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第6話 管理者ガーネットの倒し方③


「どうしたゴウ、調子でも悪いのか?」


 今日も昨日と変わらず仕事に取り組もうとしていたアレキは違和感を覚えていた。


「なんでもないどん」


 豪快に岩の壁をぶち抜く姿をアレキは見ていない。周りの岩を運ぶだけで開通作業は一向に進まない。


 ゴウと比べたら無力のアレキでは壁を掘り進める事が出来ないからこそ手が空いてしまった。


「なんでもないならいいんだけどよぉ……ははっ」


 にこっと満面の笑みを浮かべ始めた奇妙なアレキにゴウは気づいた。


「どうしたどん?」

「いやぁ~、よく考えたら俺達……働きすぎだ。ほら、考えてみろよ。ゴウの力で穴はどんどん広がって行くだろ? ゴウが居なければ出来ない偉業だ。だったらよぉー、少しくらいサボっちまっても罰は当たらんだろう」


 そう言ってアレキは座りやすそうな岩を探して腰を降ろした。


「それに動きすぎると腹だって減るしな!」

「アレキは面白い奴どん。ここに来る前は何をしてたどん?」


 記憶喪失でよく分からんとアレキはゴウに伝えて雲ひとつ無い青空を二人で眺めていた。なるべく、周りからサボってる事がバレないよう岩陰に二人は隠れる。


「でも……」


 しばらく時間が過ぎてゴウが申し訳無さそうな表情で口を開いた。


「おいら達だけサボってると皆に悪いどん」

「ははっ、ゴウが毎日汗だくで頑張ってんだ。これくらい許すって」


 明日は流石に頑張ろうなとアレキは呟いた。


 ゴウは心底アレキを気に入っている。だからこそ、今日の提案も心地よい。なるべく、力を使わず温存しようとしていたゴウにとって都合も良い。


 ゴーン


「お、飯の時間か。働かないで食う飯の味ってやつを確かめるとするかー」


 二人は昨日と同じ様にシュリル・サモナーの元へ歩みを進めた。


「みなさん、お疲れ様です」


 大きな鍋から野菜のスープを取り分けようとしていたシュリルに悲劇が起きた。


「あ、駄目ですよ」


 シュリルより遥かに体のデカいゴウがシュリルの鍋を奪う。そして、ガツガツと一人で食べ始めた。


 大食らい――当然かのように食べ始めたゴウにアレキも含め周りの人間は呆気にとられた。


「お、おい」


 アレキがゴウの腕に両手で掴みかかる。圧倒的な体格差を覆すことも出来ず。


 三十人は超える皆の昼食をゴウは食べつくした。


 そして、両手で小柄なシュリルを掴みアレキから距離を取る。


「おいらを信じてくれどん」


 そう言って二人がサボって岩の砦に走り抜けた。


 誰もゴウの奇行を理解できず、シュリルも訳が分からなかった。アレキ・ネシアより一ヶ月以上前に召喚した異世界人――ゴウ・リキは模範的な異世界人で、こちらの要望にも素直に従っていた。


 突如、反逆を起こしたゴウの手に収まっている自分自身の状況をシュリルは考える。


 ――助けて。


 シュリルは力を使い、ゴウが砦に入る前に一匹の小さな鳥を召喚して飛ばした。


 砦に入り込んだゴウはシュリルを一番奥へと連れて開放する。このシュリルも管理者の一人だとゴウは知っていた。召喚された時、キングの側に居たのは二人。


 シュリルとカラルナが王の側近である。ゴウが召喚されて一ヶ月の間に得た情報を元にシュリルは異世界人を召喚するために必要な人材で、カラルナがヴァイキング王国の最高戦力だと睨んでいた。


 だからこそ、シュリルを捕まえれば全てが始まる。そして、なるべくアレキを巻き込まないように相談はしなかった。


「出てこい、ゴウ・リキ」


 真っ赤な髪を揺らしてカラルナ・ガーネットが到着した。事件が発生してカラルナが現場に到着するまでの時間は僅か数分。シュリルの飛ばした一匹の吉鳥は偶然にも近くにいたカラルナを見つける事が出来た。そして、シュリルの危機を知り最優先で現場へ向かった。


 カラルナの声を聞いてゴウは砦から顔を出す。周りには人だかりが出来ており、その中にアレキも立っていた。


「ゴウ! 腹が減ってただけだよな? わりい、明日は俺の分も分けてやるからよぉ。ちびすけを離してやってくれ」


 アレキの叫びにゴウから笑みが溢れる。アレキという人間は恐らく、根本から良い奴なんだろうと。だからこそ――そういう良い奴が笑顔で飯を囲める世界に変える。


「カラルナ。剣を捨てるどん」


 ヴァイキング王国の最高戦力がどう戦うのかをゴウは知らない。話にしか聞いていないからこそ、腰に差した剣を警戒した。ゴウは主に自らの肉体を用いて敵を潰す。だから、武器さえ無ければアレキよりも小柄なカラルナに負ける理由がない。


