第3話 異世界から来たゴミの塊③
異世界人を管理する者として恐れられているカラルナがアレキの様子を伺いに来た。過去に何度か足を運んでおりドクターとは少しだけ言葉を交わした事があった。
今日はいつもと違い、ドクターが誰かと会話しているのでカラルナは胸を撫で下ろす。
足音に気づいていたのはドクターだけで、自分の服に鼻を近づけてアレキは匂い嗅いていた。
「なぁ、この服よぉ。匂わねぇか?」
「裸よりはマシじゃろ」
着る物が無いよりはマシだとアレキは大きく頷いていると、格子の影が反映されている壁に人の影が重なった。
それを確認するために振り返りカラルナと目が合う。
「うぉ」
アレキは膝から崩れ落ちた。何故か懐かしい衝撃を胸に感じ、あまりにも驚いて腰が抜けてしまったのだ。
目が合ったら崩れ落ちる。ドクターは『なにしてるんじゃおまえさん』と呆れた様子だったがカラルナは違った。生死を彷徨う一撃をお見舞いした張本人のカラルナを見た恐怖で倒れ込んだと直感する。
掛ける言葉に迷うカラルナを気にせずアレキは両腕に力を入れて鉄格子を掴みしっかりと立ち上がる。
「へへっ。なんでもねぇよ。なんか全身から力が抜けたっつーか。病み上がりってやつだな。ドクターのおかげで俺は助かったんだろ? まだ目が覚めて一時間も経ってねぇしな」
立ち上がったのを確認してカラルナは口を開いた。
「本当に申し訳ない」
初めの一言にドクターは驚いた。カラルナ――ガーネット嬢の口から謝罪を聞く日が来たのだ。
「ん? どうして謝ってんだ? そもそも、記憶喪失って奴みたいで何も覚えてないんだよな。とりあえずアレキって名乗ることにした。それであんたは?」
きょとんと呆けた表情を一瞬だけ漏らしカラルナは考えながら取り繕う。
「私はカラルナ。異世界人の管理を主な業務としている。早速、私があなたに……名はアレキでいいんだな。アレキに無礼を働いてしまった事を謝りに来た。その様子を見るとドクターに頼んで正解だったようだね」
これまでドクターの実績は無に等しかった。小さな怪我を負った者を運び込んでも禄に治療をすることも無かったが今回は違う。カラルナから見ても非常に危険な状態のアレキをここまで元気な姿に変えた。
見た目通りドクターへ肉体労働を頼んでも成果は得られそうに無く、ヴァイキング王国にとって脅威かと言われればそうでもない。だからこそ、ドクターは地下1階に配属されていた。
「おう。ドクターには頭があがらねぇや」
アレキのドクターに対する態度を見て、カラルナはドクターの評価を上げる。召喚後も大きな治療をすること無く、患者へはアドバイスしかしなかった。
今後この国に対する貢献度が極めて高くなるであろう人材だと認識も改める。
「ガーネット嬢。今後もわしの部屋にアレキは寝泊まりするんかのぉ。二人で過ごすにはちと狭くてなぁ……」
「それに関しては別の部屋を用意する」
アレキは追い出そうとするドクターに駄々を捏ねるも相手にはされなかった。
「早速、動いても大丈夫か?」
カラルナの問いにアレキは即答した。
「おう。体は軽いし元気だ」
「では、街の案内と君の特性を見よう。ドクターも行くか?」
カラルナの提案をドクターはあっさりと断った。年寄りは歩くのも辛いと口に出しアレキを牢屋の外に追いやる。
「わしはもう寝る」
「そーか。んじゃ、俺は行ってくるぜ」
カラルナの後を追いアレキは地下1階から外に出た。
アレキのカラルナに対する第一印象はとても良かった。急に胸を打たれた衝撃には本人も驚いたが直ぐに収まり立ち上がる事が出来た。松明の明かりで輝くキレイな赤い髪を後ろで結び。服装は多少の装飾が施された鎧を来ている。騎士を彷彿とさせる見た目だが、女性らしいシルエットが見て取れる。
じとーっとカラルナを見ているとアレキが声を掛けられていた事に気づく。
「聞いているのか?」
「えぇ!? ちょっと考え事をしていた」
「まだ本調子じゃない様子だな。ここが城の外で民が暮らす街だ。もう一度、教えよう。このヴァイキング王国では物資が足りない。食糧難が続いて人手も足りない」
物資が足りない。人も足りない。このヴァイキング王国では燃料も枯渇している。だからこそ、異世界から召喚された者の力を使って明日を生きている。
カラルナはアレキの力が何なのかを判明させなくてはならない。
「君は何が得意なんだ?」
「俺の得意な事……記憶が戻らない限りわからん。片っ端から何かやってみるか?」
今までの異世界人とは状況が違う。カラルナはアレキを引き連れて手軽に出来る仕事へ案内した。
様々な仕事を一通り触らせる事で分かったアレキの状況、それは普通の人間と大きな差が見つけきれなかった。
結論としてはっきり表現するなら一般男性。多少、筋肉質な男の人である。
植物の知識があるわけでもないので、野菜の栽培場へ行ってもアレキに出来る事は水をあげるくらいで大きな貢献が出来る訳でも無かった。研究開発等は持っての他、家の修繕を頼もうとしたが丁寧に仕事をする能力が高い訳でもなく。
