表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/128

3 初日

      ◆


 オープンキャンパス以来の「中央魔法技専駅」は思ったよりも混雑していなかった。

 それもそうか。オープンキャンパスは誰でも参加できるけれど、生徒になれるのはほんの一握りだ。

 駅の間近にはクサナギ中央魔法技能者専門校の正門がある。門柱だけがあるわけではなく、駅の自動改札機にそっくりの装置が並ぶ上に、敷地をぐるりと囲む塀がどこまでも伸びている。正門の周りでもいくつも監視カメラが見えるあたり、どことなく学校というより、隔離施設を思わせる。

 まぁ、実際に生徒は敷地に隔離されているので的外れではないだろう。魔法技専は一般に出回らない様々な薬品、素材を無数に扱うし、校内にある情報は漏洩が許されないものも多い。世間でまことしやかに囁かれるのは、技専に忍び込むとそのまま行方不明になる、という陰謀論だが、完全に否定するのは難しい気もする。

 技専が侵入者を密かに消しても、おかしくはない。

 ともかく、私はすでに仮の学生証と紐付けてある携帯端末を改札機にかざしてゲートを開けて、無事に敷地に入ることができた。ゲートには複数の警備員が立っていたので、ちょっと緊張もしていたのだった。

 敷地に入ってすぐのところに色褪せた巨大な地図の看板がある。

 魔法技専の敷地は異常に広い。敷地内で生活のほぼ全てが完結するように作られているせいでもある。学生寮があり、学食はいくつもあり、他にも大小の飲食店が点在し、小さなショッピングモールまであった。映画館もあれば、ボウリング場、ビリヤード場、その他の娯楽施設も完備していた。

 つまり衣食住その他が完璧に揃っているのだ。その上、外部と比べると全てが割安である。

 学生寮はどこかな、と地図を眺めていると敷地の中でも東寄りの一角にあるとわかった。

 地図の前を離れて進むと、そこここに雪の山がある。つい昨日、一部の地域で大雪が降ったけれど、この辺りでも少しは降ったようだ。それとは対照的に何本も植えられている桜の一部が小さな花を咲かせていた。満開にはもう少しだ。

 技専は敷地の広さに反して、閑散としている。明日には入学式だから帰省した生徒も大半が戻っているはずだろうけど、そうでもないのだろうか。

 数人が自転車に乗って通り過ぎていく。上級生らしい。自転車はどれもボロボロで、電動アシストではないのが不思議だった。

 歩き続けるうちに寮の建物が見えてきた。かなり背の高い建物だった。それが印象的にならないのは敷地内に三つある小さなドームが見えるせいで、相対的に寮の存在感を打ち消している。いや、ドームの方が圧倒しているというべきか。

 あのドームが行使者候補生の模擬戦の会場か、と思うと少しだけ、暗い私の気持ちも高揚したような感じがあった。

 魔法技専は魔法に関する技師を育てる一方、魔法を行使する者、まさに魔法使いを育てる場でもある。

 現代では魔法使いのことを「行使者」と俗に言うが、彼らは普通の人間を逸脱した存在である。その魔法使いを生み出し、支援するのが管理者と探求者と呼ばれる立場の魔法技師である。

 自分がデザインした行使者が思い描いた通りの魔法を行使するのは、どんな気持ちだろう?

 魔法が展開されるのを目の当たりにした時、あるいは達成感のようなものが生じるのかもしれなかった。

 ともかく、まずはガイダンスだ。

 女子学生寮に入って、事前に通知された部屋に向かって自室のドアの鍵を携帯端末をかざすことで開ける。

 開いたドアの向こうから、何かの花の匂いがした気がした。

 中に入ると、すでに私の荷物が運び込まれていた。ダンボール箱で数箱だけだ。荷ほどきしなくちゃな、と思いながら、備え付けの寝台を見ると封筒が置かれている。「一年生のガイダンスについて」と書かれている。

 寝台に腰掛けながら封筒の中身をチェックする。書類が何枚かあり、そのうちの一枚に寮に関するガイダンスがまさに今日の夕方にあると書かれている。一階のホールね、と頭に入れて、他の書類に目を通すのは後回しにした。

 お腹が空いている。さっそく、学食に繰り出すとしよう。

 何より、まだ空いているだろうし。

 寝台から気持ちだけでもと跳ねるように立ち上がり、一応、財布をポケットに突っ込み、携帯端末を手に部屋を出る。オートロックで勝手に鍵がかかった。

 階段を降りていくと、生徒の何人かとすれ違った。上級生のようだったけど、「どうも」とか「ちわー」とか、あまり女子らしい感じでもなかった。私は律儀に「こんにちは」と答えたけれど、逆にこちらが間違っているような気になった。

 表へ出て、とりあえずは広い道を選んで学食のある建物へ向かう。オープンキャンパスの時に体験で利用できたので、場所はわかるつもりだ。

 道沿いには木がずらりと植えられて並木を形成している。所々にベンチがいくつもあるのが印象深い。凝ったデザインのベンチなのだ。ただ、今はほとんど無人だった。時々、水が流れる音が聞こえるのはそばを小川が流れているからで、敷地内には小さな池もある。防火用水を兼ねているんだろう、たぶん。