 カラン。


 ゴウの要望をあっさり聞き入れたカラルナは地面に剣を投げ捨てる。


「さぁ、これで満足か? シュリルを開放しろ」


 凛とした表情で臆することもなくカラルナはゴウを真っ直ぐ見ていた。


「おいらは知ってるどん。もっと良い飯を皆にも食べさせるどん」

「そんな余裕は無い。この国の状況も知らずに……その要望は無理だ」


 近くでやりとりを聞いていたアレキは思った。


『いや、そこは皆に美味いもの食わせるって言えばこの場が収まるだろ!』


 剣は捨てろと言えば通り、美味いものを食わせてやれと言えば通らない。ゴウはこの国の格差を知っている。地下2階の部屋は美味そうな匂いが漂うことがある。ゴウが食べる肉厚のステーキより遥かに美味そうな匂い。


 ヴァイキング王国は腐っている。国民に配られる食料と王が食ってる物が全く違う。だったら、ゴウは国を潰すことしか思い浮かばなかった。


 目の前のカラルナを倒し、その足でヴァイキング王国の王を捉える。そして、平等な生活が国民も出来るはずと信じた。


 ゴウはそっと、カラルナから目を離し後ろのシュリルに向かって謝る。


「怖い想いをさせて、ごめんなさいどん。おいらが出ていった後はアレキの所に行けば大丈夫だどん」


 その言葉にシュリルは恐怖を感じなかった。


「あなた……どうして」


 シュリルの言葉を最後まで聞かずにゴウは砦を飛び出した。仁王立ちで待ち構えるカラルナに向かって走り寄る。


 ゴウが仕入れた情報では、炎を扱う異世界人を簡単に制圧する人物。この国の誰もが勝てない最高戦力だと既に知っている。


 だからこそ、相手を殺す気持ちで右腕を振りかぶった。初めにアレキへ見せた、岩壁をぶち抜き粉々にした拳。


「アレキ?」


 ゴウの拳が振り下ろされ完璧にカラルナを射程に捉えた瞬間だった。ゴウの視界にはカラルナをかばう様に必死な顔をしたアレキが突如現れ。


 ドガン


 人体から出ないような音を響かせアレキは二人で運んだ岩に突っ込んでいく。


 ゴウの拳には確かにアレキを殴り飛ばした感触がこびり付いて何も考えられなくなった。それは、カラルナも同じである。


 ゴウが向かってくるのはよく見えてた。このまま返り討ちにしようとした矢先にアレキが割って入る。まるで瞬間移動の様に姿を見せたアレキにカラルナでさえ反応出来なかった。


 アレキという異世界人に守られた? カラルナが答えを出すと同時に怒りが湧いた。ゴウの仕事ぶりをカラルナは把握している。凡人じゃ到底耐えられない一撃を受けたアレキはもう……。


 先程のゴウと同じ様にカラルナは拳を振りかぶった。呆気に取られたゴウは反応が遅れ避ける事が出来ない。


 大ぶりの一撃はゴウの土手っ腹に叩き込まれた。岩の壁を簡単に壊す威力をそのまま……それ以上の力で巨体なゴウが2回、地面をバウンドして転がる。


 その間にシュリルが砦から飛び出すのをカラルナは確認して胸を撫で下ろした。そのシュリルが周りをキョロキョロと誰かを探している様子に違和感を覚えつつもカラルナは倒れ込んでいるゴウに近づこうと足を前にだそうとし瞬間に声が聞こえた。