ヴァイキング王国の職人さんからは疎まれる存在だと知らしめる結果を出した。
瓦礫や道の整備……力仕事くらいしかアレキが役に立つ現場を見出すことが出来ず、カラルナは仕方無くアレキの配属先を決定する。
「私はこの後、現状の報告があるので離れる」
「わっかりましたー。次はここで働けばいいんだな」
やる気だけはあるアレキが大股で現場へと向かい、その後ろ姿をカラルナは見送って城へと歩いていく。
力仕事の現場に到着したアレキは度肝を抜かされた。自分よりも遥かに縦にも横にも大きい巨大な男が両手に大岩を担いでいたのだ。
「危ないどん」
「わりぃ」
呆けた顔で通行の邪魔をしていたアレキは大男の注意に対して道を開けた。そして、大男はアレキが歩いてきた現場の入り口に大岩を置いてドシドシと近づいてくる。
「ふぅ~。おいらはゴウ・リキって言う名前だどん」
「アレキだ。お手伝いに来たってわけよ」
アレキの言葉を聞いてゴウはひょいっとアレキを両手に抱えて持ち上げた。ゴウは大きなタンクトップのような服装に頭髪は無く。肌はもちもちで子供らしい表情で喜ぶ。
「新しい仲間だどん。今日からよろしくどん」
「おおう。意外とフレンドリーで驚いているぜ。んじゃ何からやればいいんだ?」
降ろしてくれ―とアレキが叫び、ゴウは丁寧に地面へと降ろした。
「そうだなぁー、嵐で崩れた家を片付けるか、この道を開通する為に岩を壊したりだどん」
「それなら岩を壊したりするか。今までは花に水をやったりしか出来てないからな」
ボロボロのツルハシが落ちていたので、アレキは拾い上げて大きな岩へ振りかぶり――全力の一撃を放った。
案の定、ボキッとツルハシが壊れてしまった。アレキは勢い余り岩壁に激突しそうになったが、アレキと岩の間にゴウが手を差し込みクッション代わりにしたことで怪我はない。
「うぉ、まさか壊れるなんてな」
「この国の道具はボロいから危ないどん。ちょっと離れてくれどん」
ゴウはもっと下がれもっと下がれと手で合図を出して、そのへんでいいと仕草で示した。そして、右腕を大きく振りかぶり拳を固めてツルハシが通らなかった岩へ一撃放つ。ボロボロのツルハシが簡単に壊れる程の大岩に亀裂が入り、砂埃を撒き散らしながら当たり一面に岩が散らばった。
「ごほっごほっ」
離れていたにも関わらず立ち込めた煙に咽ながらゴウを確認すると右腕の力こぶを見せつけながら真っ白い歯を光らせていた。
「すげーな」
「ゴウ・リキにまかせてくれどん。ささ、小さい岩を一緒に運ぼうどん」
大きな岩を積極的に運ぶゴウ・リキとは裏腹に、アレキは持てる岩を両腕で抱え込み、千鳥足で運び出す。この作業をしばらく続けてアレキは大量の汗を掻いてしまった。
「疲れたら休むどん」
「おう、それにしてもゴウは力持ちなんだな」
「おいらは頑張ってるどん。少しでもここの人達が快適に過ごせるように頑張ってるどん!」
気がつくと二人で運んだ岩を椅子にして雑談が始まっていた。
ゴウの仕事は主に道の開通で現場は城から少し離れた所となる。岩の壁を壊して先へ進むと水場があるらしく、開通する事により最短で辿り着く事が可能となる。
そのために、力持ちのゴウは災害で発生した瓦礫等の撤去を行わず、道の開通に尽くしている。
「きみも運が悪いどん。こんな国に呼ばれるなんて」
「ん? それってどういうことだ?」
運が悪い理由が見当たらないアレキは素直に疑問を持った。
「だって、この国は人を召喚しては奴隷にしてるどん。ぼく達はお仕事しないとご飯も無いどん。それに寝るとこは牢屋で暗くて狭いどん」
ゴウ・リキはあまりにも一般的とは言えない体格をしている。それでドクターと過ごした牢屋はあまりに狭すぎる。
それに、アレキは気になってしまった。
「奴隷だー? 奴隷って……道具のように扱われて要らなくなったらポイと捨てられるアレかぁ?」
「そうだどん。ぼくたちは用済みになると捨てられるどん。だから、頑張ってお仕事をするんだどん」
アレキはよく思い返すと、衛生的に良くない牢屋で寝泊まりをしていた。それと非常に腹が減っている。牢屋には食料も見当たらなくてドクターも恐らく、はらぺこだろうとアレキは心で泣いた。
カラルナが積極的に仕事をさせようとアレキを各地に振り回していたのも納得がいく。そして、アレキやドクター。ゴウの服装を考えるとカラルナは比較的、キレイな服を来て肌艶も良かった。顔も可愛くて胸の奥に強い意思を感じアレキは惹かれている。
「つまり、なんだ。奴隷を召喚して裕福な暮らしをしてるってか? このヴァイキング王国の連中と国民共はよぉ」
「そうだどん!」
力強く頷くゴウ・リキを見てアレキは決心した。
「記憶は失っているが人間は平等が好きなはずだ。この格差社会って奴をこの俺様がぶっ壊してやるかぁ!」
ぱちぱちぱちぱちとゴウ・リキが手を叩いてアレキを称えた。
「やるどん。まずは、異世界人を管理するカラルナっていう怖い人をぶっ飛ばすどん」
アレキは顔から血の気が引くのを感じて固まってしまった。