私と兄に意外そうな顔を向けた。


「そうか、アル兄やエリーは知らないんだね。

騎士団では、新人とその教育係は一蓮托生の兄弟みたいなものなんだ。

だから、教育係をしていた相手から兄上と呼ばれることもよくあるんだよ。

ティムは、騎士団に入団した時から僕の従者をしてくれている優秀な弟さ。

あれから何年になるかなあ」


「今年で6年になります」


「そうか。そうだね。戦後処理で大変な時期だった」



カルセミアとの平和条約が締結された後も、戦争の爪痕は国土のあちこちに残されていた。

鎮魂の音楽を奏でるエイレル家の彼らはさぞかし大変だっただろう。



「今日は我々のためにウィロー砦へ来てくれてありがとう、アル兄」


そう言ったヨシュアだが、すぐに口調を改めた。


「いや、音楽卿(ロード・ムジカ)と呼ばなくてはいけないね。

みんな今夜の音楽会を楽しみに待っていたんだ。どうかよろしくお願いします」


ヨシュアが礼儀正しく頭を下げると、兄は手を振って


「やめろよヨシュア、水くさいな。アル兄でいいよ」


と言ってその頭を上げさせた。兄に言われて苦笑しながら顔を上げたヨシュアは、兄の隣に座る私に視線を向けて聞いた。



「それならエリナのことも、昔のようにエリーと呼んでもいいかい?」


娘時代とは違って今の私は既婚者だ。

夫以外の男性から愛称で呼ばれることに若干ためらいはあったが、相手は幼なじみのヨシュアだし、この場のなごやかな雰囲気をこわすこともないかと思い、私は「いいわ」と了承した。

それを聞いたヨシュアはホッとしたような笑顔を見せた。



「ところで、今夜の音楽会だけど」と兄が切り出した。


「ザヴィールウッドの花祭りに参加できない守備隊のみなさんを慰問するのは、うちの楽団にとっても大事なつとめだ。

今日は花祭りで演奏するのと同じプログラムだから、少しでも祭りの雰囲気を味わってもらえるといいと思っている」


「うん、ありがとう、アル兄」


「それで、司令官殿にお願いなんだが、エリーの席を用意してもらえないかな。特別席で」


「お兄さま、特別席なんてそんな」


「いいよ、もちろん」


あわてて兄を止めようとした私だったが、あっさりとヨシュアは許可を出した。



「ちょっとヨシュア、だめよ。

私が言うのもなんだけど、お兄さまの音楽会は大人気なんだから。

今夜の音楽会だって、砦の兵士とご家族だけでもういっぱいなんじゃない? 

きっと席が足りなくて、立ち見が出ているほどでしょう。

飛び入り参加の私のために特別席を仕立てたりしたら、あなたが恨まれてしまうわ」


「特別席と言っても、僕の司令官席の隣に一つ席を設けるだけで済むよ、問題ない」


穏やかな口ぶりで、しかしきっぱりとヨシュアは言い切った。


「エリーと一緒にアル兄の音楽会を鑑賞するなんて何年ぶりだろう。光栄だな」


そう笑いかけてくるヨシュアに、私もそれ以上は何も言えなかった。


兄は当然のようにヨシュアの好意を受け取って、さらにその上


「それからヨシュア、僕の泊まる部屋は用意してもらってると思うけど、エリーの宿泊する部屋もお願いできるかな」


と要求した。



「お兄さま、私は楽団のみんなと一緒でもいいのよ」

と私は言ったのだが、ヨシュアは「まさか」と笑って、兄に返答した。


「わかった、アル兄。ティム、部屋の手配を頼む。大切なお客人だから粗相のないようにな」


「かしこまりました、ヨシュア兄上…いえ、エイレル司令官」


敬称を言い直したティムに、ヨシュアは軽く笑って、「行け」と手を振った。




ティムが去ったのを見届けると、ヨシュアは私たち兄妹に向きなおった。


「実は二人に話しておきたいことがあるんだ」


「僕たち二人に?」


兄と私は首をかしげた。










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