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50 苦戦

       ●


 

 おかしい、と感じたのは試合開始の十秒前だった。

 魔力回路の稼働率を上げているつもりだが、これまでにあった感覚の鋭敏化が鈍いように思えた。

 つい数ヶ月前と比べると信じられないことだけど、俺は体に刻まれている魔力回路の部分部分の機能を正確に把握できるようになっていた。

 把握できれば、部分的に強く作用させることもできる。まだ不器用だが、なんとかなる。

 違和感の調整のために感覚の増強を顕現させる魔力回路に魔力を意識して流し込む。

 稼働率は俺には数字としてはっきりとはわからないものの、感触としてはわかる。

 悪くはない。

 違和感も消えている。どうやらおおよそ普段通りになったようだった。

 このことは試合後に馬場先輩に相談しようと決めた。

 魔力回路の微調整は試合後にいくらでもできる。いや、この試合に勝てば、もう一試合が今日に行われるのか。調整する時間はあるだろうか。

 とにかく試合だ。

 試合開始のホーンが鳴り響いた。

 俺は駆け出し、遮蔽物の裏を抜けるようにして相手の行使者候補生を探す。

 トーナメント四回戦ということもあり、相手は別のブロックを勝ち上がってきた三年生である。

 模擬戦において相手の位置を探知するには、目視か、そうでなければ魔力波動を探るか、どちらかになる。

 行使者候補生は大概、魔力波動を極めて曖昧ながら探知できるとされていて、それは初期の授業の中でも学ぶことの一つだ。

 魔力波動を感知できれば、目を閉じても耳を塞いでも問題はないという理屈を教わる。

 実際にはそれには個人差があるし、感覚が鋭敏なもので感じ取れるというよりは、気配がするという程度らしい。

 しかしこの曖昧な感覚は模擬戦では重要な要素となる。

 疾走しながら俺は感覚に集中する。

 魔力回路による第六感の励起によって、周囲のごく狭い範囲を魔力波動の流れのようなものとして認識する。

 流れと言ってもまるで煙が流れてくるようなものだ。それでもコートの四分の一以上は把握できた。

 一瞬のことだった。

 側面から魔力波動。

 これははっきりと感じた。

 攻撃の気配。

 足をわざと滑らせてちょうどいい遮蔽物の陰に滑り込む俺の頭上を、何かがかすめ去っていく。

 正体不明の物体は魔力波動の残滓を残してすでに視界から消えている。

 ブーメランか?

 飛び道具の試作魔法杖はまったく無いわけではない。

 ただ大抵は二刀流のような形になる。魔法杖に手放した状態で触れている時と同じ機能を発揮させるのは難しい。

 魔法杖を飛ばすなら、二本のうちの一本は手元に置いて自身の能力を向上させることになる。片手に魔法杖を保持し、もう一方の魔法杖を遠距離攻撃に使うという形が現実的だ。

 もっとも手元の魔法杖は常に手で握っている必要はないといえばない。

 場合によっては複数の試作魔法杖を移動砲台のように運用する行使者もいるとは聞いている。

 その場合はかなりの魔力の持ち主でないと、いくら増幅しても魔力の総量の限界から複数の魔法杖に力が分散してしまって、一つ一つの魔法杖の攻撃の威力が弱くなるのが絶対だ。

