開封の儀
私は中を見るのが好きだ。
何でもそうだ。届いた配達物を開ける時、友達の家の内装を見る時、石を割って中身を見る時、とにかく私は外見からでは分からないことを知る時が何よりもわくわくする。外側を見た時の期待感。中を見るまでの焦燥感。知った時の達成感。全てが私の心を湧き立たせた。
この感覚はもちろん誰しも実感があるものだとは思うが、私の場合はそれが人一倍だった。事実、友達とそういった話題になった時には「ハルナ興奮しすぎー」と若干引かれたぐらいだし。気を付けなければいけない。
だけどやっぱり、私は誰かとこの興奮を共有したかった。もし、同じくらいの熱量で同じ好きを語れる人が私の前に現れたとしたなら、私はきっと中身を見る時と同等のときめきをその人に感じるのだろうと何となく思う。
そんな想いが運命を引き寄せたのか、高校二年のクラス替えの際に一人の男子と出会った。
名前はイツキ。目元を隠したのっぺりとした前髪で、時折覗く瞳には明るさがなく、お世辞にも顔立ちが整っているとは言い難い男子。暗いどころか陰鬱な雰囲気の彼は、はっきり言って全くタイプではなかったのだが、席が隣だったということで時々話していた。
するとどうだろうか、彼も私と同じフェチを持っていた。話が弾みに弾む。
「分かる! 配達物とかさ、早く開けたくてもう包装紙とかびりびり破いちゃうよね!」
「僕小学生の頃、ハンマーで石割ってよく中の色合いとか見てたな。それ自由研究にしたし」
馴染みのある話。これが運命なのかと心の底からそう思った。
それからは次第に仲良くなって休日に一緒に出かけるほどにまでなっていた。関係が進んでいけば見えてくることもある。歩く際に自身を車道側にするさりげない優しさとか、貧乏な家に少しでも負担をかけないためにバイトをしている健気さとか。そうやって彼を知っていけば知っていくほど彼に好感を持つようになっていって、そして気づけば私は恋をしていた。
しかし、そんな青春を送っている私に対して何故か友達は「大丈夫なの?」ととても心配しているようだった。
「その、ハルナには悪いんだけどさなんか怖くないあの人? この前だって一人で変に笑ってたしさ、動物とか殺してそうじゃん」
あなたたちには分からないよ、と心の中で愚痴って私はその忠告を無視した。
今日もイツキとの時間を楽しむ。彼は最近トレーディングカードのパックを開けるのにハマっているようで、中のカードを見る瞬間は、この世の絶頂をかき集めたようだとか。
そのパックとやらの存在すら知らなかった私は俄然興味が湧いて、彼とカードショップに行くことにした。
「まさか、君がこんな可愛い子連れて来るなんてなぁ。人は見かけによらないな!」
「酷いですよ」
店長と気さくに話す彼を見て意外に思う一方で、彼女だと思われたことが嬉しくて密かに私はガッツポーズをとった。
会話が済んだのち、私は彼と一緒に予定通りパックを開ける。結論を言うと、快感は過去最高潮だった。パックの封を切ってカードを取り出してめくる一連の動作が、心臓の血流を作る速度を異常に早めていた。後から聞くと、私は興奮のあまり卒倒してしまっていたらしい。
この日を境に、私たちはカードショップに頻繁に顔を出すようになった。おかげで私は非常に甘美な時間を過ごせていたのだが、イツキの方は最初の頃にあった嬉々とした表情が段々とに平淡になっているような気がした。
そうして半年が経った。イツキとは未だ友達の距離感だったが、今日はイツキから驚きのプレゼントがあった。
「ハルナ、誕生日おめでとう」
そう言って、イツキはパックがたくさん入った黄金に煌めくボックスを私に差し出した。驚いた。彼が私の誕生日を覚えてくれていたのもそうだが、これは大人でも手が出しづらいほど高値のものではなかっただろうか。
「こんな良いものなんて。ありがとねイツキ! 大切に開ける!」
それから、土日を挟んで月曜日。いつものように遅めの朝食をとっていると、一つのニュースが目に入り思わず箸を落としてしまった。
「昨夜未明、カードショップ○○店の店長、長谷川博司さんを殺害した容疑で十七歳の男子高校生が逮捕されました。容疑者は全面的に犯行を認めており、『人の中身を見たかったから』などと供述しています」
ドクンと、心臓が響いた。
「人の、中身……」
「やねぇ。あんたの高校じゃなきゃいいけど」
お母さんはそう言うけれど、私には分かった。彼だ。
とんだ別れだ。とんだ失恋だ。驚きと困惑とショックがないまぜになって、私の心は今ぐちゃぐちゃだ。
……なのに、どうしてだろう。私は今、そこまで傷ついていない。それよりも一つの関心が、私の心の中で夥しく蠢いていた。お母さんを見ると、もっとざわついてしまう。
どうにか収めようと、一日一つずつ開けていこうと思っていたパックを引っ張り出して乱雑に開けてみる。あれだけ興奮していたこの動作も、不思議と物足りなさを感じていた。
全身に血液がおぞましい速度で巡る。頭がくらくらしてくる。
――あぁそうか。だからあなたは、ゆっくりと表情が死んでいったんだね。
ふらつく視界で、椅子から立ち上がりお母さんのいるキッチンへと向かう。まだ使われていない包丁が、あった。
「ねぇ、お母さん」
あぁだめだ。このときめきは、とめられない。