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ザヴィールウッドの魔女  作者: 三上湖乃
負け犬公爵夫人

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赤猫のザジ・5

「…あー、なんつーか、その」


ザジが咳払いをした。




「今夜この館に男が泊まるなら、俺もここにいて奥方の貞節を守らなきゃならない」



兄はザジをギリッと睨みつけた。


「エリナはフレイザー家の後継者としてセドリックを産んだんだ。

ルドガー閣下への義務はきちんと果たしたんだから、あとは好きにしてもいいだろう。

自分は愛人に溺れているんだから、妻が同じことをしても責める資格などルドガー閣下にはないはずだ。


不実な夫への貞節など、妹は守らなくていいと思わないか? 



王都の社交界では、愛人のいる貴族女性なんて山ほどいるさ。


もし、僕の妹を本当に愛してくれる男がいるのなら、エリーはそいつと愛し愛されて、女性としての幸せをつかんでもいいんだ」



まあマロウはないけどな、と兄が小声で付け足したのが聞こえた。




「俺は別に構わないけど、やるならよそでやってくれ」



ザジは兄の激した様子とは対照的に、淡々と切り返してきた。



「ルドガーは7歳までこの館で一人で過ごした。


ここにはあいつの思いが染みついている。


この黒の森の館はフレイザー家の館というだけでなく、ルドガーの館なんだ。


あいつを裏切るような真似はここではするな」






私は意外な思いでザジを見た。


「ルドガーさまとお親しいのですね」と言うと、ザジは答えた。




「まあな。だから俺は、あんたの貞節を守らなきゃいけない」


「必要ありません。私は、息子のセドリックに顔向けできないようなことはしませんから」



ザジの言葉をさえぎるような勢いで、私はきっぱり断った。




「兄が言ったことは真に受けないでください。

私は、どんな男性とも情を通わせるつもりはありません。

貞節を疑われるようなことは何一つしていませんわ。


第一、今までだってこの館には、男性の使用人も公爵家の騎士たちもいたのに、どうして急にそれが問題になるのかしら」



「フレイザーの使用人や騎士たちはルドガーの意向に反することはしない。

主従の精霊魔法で縛られていて、当主の意向に反することをすれば命が危うくなりかねないからな。


だが外部の人間にはそういう縛りがないから、あんたに近づく男がいないか見張ってなきゃならない。

貞節を疑われるのはいやなんだろう?」


「当り前です。セドリックの母として不名誉なことは許容できません」


「それじゃあそのマロウとかいう男が泊まっている間、俺があんたの護衛についても文句はないよな」


「泊っている間と言っても、今夜一晩だけですよ」


「それでもさ。俺をあんたの護衛騎士に任命してもらおう」


「あなたを? でも私はあなたと今日初めて会ったばかりだわ。

あなたに騎士の資格があるのかどうかもわからない。


私個人の護衛騎士なら、騎士の資格がなくても私の裁量で任命することはできるけど、あなたのことを何も知らないのに、いきなり護衛騎士になんて…」




「ちい嬢さま」


それまで黙っていたターラが、控えめに口を出した。


「ご心配はいりませんよ。

このザジは頼りなさそうに見えますけど、これでも一応、ノナ・ニムの代理を務める若長(わかおさ)に選ばれるくらいには、森の一族みんなから信頼されているんです」



母をはじめとする私たち家族に一心に尽くしてくれるターラが、ここまで強く私に推薦する人物は初めてだ。

それで私も心を決めた。



「わかったわ。ザジ、あなたはセドリックを助けてくれたんですものね。

私もあなたを信頼して、護衛を任せることにしましょう」


「ああ、そうしてくれ」


「報酬はいかほど?」


「ルドガーとの盟約の範囲内だから、あんたからの報酬はいらない」




ザジは私の前にひざまずき、頭を垂れた。

私は立ったまま腰をかがめ、その肩に手を置いて宣言した。



「黒の森の若長(わかおさ)、赤猫のザジ。あなたを私、エリナ・フレイザーの護衛騎士に任じます」


「謹んでお受けする」




私の手の触れたザジの肩から金色の光の筋が立ち上り、ザジの全身を包んだ。

光はザジの身体に吸い込まれるように徐々に薄れていき、やがて消えた。




「精霊契約は成された」


そう言ってザジは、なんら変わらない様子で立ち上がった。


それから、背に負っていた棒を取り、肩に担ぐ。

両手を棒の両端にかけて手首をぶらぶらさせ、赤毛の前髪の下から猫のように、きろりと目を光らせた。



「改めて確認するが、あんたに不埒な真似をしようとする男がいたら排除していいんだよな?」


「もちろんです」


私は即答した。

ザジは片頬でクッと笑って「了解」と答えた。



「あんたの部屋のまわりには男除けの結界を張っておく。

それと、赤猫が屋敷内をうろうろしてるのは気にしないでくれ」


「その赤猫があなたなのね。わかったわ」


「じゃあな、奥方サマ」


そういうとザジは、景色に溶け込むようにして消えた。




「不思議な人ね…」


そうつぶやいた私に、ターラが近づいてきて熱心に説いた。


「ちい嬢さま、ザジは信頼に値する男ですよ。

あの子は森の民の全族長が集まる部族会議で、大精霊ノナ・ニムの世俗の代理人である若長(わかおさ)に、満場一致で選出されたんです。


兄さんがいない間だけのつなぎの長とはいえ、それだけあの子に人望があるって証拠ですよ。

なにせカルセミアのあの名うての石頭、竜人族(ドラゴニア)の族長ヒューゴまで、自分ではなくザジが若長(わかおさ)でいいと認めたんですから。


下馬評では、ジグに次ぐ実力者であるヒューゴが若長(わかおさ)になるのは確実と言われていたもので、あの時は森の一族の間にちょっとした衝撃が走りましたよ。


それにもともとザジは、ザヴィールの盟約によってフレイザー家当主の守護についています。

次期当主であるセドリック坊ちゃまのためにならないことは、決していたしませんからね」



「ターラの言う通り、悪いやつではなさそうだ」


そう言った兄に、私もうなずいた。




「そろそろ休もうか、エリー。お前も荷造りがあるだろう」


「あら、そうだったわね」


兄の言葉ではたと思いだした。

明日は朝のうちにセドリックをザヴィールウッドへ送り出し、それから自分は兄やターラとウィロー砦へ出発しなければならないのだ。



「大変、ターラ、手伝って」


「もちろんです、ちい嬢さま」


私たちはメイドを呼んでテラスの後片付けをまかせ、邸内へ戻った。





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