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カメラ魔ん

作者: Hora

 俺は職業カメラマン。どこかの会社と契約している訳では無いので、フリーのカメラマンと言ったところかな。だが撮った写真は1枚も世には出していない。金銭的に稼ぐ事が目的では無いからだ。時折、写真のデータを見返し

「この白黒のは随分前に撮った写真だな」「亡くなる時に撮った若造の最後の写真か」「俺の妻はカメラの中だと相変わらず綺麗だな」

と感傷に(ふけ)る。被写体は人物、風景、人工物など対象を選ばない。


 19世紀の中頃にカメラという機器が個人でも扱えるようになり、20世紀の最初には現在のサイズとそう変わらないカメラが発売されていた。俺はカメラマニアでもあるので世界中の様々なカメラを収集している。邪道だと言うヤツもいるが、J-ph〇ne(現softbank)の写メと呼ばれたカメラ付き携帯電話も購入し、以降カメラ機能が新しくなったり、画素数やレンズの性能が上がる度に新しい携帯電話を購入している。他人が撮った写真で言えば1969年にアポロ11号が月から地球を撮影した写真を見た際には非常に感動させられた。俺の夢もいつか宇宙から地球を収めた写真を撮る事なのである。


 俺は江戸時代、18世紀末に産まれた。正確な年は分からない。妻が江戸の流行病にかかっていると判明した時に「カメラ」なるものの存在を知った。幼馴染(おさななじみ)で腐れ縁でもあった妻の生きた証を残したいと思いカメラを手に入れようとする。だが外国船を排斥する動きが強くなっていた頃でより外来品が手に入りづらくなっていた。(きょ)を長崎に移し、少しでも可能性を上げようと方々(ほうぼう)に掛け合ってみたが、個人で所有できるものでもなく、伝手(つて)も無かったので手に入らなかった。そこで理論書を仕入れてカメラなるものを自作することにした。半年程かけ自作カメラは完成したのである。妻も小康状態を保っており間に合わせる事ができた。ただカメラの材料におそらく使われてはいけない未知の物質が紛れていたのだろうか?撮影の際に問題が起きた。

 さっそく妻を被写体にフレームを覗き、撮影のため銅板を覆う布を外す。そこからは30分程妻には動かないように言い、その間に二人で江戸から長崎に越してきた話をしていた。


「あなたは本当、思い立ったら即行動なんだから」

「いーじゃねぇか。お前もそんな俺についてきてるんだから相当な変わり者だぜ」

「うん。確かにあんたみたいなのに惚れるなんて変わり者ね。人生飽きる事無く本当楽しかったわ。もう私は先は長くな…」

突然妻が消えた。目の前から急にいなくなったのだ。必死に周囲を探したがどこにもいなかった。銅板には妻が写っており撮影は成功していた。しかしそれどころではない。

 それから数日間妻を探していて、ある事に気づいた。

「そういえば俺、ここ数日間何も食べてねーな。(かわや)にも行ってないよな。」

それに気づいた時に足が止まる。もうこの世に妻はいないのだ。


 2年後、あれから飲まず食わずであっても俺に何も不具合は起こっていない。髪や髭も伸びていない。成長…というか老化が止まっているように感じる。あのカメラが起こした現象は理解不能だが、俺の中に妻を取り込んだと解釈した。妻がいた時同様に前向きに生きると決意するまでに相当の時間を要した。そしてもう一度あのカメラの撮影を開始することにする。


 まずは風景。撮影してみるが何の変化も不思議なことも起こらない。次に捕まえた生きた狸を撮影してみる。かなり暴れているので綺麗な写真は期待できないが、30分程だけ画角から外さなければおそらく問題ない。撮影から約30分後、狸が消える。画角の中にいる生き物は消えてしまうようだ。

「しまった!もしどこかに送っちまうものだったとしたらあの狂暴な狸をあいつのとこに送っちまったことになるな…。」


 それからもいくつか実験をする。複数の生物を撮影した場合。かなり距離を離して撮影してみた場合。老若男女、様々な人間を撮影した場合。など。結果、複数の生物の場合は中心を含んだ生物、今回だと犬が消えた。距離を離した場合と言うよりかは、カメラの画角に収まった時に全体の10%程を占めていれば消える事が分かった。老若男女、年齢性別関係なく人間は消えた。証拠隠滅も同時にやってくれるのだが、目撃していた人物はいたらしく【カメラに魂を吸われる】という噂が立ってしまい、しばらくは人の撮影を控えていた期間があった。


 明治期を経て、20世紀に入る。体形や見た目は変わらず50代前半で止まっている。食事は不要ではあるのだが、娯楽の一種で各地を(めぐ)り、ご当地のグルメをいただきつつ撮影をしている。カメラも進化し、これまでのように30分かかるものでなく、一瞬で撮影できるものが出てきた。さっそく手に入れ風景を撮影。その手軽さに驚く。そしてその新型カメラを持ち、森で狐を撮影した時に、狐が消えた。

「これまであのカメラの特殊な力だと思っていたが、俺の中の何かだったのか。半世紀以上かかって気づくこともあるんだな。怖い怖い。」

 ただそうなってくるとおいそれと撮影ができない。何とか対象の生物を消さない方法は無いかと探る。その方法は非常に簡単に見つかった。手袋をするだけ。そうして俺はパシャパシャと日本各地で写真を撮りまくったのだ。


