ウィロー砦の再会・3
首をかしげる私と兄に、ヨシュアは低い声で告げた。
「今年のザヴィールウッドの花祭りには、フレイザー騎士団長が見えるそうだ」
「!」
ヨシュアの爆弾発言に、私は思わず息を呑み、両手で口元をおさえた。
「ルドガー閣下が? でも彼はエリーと結婚して以来、公爵領の領地運営をエリーに任せっきりにしていて、領都のザヴィールウッドにもまったく来ていないという話じゃなかったか?」
眉をひそめて言う兄に、ヨシュアは答えた。
「アル兄の言う通りだよ。今まではそうだった。
でも今年は、ザヴィールウッドの視察に来るらしい。有名な花祭りの時期にね」
「そうか…」
兄は腕を組んで思案気な声を出した。
私も最初の衝撃はおさまったものの、不安が残る。
「ザヴィールウッドには王立騎士団の支部もあるから、そこに滞在するんだろう。
フレイザー家のカントリーハウスに行くことはないと思うけど、アル兄は花祭りで演奏するんだろ?
エリーもその演奏会、聴きに行くよね?
だったらそこで、団長と顔を合わせることもあるかもしれないから、前もって知らせておいた方がいいと思って」
「そうか。ありがとう、ヨシュア。君の気づかいに感謝する」
兄は腕をほどいて椅子に深くすわり直した。
「お兄さま、私はザヴィールウッドの演奏会には行かない方がいいかもしれないわね」
私がそう言うと兄も「そうだなぁ…」と同意した。
ルドガーが花祭りに来るのを責めるわけにはいかない。
むしろ領主である彼が領都の祭りに参加するのは喜ばしいことだ。
私が夫とかち合わないように気をつけていれば済むことだ。
「今夜の音楽会のプログラム、花祭りで演奏するのと同じなんだったわよね?
よかった。今夜は目いっぱい楽しむことにするわ」
はしゃいだ声で私が笑ってみせると、兄もヨシュアもほっとしたようだった。
「さて」と兄が立ち上がった。
「僕は楽団のみんなのところに行って、最終の打ち合わせをしてこなきゃ。
音楽会は8時からだね? それまでにエリーは、ターラと食事を済ませておきなさい」
「そうだね、それがいい。
食堂は落ち着かないだろうから、部屋の方へ二人分の食事を届けさせるよ」
兄とヨシュアの言葉や態度には、私に対するいたわりがにじんでいた。
私は、さっきルドガーの名を聞いて縮み上がった心が、柔らかくほどけていくのを感じた。
司令官室のドアの外では、ティムとターラが待っていた。
「ヨシュアさま、ご無沙汰しております」
「やあターラ、久しぶり。元気そうで何よりだ」
私たち兄妹の昔なじみであるヨシュアはターラとも顔なじみなので、親しく挨拶を交わす。
「ヨシュアさま、ちい嬢さまが今晩お泊りになる部屋については、先ほどこちらのティムさまからご案内を受けておりますので、このままターラがお連れいたします。
アルマン坊ちゃまは早く中庭へおいでください。楽団のみなさまがお待ちですよ」
「わかった! じゃあまた後で、エリー、ヨシュア」
兄はサッと片手を上げただけで、ティムに中庭への案内を急かしてさっさと行ってしまった。
有無を言わさず従者を連れていかれてしまったヨシュアは、いささかあっけにとられている。
いくら気心の知れた間柄とはいえ、兄のふるまいはホストであるヨシュアに対してとても失礼な、まったく貴族らしからぬふるまいである。
「もう、お兄さまったら……ごめんなさいね、ヨシュア」
私が顔をしかめていると、クスクス笑う声が聞こえた。
見るとヨシュアが拳を口に当てて、私の方を見て笑っている。
「気にしないで、エリー。芸術家にはよくいるタイプだ。僕もエイレル家の人間だから、慣れているよ」
ヨシュアの笑いは止まず、どうやら少し涙さえ浮かべているように見える。
「いやだわ、そんなにおかしかったかしら」
「いや、すまない。おかしいというより、懐かしいというか。
変わらないね、君たち兄妹は。アル兄は根っからの芸術家で、エリーは……」
何か言いかけて口をつぐみ、ヨシュアはふと姿勢を正して私を見た。
「今日、ここで君に会えるとは思わなかったよ、エリー」
「ええそうね、私も…」
返事が途中で消えてしまったのは、私に向けるヨシュアの視線がどこか熱を帯びているような気がしたせいだ。
「ちい嬢さま」
ターラに声をかけられてはっとする。
ヨシュアは目を伏せて、私に騎士の礼をした。
「ではまた後ほど、音楽会で。ゆっくり休んで、エリー」
柔らかく微笑んだヨシュアに私も礼を返し、先導するターラの後について、用意された部屋に向けて歩き出した。
廊下の曲がり角でちらりと振り返るとそこには、まだ司令官室に戻らず、廊下に立ってじっと私を見つめているヨシュアの姿があった。
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