12 過去
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ディスプレイが四つに分割された。
映っているのは入学式の後のデモンストレーションでも見たコートだ。四方向から撮影されていて、定点映像らしい。端の方のアイコンを操作すると別の四つの画面に切り替わったが、こちらは固定カメラではないように見えた。わずかに動いているのが見て取れる。
カメラの動きは本当にブレとも言えないほどかすかだが、映し出されている二人を追っているせいだった。ドローンのようなもので撮影しているのか。
コートに立つのは、一人は白いスーツとヘルメットで、もう一人は黒いスーツと黒いヘルメットである。白いスーツの方は本当に真っ白で、黒いスーツの方には濃紺で模様が入っていた。何の模様だろう?
試合開始までのカウントダウンは十から減っていく。その間のテロップで、白い方のスーツ姿が山崎潤だとわかった。もう一人は知らない名前だし、学年の表記を見ると山崎潤は三年生で、対戦相手は五年生だ。つまり黒いスーツの方の行使者候補生はとっくに卒業している計算になる。
カウントダウンが終わる寸前に、山崎先輩は腰にある鞘から剣のようなものを抜いた。一方、対戦相手も腰から両手に短剣を抜いた。
魔法使い、行使者はその能力を最大限に発揮するために、二つの技術を使用する。
一つは肉体やスーツに施される魔力回路。
もう一つが、武器である「魔法杖」だった。
どちらも探求者が設計し、管理者が製造、加工、調整する技術だ。
魔法技専のチームとは、試験的に魔力回路や魔法杖を設計、試作し、実戦形式で優劣をつけるためのチームである。
魔法技専で使用される魔法杖は俗に、試作魔法杖、と呼ばれる。しかし立派なもので、最高位の試作魔法杖は量産品より高性能とも言われる。
ともかく、白と黒の二人が手にしているのは、模擬戦という実戦のために製造された、試作魔法杖ということ。
カウントダウンが、ゼロになる。
二人の姿が霞む。
カメラが後を追い始めたが、目まぐるしいなんてものじゃない。
あまりの素早さにカメラの自動追跡が置いていかれそうになる。
二人の行使者候補生は、右へ左へ機動しながら、衝突し、斬撃の応酬を展開する。
低い姿勢で二人が間合いを計るのも刹那のこと、次には二人はぶつかり合い、反動を制御しながら滑らかに次の動作に繋げていく。
戦いというより、そういう舞を踊っているようだ。
黒いスーツのふた振りの剣が、虚空をなぞる。その切っ先が描いた軌跡が高密度の魔力波動となり、明確な物理力を獲得して山崎先輩に襲いかかる。
山崎先輩はステップを踏むようにそれを回避し、回避できないものは試作魔法杖で打ち払った。
魔力波動同士が衝突し、一瞬、紫電が走り、コートの上を衝撃なのか、風なのかが撫でていく。
防御の動作の隙をついて、黒いスーツが山崎先輩の懐に滑り込む。
鮮やかな、滑らかな動きだった。
二つの刃による、絶妙な時間差攻撃が繰り出された。
片方を山崎先輩の刃が受け止める。
もう一方は、素手で受け止めている。
正確にはスーツと一体型のグローブで受け止めてるが、グローブが切れている様子は見えない。試作魔法杖の刃は真剣だし、まさかグローブに渾身の振りの刃物を受け止める強靭さがあるはずがない。
グローブと試作魔法杖が接触したほんの一瞬のこと、山崎先輩のグローブが発光したように見えた。
それは強烈な魔力波動の放射だった。ピンポイントの魔力波動の激流が、短剣型の試作魔法杖を押し返したのだ。
刃を魔力波動で防ぐなど、信じられない。
しかも山崎先輩も魔力波動の放射は、そのまま黒いスーツを跳ね返す。
私は息を飲んで映像に見入っていた。
入学式後のデモンストレーションとはまるで違う。
これが、本当の模擬戦か。
画面の中では攻守が逆転し、黒いスーツの五年生が間合いを取ろうとするのを、するすると山崎先輩が追う形になっていた。短剣が小刻みに動くたび、空間に魔力波動の刃が残り、その無数の刃の網目によって空間を制圧しようとする。
それを山崎先輩の刀のような試作魔法杖が一振りで粉砕してしまう。
ついに間合いが消えた。