 1926年。俺は公園で撮影をしていた。そしてその帰り、うっかり階段で足を踏み外しゴロゴロと転落。しょうもない事で生死の境をさまよう。対応してくれた医師が幸運にも名医であり九死に一生を得た。不老ではあるが、死ぬことはあるのだろう。体を動かすと年相応に疲れるし、風邪も数年に一度はひく。ただ、その時に私の戸籍のようなものが無いことや、血液検査のデータに異常があったことから色々と聞かれ、不老であることを命の恩人である医師に打ち明けた。それから2年程拘束され色々調べられた。どうもこの不老の解明は難しいようで、俺独自のものだと判明したようだ。結局、拘束の後半は江戸時代の話で持ちきりだった。そして解放された。

 しかし国からお付きの人物がつけられた。まだ青臭さの残る20代後半の男性。どこぞで野垂れ死にされるのだけは困るのか、国から特別支援金がその若造に渡され、俺が使えるお金が一気に増えたのである。2年に1度は特定の病院で検査入院させられるらしいが、大金に比べればそれぐらいはどうって事は無い。こうして俺の一人旅に若造がくっついてくることになったのである。

 それからの写真撮影は手袋をして撮影した。若造と仲良くなるにつれ、俺の負の部分に触れてほしくない気持ちがあったからだ。そしてこれまで撮影した写真に関しては全てその若造に見せる程には深い仲になった。



 日本国内がアメリカとの戦争に傾いていく中、俺は死んだら死んだでその時だという気持ちでいた。ただ若造…、もう見た目は俺と変わらないのだが。若造だけは、意地でも俺を生かそうと、方々に手を回し説得し空爆されないという京都に住居を用意。そこに住むことにした。何でも歴史的な価値のあるものを破壊すると戦後に問題に発展するらしいからだ。そして俺は遠く空爆を受ける赤い空は幾度も見たが、傷一つ負う事無く、不自由を感じることなく終戦の日、玉音放送を聞く事になる。


 戦後の傷や復興の様子を撮影するため俺は各地を回った。焼け野原だった場所にみるみる建物が建っていく光景は生命力を感じさせ、俺の気持ちをより前向きにさせた。20世紀の後半は戦後景気に始まり、欧米の文化の流入や、各種の新型の商品、食料品が台頭したが、何よりカメラの進化が俺にとって非常に心躍る時代となったのだ。


 だが長年生活を共にしてきた若造には死期が近づいていた。見た目はとうに俺の年齢を越えていた。周りから見るとこのやり取りは不思議なんだろうなと思う。

「私はもう長くないです。私が戦争を生き残れたのはあなたのおかげだと思っています。」

「何言ってんだ。お前が俺を生かすために方々に手を回してくれたんだろ。こっちこそ感謝してるぜ。」

「…私が生き残りたいからあなたを利用した面もあったんですよ。」

「そんなの当然だろ。生きたいのは当然。本能じゃねぇか。それよりも俺のわがままで各地に連れ回された事は迷惑じゃなかったか?」

「ははは、迷惑でした。でも一人だと絶対にしない経験ができました。あなたにはとても感謝してます。」

「そうかい。」

「…、お願いがあります。」

「なんだい?」

「手袋を外して、…私を撮ってくれませんか?」

「…それは、分かってて言ってるのかい?」

「ええ。これまで何度か私の見ていない所であなたが手袋を外し写真を撮り、そして何が起こったかも見ています。」

「…」

「それがあなたの不老に関係している事は間違い無いでしょうけど、上には報告をあげてませんからね。安心して下さい。」

「…、あぁ。すまねぇな…。」

「夢がありますよね。最後にあなたに連れて行ってもらえる場所がどこか別の星や、未知のどこかに行けるのだとしたら私は試してみたい。」

「ただ犬死にするだけかもしれねぇし…、それは俺との永遠の別れになるぜ。それを俺に頼むのか?」

「はい。あなただから頼みたいのです。…奥様に伝言を伝えましょうか?」

「へっへっへっ。そこまでバレてたのか。お前ぇには(かな)わねぇな…、なら妻に伝えてくれ。浮気はあの撮影の日からは(・・・)一度もしちゃいねぇ。今も愛してるぜってな。」

その日は夜遅くまで若造と半生を語り合い、そして撮影により若造は消えた。これが死ではなくスタートであることを祈る。


 そして2030年の現在、俺は1つの夢を叶えようとしている。インドの民間ロケットが月までの旅行を可能にしたのである。それに応募し当選。一昔前に行われていた、宇宙で無重力に慣れるための数カ月の煩わしい訓練などは今は必要ない。仕組みは分からないが、遠心力を空間に適応させ、地球と同じ重力をロケットの中にかけ続けることができるのだ。そして今、お気に入りの最新のカメラを持ってロケットの中にいる。地球から10時間程かけて月に到着し、そして着陸。そこに建てられている施設に入り、各種説明を受け4時間程の自由時間となる。1/6の重力を味わいながら施設の外に出て、青い地球を眺める。江戸の流行病の頃を思い出し、凄い時代になったものだと感動させられる。そして早速写真を撮ってやろうと望遠で地球を画角に収め、写真を撮る。


地球が消えた。


俺は2つの思い違いをしていた。

1つ目は手袋をすると(今回は宇宙服だが)被写体が消えないという条件が間違っていた

2つ目は地球は生物だったのだ

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