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第33話 抜けるような青空

「ん゛んっ! えー、はい、これから第二回魔王城緊急会議を行います」


 わざとらしい咳と共に、アルノルトが宣言する。ちらり、とヴィオラたちへと送られた視線に、ヴィオラは居た堪れなくなって顔を伏せた。


 先日と同じ会議室。ノクスが窓からカーテンから全て破壊してしまったためにとても開放的な空間に、わらわらと人が集まっている。

 司会の席にアルノルト。壁にもたれかかっているイグナーツの横では、丸腰ながらも拘束は解かれて座るレオン。他にも何人かの男たちが、警戒するようにその周りに群がっている。

 そして誰もが、ノクスの座る席を遠巻きにしながらも好奇心を隠せないという様子でちらちらと視線を向けていた。


 前回よりもさらに秩序を失った室内。けれど最も秩序を失っている存在がここに。


 ノクスの膝の上に横抱きにされたヴィオラは、真っ赤になった顔のやり場に困っていた。

 だってどこを向いても、誰かと目が合うのだ。ヴィオラと目が合った者は、すぐにぱっと目を逸らすも、ヴィオラの視線が外れるとそろそろと向き直ってくる。

 残るはノクスの胸に顔を埋めることなのだが、そっちの方が明らかに恥ずかしい気がする。


「……ノクス、下ろさない?」

「却下」


 上機嫌に笑ったノクスは、ヴィオラを囲い込む腕に力を込めた。自力で抜け出すことなどとっくに諦めているヴィオラは、謝罪の気持ちを込めながら先を促すようにアルノルトへと視線を送る。

 黙って眼鏡を外したアルノルトは、感情のこもらない声で議題を読み上げた。


「今後の人間との関係について、話し合いましょう」

「ああ」


 平然と答えたノクスを睨みつけるも、ノクスは心底愛おしそうな目で見返してくる。そうなると、ヴィオラは何も言えない。


「目標としては、人間と魔族の戦を止めること。我らに人間を滅ぼす意思はない。それでよろしいですね?」


 部屋にいた全員が、躊躇いなく頷いた。

 魔王様がひとりで決めれば良い、と主張したイグナーツを退けたのは、他ならぬノクスだ。俺ひとりに背負わせるな、と言い放ったノクスの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。


「それでは、そのための策を考えていくことになりますが……そうですね、何か案は?」

「はい」


 すっと手を上げたレオンに、一瞬警戒するような視線が向けられる。

 結局、ノクスはレオンを信じた。筋が通るからだとノクスは言っていたが、俺もあの男の気持ちは分かる、と付け足した方に感情がこもっているように感じた。

 とはいえ、全員がそうとは限らないようで、ぴりりとした空気が漂う。それを感じとっているだろうに、レオンは淡々と口を開いた。


「魔王討伐を仕切っているのも、言い出したのも、現国王なんだ。裏を返せば、国王以外は魔王討伐の意思もそこまで強くなければ、そのために莫大な犠牲を出したいとも思っていない。だから」


 レオンは爽やかな笑みを浮かべた。


「国王を廃する」

「お前は簡単に言うが」


 横で座るレオンを尊大に見下ろしたイグナーツが、ばさりとその大きな羽を動かした。


「我々が国王を殺せば、人間は復讐を始めるぞ」

「それもそうだね。誰が見てもこちらに非のない形で、国王を消す必要がある」


 ノクスが身を屈める気配がして、ヴィオラは首を伸ばした。その耳元で、ノクスは笑いを含んだ声で囁く。


「あんな人間だったか? 笑顔で恐ろしいことを言う」

「私も驚いてるわ。あんなレオン、見たことない」


 肩をすくめたヴィオラを抱きしめたノクスは、ふ、と真顔に戻って口を開く。


「方法はある」

「本当ですか!」

「ああ。だが、2つ、晒さなければならない事実がある。勇者の正体と、俺の出自だ」

「ノクス!」

「ヴィオラ。良い」

「でも、そんなことしたらノクスは」


 ヴィオラ、と囁いたノクスは、口元を笑みの形に歪める。


「安心しろ。玉座の隣の席は、俺が死ぬまで空けておく」

「……」


 ヴィオラを抱き上げたノクスは、そっとその身体を下ろした。きちんと立ったヴィオラを確認して、ノクスは堂々と中央へと歩を進める。


「偽の勇者を作り上げてでも、国王が俺を討伐したかった理由は簡単だ。俺が、国王の私生児だからだ」


 部屋の空気が凍りついた。

 がしゃん、と重い音がした。イグナーツがその手の剣を取り落としたのだ。アルノルトの手から溢れた書類が、部屋の中を舞っていく。

 飛んでくる紙をうるさそうに払ったノクスは、淡々と続ける。


「つまり、国王の私情だ。国王はただ自分の過ちを隠蔽するためだけに、多くの民を危険に晒した。それは、王位を剥奪されるのに十分すぎる理由だろう?」


 誰も、何も答えなかった。衝撃に動けないと言った様子の男たちに、ノクスは肩を竦める。


「おい、話を進めろ。……それとも」


 ノクスの声が一気に低くなる。びり、と空気が揺れた。


「俺に代わって玉座に座りたくでもなったか?」


 凄まじい音がした。

 一瞬で視界が真っ白になり、ヴィオラは咄嗟に目を閉じた。しかしなんの異変も感じず、そろそろとヴィオラは目を開ける。

 そこで、目を疑った。


 抜けるような青空だった。

 というか、文字通り抜けていた。


 一瞬で天井を崩落させてみせたノクスは、ヴィオラに視線を上げると得意げに笑う。その楽しそうな表情に、ヴィオラは全身の力が抜け落ちそうになった。

 地面が揺れて、瓦礫の山から一人の男が飛び出してくる。


「魔王様!!!! ご無事ですか!!!!!!」

「ご無事も何も」


 く、とノクスが喉から声を漏らす。


「これをやったのは俺だ」

「あ、そ、そうでしょう!!! 魔王様にしかできぬ偉業です!!!!」

「魔王城の天井を崩落させることが、偉業か」

「失敬」


 埃が積もって白くなった髪を、嫌そうにハンカチで拭いながら、アルノルトが近づいてくる。


「眼鏡を探していたため、馳せ参じるのが遅くなりました。我が王」

「残念ながら、その眼鏡はお前のものではない」

「えっ、は……嘘ですよね!?」

「ああ、嘘だ」

「魔王様!」


 徐々に、瓦礫の隙間から男たちが這い出してくる。

 誰もが魔王へと歩み寄り、その前に膝をついた。先ほどの音を聞きつけたのか、城中から人が集まってくる。

 その中心で、ノクスはヴィオラを膝に抱いて座った。

 

「策は簡単だ。人間界で真実を晒し上げる。それで王は終わる。だが、同時に」

「民を欺き続けてきた僕たちも、ということだね」


 埃を被ってもなお輝きを失わぬ金髪を靡かせて、レオンがノクスの前へ立った。


「ああ。俺たちの地位も同時に塵となる可能性を秘めた策だ。実行するが、良いな?」

「ヴィオラのためなら」

「奇遇だな、同意見だ」


 小さく唇を噛んだヴィオラに、ノクスは苦笑する。


「お前が気に病むことではない」

「その通りだよ。君が望むことは間違ってない」

「それに、お前が言ったんだろう」


 ヴィオラを見下ろして、ノクスは笑った。


「食事は、皆で食べた方が美味い」

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