上段からの山崎先輩の一撃を、五年生の生徒が両手の剣を頭上に掲げて受け止めた。
刃同士がかみ合ったように見えて、刃同士は触れ合っていない。
三本の刃の間には、空間がある。
触れ合っているのは、二つの魔力波動だ。
魔力波動同士が空間を圧縮し、お互いを押し切ろうとする。
今までの比ではない紫電が走り。
次には。
空間そのものが歪んだように私の目に映った。
圧倒的な魔力波動の衝突の余波で、コートがうねったようにも見えた。
二本の短剣が消滅する。
叩きつけられた圧倒的な魔力波動に砕され、自身に込められていた魔力波動さえもが吹き荒れる中に短剣は消し飛んでいった。
二人がいた場所を中心にまさに爆発が起こった。
激しい土煙が噴き上がり、カメラからは何も見えなくなった。ドローンのカメラも、定点カメラも。
土煙はなかなか晴れなかった。私は画面に表示されている時間の表示をチラチラと確認した。数秒が何倍にも長く感じる。
この映像には最初から音声がないが、画面の隅の方で赤い光が明滅し始めた。非常事態を示すものだろう。コートに大勢が駆け込んでいく姿が映りこんだ。土煙の中に彼らが消えてしばらくして、やっとその土煙が晴れてきた。
立っているのは、白いスーツ。
山崎先輩だ。
直立し、試作魔法杖を片手に下げていた。
黒いスーツは。
倒れている?
うつ伏せに倒れている生徒は、動かない。数人の救護担当者らしい人たちが屈み込み、身振りで何かを呼んでいる。ストレッチャーだろうか。
この時、私の視線は倒れている姿に釘付けになっていた。
体の下に何かが広がっていく。
なんだ? 液体のように見える。
黒い、液体。まるでスーツが溶け出しているような。
それに片腕がおかしな方向へ捻れている。とても曲がらないような角度で……。
映像が不意に停止し、そのままになった。
記録映像の再生が終わったのだ。
気づくと、私は口元に手をやっていた。
反則負け。
それはつまり、事故ということか。
目の前の静止映像を見ていられなくなり、私は画面を切り替えてショッキングな映像を消した。
生徒が、重傷を負うような事故があった。
今からほんの数年前に。
山崎先輩は何か、罰を受けたのだろうか。
いや、それは考えても仕方がない。今も山崎先輩は魔法技専にいるのだ。だから退学処分にはならなかった、ということになる。
黒いスーツの生徒が倒れている映像が、まだ目の前でちらつく。
実際には何があったのだろう。データベースには校内の広報も残っているはずだ。調べるのは容易い。容易いけれど、何よりも難しいように思えた。
しばらく椅子に座って、私は端末の画面に表示されたままの、十六グループの情報を見ていた。
そこに名前は載っていないが、間違いなく山崎先輩と幸坂先輩は組んでいた。そうに違いない。その上で、三人で一チームだから山崎先輩と、幸坂先輩と、あと誰がいたのだろう。
そして今は、チームは形だけで、解散しているのか。
さらに言えば、第十六グループには山崎先輩と幸坂先輩しかいない。
そこに自分が割り込んでいきたい気持ちは、急速に萎んでいくようだった。
山崎先輩も、幸坂先輩も、何かを背負っているのではないか。私には想像できないような重すぎる重荷を。
だから山崎先輩は模擬戦に出ていない。幸坂先輩も、懇親会に出たりしない。
誰とも関わらずに過ごしている二人に、私は余計なことをしようとしているのではないか。
そもそも、懇親会で山崎先輩に声をかけたこと自体が、余計だったのではないか。
一度、私は端末を畳み、椅子にもたれて天を仰いだ。
放り出したままの携帯端末がベッドの上で震える。ゆっくりと席を立って、携帯端末を手に取ると、また食事の誘いのメールが来ていた。
どこかで時間を用意しないといけない。いつがいいだろう。
私はどこか暗い気持ちで、携帯端末を操作した。
もう夜も遅い。はっきりと疲れているのが実感できた。さっきまでは感じなかった疲労感であることは、考えないことにした。
初日からこんなに疲れているんじゃ、先が思いやられる。まだ学校の本来のカリキュラムは始まってすらいないのに。
早く寝て、明日に備えないと……。
(続く)




