祝ぎ歌のわたる丘・4
きらきらと降り注ぐ金色の魔力。私はそれを知っていた。
「これは、セドリックの魔力だわ」
「なんだって?」
兄は私が何を言っているのかわからないという顔で聞き返す。
「この金色の魔力には見覚えがあるの。
私がセドリックに本を読んであげるとき、よくこういう魔力の発露があるわ。
きらきらした光の粒子。
最初に強く光った光は初めて見たけれど……これはお母さまの魔力なの?」
「そうだと思うが…」
兄も自信を持って言い切ることはできないようだ。
「だとしたら、セドリックは祖母であるお母さまの魔力を受け継いでいるということなのかしら」
「僕はセドリックの魔力が発現したところをまだ見たことがないからわからないが、それは十分ありうるだろうね。
いずれにせよ、そろそろあの子も正式な魔力測定を受けて訓練を始める歳だろう。
その時になればわかることだ」
「ええ、そうね。
どんな適性を持っているにしても、あの子が望むようにしてあげたいわ」
「それがいい。僕もできる限り協力するよ」
「ありがとう、お兄さま」
周囲を舞っていた光の粒子は徐々に薄れていた。
兄は夢見るような表情でニーヴの柳を見上げている。
私には見えない、この土地に残っている母の記憶が、母譲りの強い魔力を持つ兄には映像として見えているらしい。
けれどそれも少しずつ消えていっていることが、名残り惜しげな兄の表情から察せられた。
そしてふと、兄は眉を寄せ、「ん?」と疑問の声を上げた。
「どうしたの、お兄さま」
私の声が聞こえていないのか、兄は丘の上の方へ目線を上げた。
そして無言のまま、そこの空中の一点を凝視している。
土地の記憶の映像の中に、何か気になることがあるのだろうか。
「お兄さま?」
「…ああ。いや、なんでもないよ」
はっと我に返ったように、兄は私の問いかけに答えた。
その時にはもう光の粒子は完全に消え去って、後にはただ、丘の景色と柳の木があるだけだった。
兄は夢から醒めたばかりという風情でぼうっとしていたが、やがて意識が現実世界へ戻ってきたらしく、
「そろそろ行こうか、エリー」
そう言って私の方を向き、手を差し出した。
馬車へ戻ると、ターラが笑顔で迎えてくれた。
「お二人とも、お母さまとお会いになることはできましたか」
自分だけがニーヴの丘に残る土地の記憶で母の姿を見てきたことが後ろめたいのか、兄は言葉に詰まった。
それを見て、私は申し訳ない気持ちになった。
兄が罪悪感を感じる必要などない。
私に魔力がないのは兄のせいではないし、誰が悪いわけでもないのだから。
だから私は明るく笑ってターラの質問に答えた。
「ええ。お母さまの祝ぎ歌が私の歌と響きあって、魔力のない私でもお母さまの光の粒子に触れることができたの。とてもきれいだったわ」
兄に笑いかけると、兄もまた安堵したように笑顔を返してくれた。
ターラはそんな私たち兄妹を見てうれしそうだった。
マロウが馬車の扉を開けて、私たちに呼びかけた。
「さあ、それじゃそろそろ出発しますか。ウィロー砦は目の前ですよ」
夕暮れの色を帯び始めた午後の陽ざしのもと、馬車は出発した。
窓から外を見ていると、馬車が進むにつれてニーヴの丘がだんだん遠ざかっていく。
そこでたくさんの豊かな枝をそよがせている大きな柳の木に向けて、私は小さな声でもう一度、母のあの子守唄を歌った。
春の青空に少しだけ、きらきらと光の粒が舞ったような気がした。
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