 学食のある建物にはすぐに着いた。さすがにここには人の姿がある。

 中に入ると、数え切れない椅子とテーブルが並ぶ様はなかなか壮観だ。ちょっと気後れしつつ、壁際の食券の券売機へ向かう。全ての店舗が共通の券売機で食券を買ったら、それぞれの店舗のほうへ移動することになる。券売機で買った時点で注文が通るので、あとは番号を呼ばれて受け取るだけだ。

 何が良いかわからなかったので、山菜そばという、妥当なのか、捻っているのか微妙なものを頼んでしまった。これから数え切れないほど利用するだろうし、そのうちに挽回するとしよう。

 蕎麦屋のブースは大して混んでいないので、すぐに私の番号が呼ばれた。山菜そばの盛られた丼が乗ったお盆を手に、さて、どこに座ろうかと視線を巡らせる。

 その時、視界の隅に見覚えのある誰かが見えた気がして、通り過ぎた視線を反射的にそちらに戻していた。

 服装、髪型、そして横顔。

 そこにいるのは、幸坂葉太だった。間違いない。何かの料理の盛られた皿を乗せたお盆を持って、視線でどうやら席を探している。

 声をかけようか、と思った。

 一歩を踏み出しさえした。

 でも、何もできなかった。

 葉太にさっと手を振って合図をする人物がいるのが見えたからだ。

 すでに席についている女子生徒。当然、私の知らない人だ。何故かサングラスをかけているけど、鼻筋や口元などを見る限り、美人そうだった。

 その女子生徒に葉太はゆっくりと近づいていき、そのまま向かいの席についた。

 そうか、まだ空席ばかりなのに、席を探す理由はないか。

 私はどうすればいいのだろう。

 思い切って、二人のところへ向かうべきなのか。それとも、離れた場所でひっそりと食事にするべきか。

 答えはすぐに出た。当たり前の答えだ。悩むまでもないことだった。

 私は葉太と名前も知らない女性から視線を逸らした。変にぎこちなくなってしまったのは気のせいだろう。

 そのまま空いている席に着き、一呼吸を置いて箸を手に取る。

「一人?」

 いきなり声をかけられて、私は危うく箸を取り落としそうになった。今日は似たようなことが何度も起こる。

 声の方を振り返ると、声音からして女子だろうと思っていたけど、確かに女子生徒が立っていた。手にはお盆を持っている。

 年齢はすぐにはわからない。私と同年くらいだろうか。顔つきはそんな感じである。雰囲気からして、上級生というようでもなかった。

「ええ、一人です」

 そう答える私に彼女はにっこりと笑うと「隣に座っていいかな」と確認した。ちょっと怯えたけれど、なんとかそれは押し込めて必死に冷静を装うと、私は、どうぞ、応じた。

 彼女は素早く席に着き、ちょっとだけこちらを向くとさっと手を差し出してきた。

 握手らしい。

「小田垣美緒。一年生、管理者候補生。あなたは?」

 小田垣美緒というのが彼女の名前か。私は気後れを悟られないように、そっと彼女の手を取って返事をした。

「石森満月です。私も一年生で、管理者候補生です」

 少しだけ美緒の表情が緩んだ。

「良かったぁ、上級生に気安く名乗っていたらどうしよう、って思ったから。よろしくね、満月ちゃん」

 私はただ頷くしかなかった。どんな返事が最適か、すぐには見当がつかなかったからだ。

 私が黙っていたせいだろう、美緒は少し首を傾げたようだが、前に向き直ると「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。彼女のお盆の上にあるのは焼きそばのようだった。あまり色気はないが、彼女の印象とは合致するかもしれない。

「それで、満月ちゃんはどこ出身?」

 蕎麦をたぐろうとしたところでそう言われて、私はやっぱり返答に窮した。

 別に出身地を話すことなんてなんでもない。隠す理由はない。

 それなのに私は答えようとしてうまく言えず、ただ口をパクパクさせてしまった。

 そんな様子に美緒は少し不思議そうにしてから、すっと私の手元を指差した。

「蕎麦、伸びちゃうよ。先に食べな?」

 さすがに動揺が隠せなくてガクガクと頷いた私は、やっと蕎麦に口をつけることができた。

 美緒は苛立っていないだろうか、と思ったけど、彼女は先に焼きそばを食べ終わると「飲み物買ってくるから待ってて」と席を離れて行ってしまった。

 待てって? 戻ってくるのか……。

 顔女の背中を見送り、次に葉太たちがいた方を見たが、すでに二人の姿はそこにはなかった。もう食べ終わってどこかへ行ってしまったらしい。

 なんとなくため息を吐き、私は蕎麦を完食した。そこへ二つのカップを手にして美緒が戻ってきた。片方が手渡されるのに「あ、ありがとう」と礼を言って受け取る。

「ただのミルクティーだけど、良かった?」

「は、はい」

 ミルクティーはちょうどいい温度と甘さで、美味しかった。

 何はともあれ、こうして私は苦労せずに一人の友人を得ることができた。

 もしかしたら来週には他人に戻っているかもしれない、とこの時は思っていたけれど。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