「え? えぇ~!? どうしちゃったのアレキサンドぉおおお」


 ゴウの一撃を受けて岩に突っ込み、恐らくぐちゃぐちゃになっているであろうアレキの元から聞こえた声は少女の声だった。


 砂煙が収まりカラルナの視界に写ったのはアレキよりも背丈が低く、ぱっちりと大きな瞳が特徴的で、美しい黒髪を肩まで伸ばした少女がアレキをツンツンと指で突いている。


 遊ばれているアレキは不思議なことに無傷で気を失っている様にカラルナは見えた。


「なんで? なんで、あなたはこんな所で寝てるの? それに、上半身も脱げてるし……うん?」


 少女は周りを見渡した。


 赤い髪を揺らす凛とした女と地べたを転がる肉団子のような巨人に気付く。


「あー! はっはーん。あんたがアレキサンドをぶっ飛ばして巨人もやっつけたのね?」


 少女の壮大な勘違いにカラルナは冷静を保つ。


「違う」


「えー? 違うの?」


 カラルナが否定すると素直に信じた少女はアレキの側に座り込んだ。


「起きて。おーきーて」


 ぺちぺちとアレキの頬を叩き続けて成果を得る。


「んあ。なんだお前」


 カラルナは奇跡をこの目にした。もう駄目だと思っていた人物が目を覚ましている。この間にゴウも立ち上がった。


 ゴウの計算外……カラルナ・ガーネットはゴウ並の剛力で簡単には敵わない。


「なんだお前って……あたしよ。ヴェルリア・アカシック」


 名前を告げた少女――ヴェルリア・アカシックは腰に手を当ててアレキの前でふんぞり返る。


「すまん。記憶が無くてな。思い出せねぇ」

「なっ」」


 ふんぞり返っていたヴェルリアは崩れ落ちた。


「そんな……一体何故?」


 ヴェルリアは思い出したかのようにパチンと指を鳴らして呟いた。


「アカシック・レコードで見てみましょうか」


 ヴェルリアは魔力を込めてひとつの丸い円盤を作り出した。そして、それを自らの頭に押し込んだ。







 アレキサンド・アカシックは世界を救い、絶望した大英雄である。その大英雄が自らを封印する際にヴェルリア・アカシックに殆どの力を明け渡した。


 その後、ヴァイキング王国のキングが作り出す遺物を元に、シュリル・サモナーが外部の力を借りて召喚の儀式を行い、アレキサンド・アカシックはこの世界に召喚された。


 まるでゴミの様な塊にキングは興味を無くし、処理をカラルナ・ガーネットに任せる。そこで目を覚ました後はカラルナに……告白!?


 ヴェルリアはアレキから授かった力の一つ。過去を再生する力で現状を完璧に理解した。この世界では記憶喪失でアレキ・ネシアという名前で働いている事から、ゴウとカラルナの間に割って入って致命傷を負った。


 アレキサンドは自分を封印する前に保険を掛けていた。もしも、自分が目覚めた時に死ぬような事がアレば、世界の危機が訪れたであろうと。


 世界を救い人類に絶望した英雄は、それでも世界を救う為にヴェルリアを保険にした。その条件はアレキサンドが絶命する寸前までのダメージを負う事。


 その回数は……三回。


 目覚めた時は一般人と同等に生きる為に魔力を封じていた。その封じた魔力は。ヴァイキング王国に召喚された際、アレキサンド自らに掛けていた封印が強制的に解けるイレギュラーが異常となり死にかけていた。ボロボロのゴミの中で1回目の蘇生。


 そして、次にカラルナ・ガーネットの一撃を受けて壮大なダメージを負った。


 ドクターの前で2回目の蘇生。その時点でアレキサンド・アカシックの世界を救う元となった力『魔力操作』が使えるようになっていたにも関わらず、強制的な目覚めが影響し使い方を忘れている。


 最後の三回目は告白したカラルナの危機を目にしたアレキが居ても立っても居られず、偶然にも魔力を全力で噴出しゴウの拳とカラルナの間に入り蘇生。


 ヴェルリア・アカシックを強制的にアレキサンドの前に召喚する。それは、ヴェルリアに受け渡した本来の力を返して貰う為に。その力で世界を救う為に……。


 理解したヴェルリアはアレキに告げた。


「アレキサンド様。あなたにお返しします」

「いらん」


 この世界でアレキは断った。ヴェルリアは慌てて言葉を続ける。


「あなたの力ですよ。これで、この世界を救いましょう」

「俺の力だとしても、いらん」

「どうして……?」


 ヴェルリアは過去を再生してこの世界で目覚めたアレキサンド・アカシックのすべてを理解していた。あの、肉団子……巨人のゴウを止めたいと思っている事から、カラルナを助けようと思っている事も。


「俺に返すって言うんならよぉ」


 アレキはヴェルリアの肩に手を掛けながら立ち上がり口にする。


「なんで、そんな悲しそうな顔してんだ?」


 ヴェルリアはアレキサンド・アカシックの居ない間……世界を守る存在。すべてを投げ捨てた英雄の尻拭い。だからこそ、力を返すとヴェルリアは消え、側に立つことも……。久しい憧れに気が緩んでいたとヴェルリアは反省する。


 ヴェルリアは英雄が大好きだった。せめてもの抵抗を態度で示す。


「ふふっ、内緒です。それより、あの巨人さんが危ないですよ」

「ちょっくら、あの二人を止めてくるわ」


 一撃が破壊兵器のような怪物を前に、力の使い方も忘れた英雄が立ち向かった。

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