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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
母の祝ぎ歌

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20/52

ウィロー砦の再会・1

ウィロー砦に到着したのは、もうすぐ陽が沈むころだった。


私たちの乗った馬車は砦の入口で検閲を受けたが、



音楽卿(ロード・ムジカ)! ようこそいらっしゃいました。

楽団の皆さんは朝のうちに到着して、卿を待っておられます」


兄の顔を一目見た兵士が即座に通行を許可してくれ、門番に合図をして開門させてくれた。


砦の内部には大きな中庭があって、今夜の音楽会の準備が進んでいた。

ステージの設営をしている砦の兵士たちに混じって、私も知っているリズリー家の楽団員たちの顔が見える。

彼らはマロウの御する馬車が入ってきたのを見て歓声を上げた。



「やあ、アルマンさまがいらしたぞ!」


「よかった、間に合ったんだな」


「もう来ないのかと思いましたよ、ロード」


「遅かったじゃないかよ、マロウ」




口々に勝手なことを言いながら寄ってくる彼らのために、兄はマロウに命じて馬車を停めさせた。


「おいおい君たち、危ないじゃないか。馬が怯えてしまうぞ。馬車にひかれてケガでもしたら音楽会どころじゃないだろう」


「マロウは馬の扱いがわかってるから大丈夫ですよ。それよりアルマンさま、今夜の音楽会は大丈夫ですか。リハーサルなしの本番になりますけど」


「僕は問題ないよ。花祭り用のプログラムでいいんだろ? 

何度も練習してきたじゃないか。楽器の調律は済ませてあるかい?」


「そりゃもう、念入りに」



ぽんぽん飛び交うこうしたやり取りは、音楽が生業のリズリー家に育った私にとっては耳慣れたものだ。

兄の横から少し顔を出すと、わっと歓声が上がった。



「エリナさま!」


「エリナさまだ!」


「相変わらずなんてお美しい」



大人数なのでひとりひとり挨拶することもできず、私が窓から小さく手を振ると、おおおーっ!とどよめきが起こった。

兄は顔をしかめ、しっしっと犬を追い払うように手を振って、


「エリーは疲れてるんだからそっとしといてやってくれ。

僕はここの責任者に挨拶したらすぐまた来るから、その間しっかり設営を頼むよ」


そう言ってマロウに命じ、馬車を中庭を突っ切った向こう側に向かわせた。

そこには士官や貴族の来客が使用する入口があった。

私と兄はそこで馬車を降り、正面玄関から砦の中に入ったが、ターラとマロウは使用人用の裏口から中へ入らなければならない。

マロウは御者台に一緒に乗った砦の兵士に案内されて、ターラを乗せた馬車を厩舎のある砦裏手の方へ御して去っていった。




入口では短髪の年若い騎士が、私たちを迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました、音楽卿(ロード・ムジカ)。こちらのご婦人は?」


「妹のエリナです。今は結婚してフレイザー公爵夫人となっています。

ウィロー砦はフレイザー公爵領にあるのですから、領主夫人として砦を視察するのもよいのではないかと思い、音楽会に誘いました」


「そうでしたか」



若い騎士はそれだけ言って柔らかい笑みを浮かべた。

フレイザー公爵とはすなわち彼の所属する王立騎士団のトップであるルドガー・フレイザー騎士団長である。

だが彼はそれ以上言及しなかった。

ルドガーとネリー嬢のことを知らぬ者はないから、上官の夫人である私に対する社交辞令を避けたのは、複雑な立場にある私のことを気づかってくれてのことだろう。

とてもよく配慮のできる青年だ。




「私はティモシー・エイレルと申します。

どうぞティムと呼んでください。

これから、ウィロー砦の最高司令官の執務室へご案内します」


そう言って、ティムはにこやかに私たち兄妹の先に立って歩いていく。

決して早足でなく、私の歩調に合わせて歩いてくれているのがわかった。



「ティム。エイレルというと、君はあのエイレル家の血縁?」


兄アルマンはくだけた口調になってたずねた。



フィンバース王国には、音楽にまつわる家門が二つある。

一つは私の生家リズリー家、もう一つがエイレル家で、祝祭のリズリーと鎮魂のエイレルと対照的に呼ばれている。

エイレル家は、死者を弔う荘厳な儀式の音楽を本領とするとする家門だ。

その弔い歌は、聞く者を涙させずにはおかない哀切な響きを帯びて、国を問わずあらゆる人々の心を打つ。

それほどの音楽はもちろん精霊界にも届いていて、エイレル家はわがリズリー家と同様ノナ・ニムの加護を受けている。

二つの家門は、音楽を生業とする仲間であり、お互いに親近感を持っているのだ。

リズリー家を離れた身ではあるが、私もこのティムという青年に好感を抱いた。



「僕は家門の中でも分家の分家といったところで。

音楽の才能もまったくないですし、エイレル家を名のるのもおこがましいくらいです。

長男でもないので自分で身を立てなければならなくて、それで騎士団に入団したのです」



はにかんだように笑うティムを見て、私はふと思い出した。


「長男じゃないから自分で身を立てるために、騎士団に入団する、って…そう言えばヨシュアがそんなことを言っていたわね。

ティム、ヨシュア・エイレルは知ってる? 親戚よね? 

騎士団で会うことはある?」


「会うことがあるも何も…」



ティムは言いさして含み笑いをし、重厚な木材でできた扉の前で足を止めた。


「すぐにおわかりになりますよ。さあ、ここがわが砦の司令官の執務室です」


そう言ってティムはドアをノックした。



「司令官、音楽卿(ロード・ムジカ)とその妹君、フレイザー公爵夫人をお連れしました」


ティムがそう言ったとたん、扉の向こうでガタガタッと何か物音がした。

入室を許可する声が聞こえるかと思いきや、人の声ではなくカツカツカツと大股で歩く足音が近づいてきて、すごい勢いで司令官室のドアが開け放たれた。



分厚い扉の向こうにいたのは、やわらかくウエーブした栗色の長髪をゆるく結んだ青年士官。紫水晶のような両眼を大きく見ひらいている。



「ヨシュア!?」


「エリナ! 君がなぜここに!?」


驚く私の隣で、兄のアルマンも驚いた顔をしていた。

私たちの幼なじみ、音楽家門エイレル総本家の次男ヨシュアが、ウィロー砦の司令官としてそこにいた。












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