54 取調べ
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取調室、というのだろうか。
私と馬場先輩はドームを出たところで、表に停車していた車に別々に乗せられた。窓ガラスはスモークフィルムが貼られ、外は少しも見えなかった。
車は走り出してすぐに止まったけど、本当にドームのそばかもわからない。
停車する前に傾斜を下ったのは間違いない。地下だろうと思うと案の定、車から出されるとそこは地下駐車場だった。
人の気配はないが、エレベータのドアの前には二人の警備員が立っていた。馬場先輩の姿は見えないけれど、先輩が乗っていただろう車はすでに地下駐車場に止まっていた。
私と馬場先輩は隔離されたのだ。
エレベータを少し待った。先に馬場先輩を地上へ上げたのかと考えたが、すぐに私の思考は別の方向へ巡った。
馬場先輩のことよりも、これから自分の身にどんなことが起こるのか、それを考えなければ。
模擬戦で起こした事故の責任はどれくらい重いのだろうか。
もしかしたら学校を追い出されるかもしれない。
小さな音の後にエレベータの扉が開いた。警備員二人に左右から支えられて乗り込んだ。何階へ上がっても私には関係ないけれど、視線は自然と操作パネルを見ていた。
向かう先は三階だったが、未知の建物なので何階だろうと大差ない。自分の無駄な行動に呆れてしまう。虚しささえあった。
すぐにエレベータの扉は開いたが、見えるのは特徴のない通路だけで、本当に三階かも微妙だった。窓でもあれば外の景色が見えたはずだけど、窓もない。
それどころか、通路の壁も床も天井も灰色で塗られ、無個性で無機的だ。空気さえも変に冷たい。
私が入れられた部屋は本当に狭い部屋で、真ん中に小さなテーブルが置かれていて、そこに二脚の椅子がある。
他には何もない。やはり壁も床も同じ色である。かすかに空調が効いているようで、頬に風の流れを感じた。
私は椅子に座らされ、手錠は一度外してから椅子に固定され直した。
「何かあれば声をかけるように。外に誰かがいます」
警備員は管制室での荒々しさなどなかったかのように、この時は静かで丁寧は口調で言った。
私は彼の顔を見上げたけれど、警備員は無表情で私を見ている。自分が何を期待したのかもわからないまま、何かを期待したことを恥じ、後悔した。
警備員が部屋を出て行くと、部屋は完全な静寂に沈んだ。
こんな取調室が魔法技専にあるとは思ってもいなかった。
どこの建物かは知らないけど、警備課の建物のうちのどれかだろうか。存在は知っていても、入ったことは一度もないし、建物を見たこともないかもしれない。
もっとも、大抵の生徒は入学してから卒業するまで、入ることはないはずだ。
ため息を吐き、思考はやや空回りしながらも、何かに答えを出そうとする。
疑問は数多くある。
事故の調査のために関係者をこうして隔離するのはわかる。
端末をチェックしたのも、証拠隠滅を防ぐためだろう。証拠隠滅というか、データを改ざんされたくない、というべきか。
私はこれから取り調べを受けるわけだけど、状況がわからなない状態で、向けられる質問に答えようがないのはどうしたらいのか。
あの事故について、私が知っていることは少ししかない。
八一郎の魔力回路がほとんど稼働率一〇〇パーセントに達して、模擬魔法杖も性能を限界まで引き出されていた。
それは知っている。しかし、それしか知らない。
本来なら模擬魔法杖の安全装置が作動するはずだったし、スーツの安全装置だってあるのだ。
でもどちらも機能しなかった。それも謎だ。
事故で出現した莫大な魔力波動は、その発生源である八一郎の魔力回路が焼き付いて、機能停止するレベルの魔力波動だったと数値では知っている。
それなのに八一郎の魔法は暴走した。
魔力回路はどうして機能し続けたのか、それもわからない。
何重にも施されている安全装置を全部、無視したような事態である。
魔力回路は八一郎の限界を超える魔力波動、私の想定をはるかに超える魔力波動を引き出し、制御不能となった末に何もかもを破壊したのが、動かしがたい現実、紛れも無い現実だった。
相手の行使者候補生さえも、破壊の中に飲み込まれていた。それも事実、現実だ。
急に絶望感が襲ってきた。
私は本当に、酷いことをしてしまったのではないか。
何が原因だったのか。
魔力回路に不備があったのか。
それとも模擬魔法杖か。
わからない。
どれだけ考えても答えは出そうにない。
少しでもデータが欲しかった。あの瞬間の詳細なデータさえあれば、私でも少しは実態を解明できるはずだ。
それはありえないと思考がのろのろと追いつく。
データに関しては今頃、警備課に所属する専門の分析官か、そうでなければ他の教官たちが手を貸して洗っているはずだ。事故が起きた当時の状況や原因を徹底的に探っているだろう。
私のような素人に毛の生えた学生とは違い、彼らはプロだ。
私よりはるかに場数を踏んでいて、知識も経験も私は彼らに遠く及ばない。
事故か……。
私が事故の原因の一つになるなんて……。
どうしてこうなってしまったんだろう。
思考は、同じところをぐるぐる回って、結局そこに行き着く。
どうして? 誰が失敗した?
私なのか。
私が失敗したのか。
八一郎に魔法を使えるようにしたのは、私だった。
私には責任がある。
その責任はどれくらい重いのだろう。
どうしてこんなことに?