 今、わかっていることは今回の相手は遠距離で攻撃できる上に、こちらをすでに発見している、ということか。

 障害物に背中をつけて、魔力回路を使って感覚をさらに強化する。こちらも相手を見つけないことには勝負にならない。

 そう思った時だった。

 魔力波動が左右から迫ってくる。

 探知と命中はほとんと同時。

 咄嗟に身体を投げ出さなければ、遮蔽物を回り込んで左右から挟み込むように飛んできた試作魔法杖に一撃で致命傷判定を受けて負けていただろう。

 地面に転がった時には、すでに試作魔法杖は飛び去ろうとしているが、今度は視認できた。

 一見すると、ブレスレッドに見える。薄い板状の輪である。

 どこかで見たことのある円板状の投擲武器を模しているとわかったが、かなり凶悪だ。

 どれほど軌道を制御できるかは俺にはわからないが、遮蔽物を回り込む小回りと機動力がある。これでは遮蔽物に隠れても意味がない。

 相手の試作魔法杖は魔力波動で俺を仕留めようとする一方、純粋に物理的に俺を倒しに来ている。物理的なダメージも判定に含まれる要素だ。

 即座に思考が状況を整理する。

 相手の魔法杖は、ただの投擲武器をただの人間が投げているのとはかけ離れた運動している。それが意味するのは魔法杖の飛行には魔力波動を利用しているということ。

 それなら、こちらが魔力波動で防御に徹すれば防げるだろうか。

 うまくやれば推力、浮力を奪って鹵獲はできる気がする。

 しかし、この試合は守っているだけでは勝てない。

 俺はそれ以上を考える前に跳ね起きて、走り出した。

 とにかく機動力が必要だ。

 魔力回路が貪欲に俺の魔力を飲み込み、身体機能を跳ねあがらせる。

 空気がいやに体にまとわりつくほど、運動速度が加速する。

 構わずに先へつき進み、遮蔽物の間を疾駆しながら相手を探す。

 その間にも相手の投擲用魔法杖が飛んでくるのを、両手の模擬魔法杖から放射した魔力波動の壁で跳ね返した。

 打ち落としたいところだが、軌道を逸らすので精一杯だ。

 足を止めたところで正確に狙えないほどかなりの高速だし、軌道は想定以上に不規則である。

 足を止めるべきではないと判断して、更に移動を継続。

 やがて相手が使っている投擲型の試作魔法杖が二つだとはわかってきた。二つが制御の限界なのかもしれない。

 しかし相手は二本ともを攻撃に当てて、よく魔力の増幅や制御ができるものだ。上級生の実力か。

 がむしゃらに俺は走り続けて、ジグザグにコート内を駆け回る。

 どこかに相手がいるはずで、発見できれば接近できる。

 周囲の魔力波動を探知したくても精密な探知が困難なのは、相手の攻撃が激しくなり、相手の魔力波動の残滓が周囲に充満しているせいだ。

 相手の行使者候補生を探すどころか、攻撃の試作魔法杖の軌道が追いづらいほどだ。

 ついでに攻撃を防ぐ俺自身の魔力波動もそれに混ざり、混乱している。

 魔力波動の濃いように感じ取れる方を選び、移動を続ける。

 それでもついに、相手を発見できたのは幸運だった。

 相手の行使者候補生は、遮蔽物の陰でじっとしていて動かない。

 試作魔法杖を二つではなく、三つ、用意していると気付いた。

 二つが投擲型の攻撃用で、もう一つ、魔力を増幅するために手元に置いていると見るべきだ。

 ただ、なぜ動こうとしないのかは、不自然だった。

 不自然でも、相手が動かない以上、今度はこちらが攻める番だ。

 地面を蹴りつけ、一直線に相手に向かう。遮蔽物は必要なら乗り越えてでも最短距離を選んだ。

 相手は試合の初期段階からこちらの位置を把握している以上、ここは速度勝負だった。

 逃すわけには行かない。

 相手の行使者候補生はこちらを見ようともしないどころか、顔も上げない。

 違う。

 強烈な本能的な危機感。

 う、と思わず声が漏れそうだった。

 失敗した実感があった。

 あったが、こうなっては引くに引けない。

 側面から投擲型魔法杖が向かってくるのが探知できた。

 それは先ほどまでとは速さが違う。

 ついでに、その軌道は複雑だった。

 まだ相手を射程に捉えていない俺に、投擲型魔法杖が襲いかかる。

 無理な運動で初撃を回避した次に、転がるように低い姿勢で第二撃も回避。

 その時には初撃でやり過ごしたはずの投擲型魔法杖が反転して再び迫ってきている。

 姿勢を取り直す余裕がなく、両手からの魔力波動の放射で強引に投擲型魔法杖を跳ね返した。、

 それでもすぐに次が来て、起き上がる隙もない。

 破れかぶれで、両手に魔力波動を宿らせる。魔力回路には可能な限りの魔力増幅を行わせる。

 背中が焼けるように熱いが、俺はスーツの下で汗をかいていた。

 冷や汗だ。

 魔力回路の稼働率の上昇により感覚が極端に研ぎ澄まされて、向かってくる投擲型魔法杖がよく見える。

 拳をわずかに引きつけ、押し出すようにして魔力波動を放射する。

 俺の魔力波動が投擲型魔法杖に命中し、撃ち落としたかと思ったが跳ね返った勢いも利用してさらに加速して向かってくる。

 これでは打ち落すのは悪手だ。こちらの攻撃が利用されてしまう。

 かといって相手の行使者自身を直接に狙うのは、かなり難しい。

 あまりにも間合いが遠すぎて、全力でも魔力波動が有効な威力で届くかわからない距離がある。

 さらに推測すれば、相手は俺から間合いを取ろうとしない以上、こちらの攻撃を防ぐことができる確信があるのではないか。

 より近い間合いになった途端、相手の投擲型魔法杖の威力が増していることも無視できない。

 それが示すのは、相手の行使者候補生は自分の周囲を完全に支配下に置いている可能性だった。

 届くかどうかわからない魔力波動など、おそらく防がれてしまう。

 投擲型魔法杖の連続攻撃を魔力波動の障壁で防ぎながら、俺は歯噛みしていた。

 何か、打破する手段を考えなければ。




(続く)

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