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79 原回路

       ◆


 片付けが終わり、全員がローテーブルの周りに集まった。

 私と幅沢先輩、ハチと幸坂先輩がソファに並び、製図台の前から引っ張ってきた椅子には加賀原先輩が座っていた。

 全員がめいめいにマグカップを持っているけれど、それはどこか儀式的である。

 最初に口を開いたのは加賀原先輩だった。

「この世界には、何も処置を受けずに魔法を行使できる特異体質者がいる」

 何の話が始まるのか、私には想像もつかなかったけど、幅沢先輩が素早く応じた。

「原回路を持つ人間ですね?」

「そうだ。生まれながらに魔力回路と同様のものを備えているものがいるんだな。この魔力回路を原回路と呼ぶわけだが、そんな素質の持ち主は滅多にいない。それどころか、原回路が正確に機能する例は少なく、すぐに矯正するか、矯正が間に合わずに破滅することになる」

 加賀原先輩が一息に喋り、マグカップの中のコーヒーをすする。

 そうして視線を幸坂先輩の方へ向けた。

「資料の上では見たことがあるが、僕は実際に原回路の持ち主を見たことはない。幸坂はあるか?」

「きみがなければ僕もないのが当然だ。四年やそこら魔法技専にいるだけで出会えたら幸運、強運と言っていいだろうね」

「しかしどうやら、僕たちは運がいいらしい」

 二人の先輩のやりとりで、やっと私にも何の話か理解できてきた。理解できてきたが、懐疑的にならざるをえない。

「二人はまさか、ハチが原回路を持っているというんですか?」

 ちょっと馬鹿っぽい私の問いかけに、どうかな、と幸坂先輩と加賀原先輩が同質の笑みを見せる。

「もしハチが原回路を持っているのなら、説明は容易い。もし原回路がないとすれば、かなり独特の才能の持ち主ということになる。どちらにせよ、貴重な才能だね」

「幸坂は才能などと表現したいようだが、才能で済ませられるものかな、これが。原回路がないのであれば、どちらかといえば突然変異と言ったほうが正確だろう」

 二人が勝手なことを言っているので、助けを求めるつもりで幅沢先輩を見るが、幅沢先輩は真剣な顔で何かを考えている様子だった。

「幅沢先輩? 今の話、どう思います?」

 うん、と幅沢先輩は慎重に、しかし確かに頷いた。

「八角くんの魔力波動の制御の精度はもちろん、その対象は普通じゃない。これはかなり特殊な事態だと言えると私も思う。原因というか理由を解明する必要があるし、もちろん、模擬戦においてもかなり有利になる要素になると予想できる」

 今度ばかりは私は言葉を失い、改めて思考してみた。

 自然、全員が黙り込む形になり、それぞれが何かを考える時間が流れた。

 ただハチだけがコーヒーを飲みながら冷蔵庫から出してきたゼリーをのんびりと食べていた。考えようにも、事前知識がないというところか。

 お前の話をしているんだぞ、と言いたい。

「検証は必要だが」

 加賀原先輩が沈黙を破った。

「おそらく現状の石森さんと馬場の奴が構築した魔力回路に、魔力波動を精密に制御したり、制御範囲を拡張する機能がないのは確実だ。そうなれば、可能性は三つ。突然変異的な才能、事故で焼きついた魔力回路から生じたイレギュラーな能力、そして原回路だ。この辺りをまず、探ってみるべきだろう。できるかな?」

 そう問いを向けられたのは幸坂先輩、ではなく、私だった。

 私が固まって黙っていると、すぐに全員の視線が私に集中した。いや、ハチはゼリーを見ているか。

「えっと? え?」何となく自分の顔を指差してしまう。「私ですか? 私がやるんですか? 幸坂先輩ではなく?」

 それはそうだ、と加賀原先輩が強く肯定する。

「今、僕と幸坂は同じグループの誼みで助言しているし、協力もした。しかし、ハチと組んでいるのは僕でも幸坂でもない。きみと幅沢さんだ。二人でやるんだよ」

「で、でも、私にはそんな技術も知識も……」

「技術がなかろうと知識がなかろうと、状況は変わらない。技術も知識も、身に付ければいい。現状ではのんびりもできないから、かなり急いで、ということにはなるが。それに、魔法技専の五年間は想像以上に短いぞ」