後悔の向こうから、罪悪感が押し寄せてきた。
謝罪したいのに、謝罪する相手がはっきりしない。
全てに対して、私は謝罪した。
何もかもに、私は謝罪した。
不意にドアが軽くノックされ、答える前に男性が静かな歩調で入ってきた。
男性は警備員の制服は着ていない。背広だった。地味だけれど、パリッとしていて深い色味をしている。ネクタイは目立たない色合いだった。
彼は挨拶もせずに私の向かいの席に座ると、抱えていたラップトップ型端末をテーブルに音も立てずに置いて、さっと開いた。
「ここでの会話は映像と音声で全て記録されます。よろしいですね」
そっけない、冷たい声。私に向けられる眼差しもまた、温度が欠けていた。
私は即座に、無言で頷いた。
そうして質問が始まった。
八角八一郎に魔力回路を刻んだのはあなたで間違いないですね?
魔力回路の刻印の管理に関する規則には厳密に従っていましたか?
魔力回路の安全性の確認はどのようにしましたか?
馬場浩也が魔力回路の基礎設計をしたのは間違いないですか?
模擬戦の一日目から今日までの間に魔力回路を変更しましたか?
それは馬場浩也や八角八一郎も知っていることですか?
そんな質問が次々に向けられ、私は即答できるものには即答し、記憶を辿るときは慎重に思い出して答えていった。
不思議と、答えられない質問はほとんどなかった。
自分の発言で誰かの立場が不利になったらどうしようとも思ったけれど、嘘をついても仕方ないと覚悟を決めた。私はもう誰に恨まれても、憎まれても構わないと思った。
開き直りかもしれないけど、私はここに至っても、事故は私の本意ではないと信じたかったのかもしれない。
あるいは、私は間違っていないと、信じたかった。
質問はいつまでも続くようだった。取調官は私の回答をその場で端末に入力している。
映像も音声も記録されているのだから、いちいちキーボードで何かを打ち込む必要もなさそうだけど、何か私の回答とは違うことを記録しているのかもしれない。
どれくらいの質問に答えたか、不意に相手が黙ったので私は自然と俯けてテーブルの上を見ていた視線を上げた。
取調官は、この時もほとんど感情のない顔でこちらを見ている。
「馬場浩也とはどこで知り合ったのですか?」
その問いかけはこれまでの問いかけと違った。私がしたこと、私が知っていることの確認ではなく、明らかに馬場先輩についての問いかけだったからだ。
私は返答に迷った。それは事故とどう関係するのだろう。
すっと取調官が眼を細める。
「答えられますか?」
肩が震えてしまった。
恐怖することはない。しかし、怯えてしまう。
私は怖気づいたのか、答えていた。
「馬場先輩は、その、喫茶店で初めて会いました。馬場先輩から声をかけてきました」
「いつのことですか?」
「いつ……? えっと、一ヶ月は経っていないと思います」
「確認しますが、彼の方から声をかけてきたのですね?」
「ええ、そうです」
「何故?」
この問いかけに、私は取調官の眼を見た。彼の真意を知りたかったのだ。
しかし何も読み取れなかった。
「馬場浩也は何故、あなたに声をかけてきたのですか?」
「それは、私と八角さんには探求者候補生がいなくて……、チームが組めなくて……、探求者候補生を探していて……」
「馬場浩也はどのようにあなたに接触を?」
「探求者候補生を探しているんだろう、手を貸そう、という感じで。元は第十六グループで、それで……私たちに声をかけてきたんだと思います」
この時、取調官は私の答え以上のことを端末に入力しているように感じた。指が忙しく動いていた。
それにしても、どうして馬場先輩のことをそこまで質問するんだろう。
脳裏に浮かんだのは、あの管制室で、馬場先輩が見せた笑みのような表情だった。
どうしてあんな顔をしたのだろう。
「それまでには馬場浩也と接点はなかった?」
意識が別の方向に向いていたので、質問をうまく聞き取れなかった。
「え? すみません、もう一度……」
「馬場浩也と会ったのは、一ヶ月ほど前が初めてですか?」
「そ、そうです」
ピタリと動かしてた指を止めた取調官は誰にともなく一度、頷いた。
唐突に質問は終わったようで、端末を畳むと立ち上がった。これで取り調べは終わったということか、と思うと体から力が抜けた。
もう自由になれるのか、と思ったけれどそうではなかった。
私の手錠を外すこともなく、「しばらくここにいてください」と言って取調官は部屋を出て行こうとした。
「あ、あの!」
私が掠れた声を上げると、ドアノブを掴んだ姿勢のまま、取調官はこちらを肩越しに振り返る。
「あの、八角さんは無事ですか?」
必死に問いかけにも、冷静すぎる感情が抑制された言葉が返ってきた。
「治療中と聞いています」
それだけ短く答えると取調官は出て行った。
部屋にまた一人きりになる。
自然と涙が流れ、頬を伝った。
両手は椅子に固定されていて、涙を拭う事も出来ない。
でも涙は止まらない。
嗚咽だけは歯を食いしばってこらえた。
私は、失敗した。何が失敗だったかは知らないけど、失敗した。
無性に悲しく、悔しかった。
そして、申し訳なく、情けなかった。
心が激しく震え、体が抑えようもなく震えた。
(続く)




