第5話 管理者ガーネットの倒し方②
推定年齢16歳の少女――シュリル・サモナーは鍋から食事を取り分けていた。
肩までの銀髪を揺らしながらアレキに声をかける。
「どうぞ」
緊張していた面持ちが笑顔に変わったシュリルから昼食をアレキは受け取る。
「ありがとな」
痩せた野菜を茹でたスープにがっつくアレキをシュリルは眺めていた。
「おいらも欲しいどん」
「あ、すみません」
指を加えて待つゴウにも取り分け、瓦礫撤去作業をしていた国民にも振る舞う。大量に作れてお手軽な食事……これがゴウのお昼だった。
「ふぅ。朝食ったパンもそこそこだったが、こっちのスープの方が俺は好きだな」
勢い良く食べ終えたアレキは口元を腕で拭い、満足そうな顔を浮かべる。それに対してゴウは肩を落としていた。
「んあ? どうしたゴウ」
「もっと食べたいどん」
アレキとゴウの体格差を考慮すると、一般人でさえ満腹にならない量の食事じゃ足りない。そもそも、仕事の成果から違っていた。アレキが道具を使って数日かかるであろう作業に対し、ゴウは力ですぐ終わらせている。
成果報酬という意味でゴウはもっと飯を食ってもいいとアレキは思った。
そうとなれば直ぐに行動を起こすのがアレキ・ネシアという男。仕事しているシュリルの側に駆け寄る。
「なぁ、ゴウにもっと食わしてやれねぇか?」
突然、後ろから声を掛けられたシュリルはビクッと驚き、背筋を伸ばしたまま振り返った。
「は、はい。あ、えっと。一人の量が決まってまして……その。ごめんなさい」
謝ると同時に頭を下げられてアレキは戸惑った。鍋の中身が視界に入ると、半分くらいしか残っていなかった。周りを見るとまだ受け取っていない人も見受けられる。ゴウが多く食べると昼飯を食えなくなる人が現れてしまう。そう考えたアレキは強く押すことも出来なかった。
「そうかい。わりいな」
「いえ……あっ。私の分なら半分……」
己を犠牲にしようとするシュリルを見てアレキは笑いながら口を開いた。
「おいおい、ちびすけ。おまえの飯が無くなるのは話が違うぜ」
「……はい」
アレキは踵を返し手を降りながらゴウの元に向かって歩みを進めた。後ろからシュリルが『ちびすけじゃないです。シュリルですよー』と言っていたがアレキの耳には届いていない。
「ゴウ。すまん! だめだったわ」
「しかたないどん」
腹がぐるるぅぅうと鳴った。
「そうだよなぁ。ゴウの体格じゃ足りねぇよな。とはいえ、俺も腹いっぱいじゃねーしな」
「我慢するどん」
「おう」
このまま午後の仕事が始まり、二人で汗と砂埃まみれになりながら一日を終えた。
あと何日で仕事を終えるだろうとゴウは考えながら自分の牢屋に戻った。このままの生活に疑問を持ちながらゴウは肉厚のステーキを頬張っている。アレキの牢獄は地下1階……ゴウは体格の問題もあり地下2階に配置されていた。
1階よりも広く、この階層にいる異世界人はヴァイキング王国に対して少なからず価値を見出されている者となる。
ゴウ・リキは力自慢の能力者で一般的な国民の何倍もの労働力となる。そのお陰で待遇に変化が起きていた。
みんなと仕事している昼は扱いが変わらない。しかし、牢獄で一人過ごす彼は肉を食べたいと要望を出すと願いは通った。
アレキが固く小さなパンを齧っている頃にゴウは肉を頬張る。腹いっぱいとは言えないがお昼と比べて満足度は桁違い。
ゴウ・リキだけが優遇されている現状を知っているからこそ、ゴウは憤りを感じていた。一緒に働く国民が貧しい生活をしているのを知っている。ヴァイキング王国の王をどうにかしないと格差は縮まらない。ゴウは最後の一口を平らげてアレキを思い出していた。
ゴウが口に出した『異世界人を管理するカラルナっていう怖い人をぶっ飛ばすどん』という言葉に難色を示している。必死に止めるアレキのこともゴウは理解が出来る。ゴウが聞いた話だと、過去に反旗を翻した異世界人を制圧した第一人者がカラルナ。
このカラルナがヴァイキング王国で一番強い異世界人。
彼女が存在する限り現状を打破する事が出来ない。
アレキが自分の世界で英雄と言われていたのと同じく、ゴウもまた英雄だった。森の仲間や村人と仲良く生活し、悪人を倒して守り続けた。恵まれた体格と最強の力を正しく使い。みんなを守り笑顔の絶えない世界に導いた。
だからこそ、自分だけ優遇される現状を快く受け入れる事が出来ない。何も行動を起こさなければ楽な仕事をして、昼食さえ我慢したら夜はワガママが通る。
ゴウ・リキの描く未来は皆が笑顔で食卓に並び、腹いっぱい美味しいものを食べる。貧しさに負ける民無き世界。
明日――この世界をひっくり返す。
そう決意してゴウはやや固いベッドで寝た。