 そんなことを言うと、ぐっとコーヒーを煽って「邪魔したな」と加賀原先輩は椅子から立ち上がると、流し台の方へ行ってしまう。

 もう用は済んだから帰る、という姿勢は明白だ。

 マグカップを洗うところを見ていた幅沢先輩も急に立ち上がった。

「加賀原先輩、お訊きたいことがあります。いいですか?」

 振り返ると加賀原先輩は幅沢先輩を鼻で笑う。

「あまり時間もないから、歩きながらな」

 そんなことを言って加賀原先輩はドアの方へズンズンと歩いていく。それをマグカップを素早く片付けた幅沢先輩が追って、先に廊下へ出て行った加賀原先輩に続いて部屋を飛び出して行った。

「というわけでね、石森さん。頑張って」

 幸坂先輩はソファから立つと製図台の椅子へ移動して、キャスターを転がして製図台の方へ滑っていく。

 さすがに私は慌てた。

「こ、幸坂先輩は、その、私に何か、教えてくれるんですよね?」

 私に振り向くと、幸坂先輩は困り顔になる。

「教えることは何もないかな。ああ、でも、少しはあるか」

 少しでもなんでも教えてもらえるに越したことはない。

 何を教えてくれるのかと身構えていると、幸坂先輩は部屋の隅にあるダンボール箱の方へ行ってしまう。

 その箱は細くて縦長で、中には丸められた模造紙のようなものがいっぱいに突っ込まれているのは知っている。

 模造紙を広げたことはないけど、どれもかなり古いもので日に焼けている。

 私が見ている前で幸坂先輩がいくつかを取り出し、製図台に広げた。私を手招きするので、そばに近づいて模造紙に描かれている図を見る。

 幸坂先輩が指差しながら説明してくれた。

「何年か前に僕が用意した魔力回路の設計図だよ。魔力波動の制御力を特別に底上げする工夫がしてある。体に刻むより、魔法杖に刻むことになるのを想定している。石森さん、ハチのための魔法杖はもう考えている?」

「か、考えていますけど、幅沢先輩ともまだ相談していなくて……」

「なら、この設計図をあげるよ。そのままじゃ使えないから、うまく改良して、それで使えるなら使ってもらって構わない。僕にできることはこれくらいだ。あとはきみは、ハチの体をよくよく調べてみることだね。そして資料をあたること。徹底的に。じゃあ、頑張って」

 くるくるっと模造紙をまとめてこちらに差し出されても、私は幸坂先輩に教えを請うてすがりつきたい思いだった。

 私の能力では、とてもハチの魔法の真相には辿り着ける気がしない。

 幸坂先輩の助力が必要だ。

 だけど、それはありえないと幸坂先輩は今、私に伝えようとしている。

 差し出された模造紙を前に、どうとも言えずに私は黙ってそれを受け取った。

 幸坂先輩は微笑んでいる。いつも通りの優しい笑い方だった。

「何か困ったことがあれば、聞きに来ればいい。僕はもし出来るようなら助言はするし、議論の相手にもなるけど、実際に動くのは石森さんだよ。これはきみが管理者として一人前になるための勉強の一環だ。学ぶ機会を僕が奪うわけにはいかない。わかるよね?」

 本当は、無理ですと言いたかった。

 言いたかったけど、それは言ってはいけない。なんとか飲み込む。

 はい、と小さく答える私に一度頷き、幸坂先輩は製図台の方に向き直った。

 私は幸坂先輩の前から、まだソファに座ってゼリーを食べているハチの方へ歩み寄った。詰め寄るような歩調になっていた。

「ハチ」

「おう、なんだ? 話は終わったのか?」

「体を隅々までチェックさせてもらう。それであなたの秘密を暴く」

 何故か、ハチは引きつったような顔をしていた。

 少し表現を間違ったか。でも知ったことじゃない。それどころじゃない。

 誰も手伝ってくれないなら、自分でやるしかないのだ。

「今日じゃなくて、明日でもいいかな?」

 逃げようとしている匂いのハチの言葉に、私は即座に首を左右に振った。

「これからよ。今すぐ、支度して」





(続く)

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