第2話 異世界から来たゴミの塊②
松明の明かりがチラチラと動いて異世界から召喚された男が目を覚ました。揺れる炎に続いて沢山の影が動いている。棒状の影が均一に壁へ並んでいた。
体を起こして明かりの方向を見ると――牢屋だった。
「よぉ、おまえさん。もう起きたのか」
男は声の方向を見るとボロボロの服で贅肉が見当たらない白髪の年配が座っている。
「誰だ?」
男の質問に年配が不敵な笑みを浮かべ開いた。
「最近の若者はまったく……命の恩人じゃぞ。ボロボロのお前さんを治したのは私だ。名前をドクター・アルケミーという医者だ」
「つまり、命の恩人って訳か」
ありがとう。人を疑う事もせずドクターの言葉を真に受けた。助けてくれた人に感謝を告げた後に男は気付く。
「ボロボロって、俺は何で怪我を負っていたんだ? 俺の記憶には……ん?」
顎に手を当てて小首を傾げ、眉間に皺を合わせた後に男は口を開いた。
「何も思い出せねぇ。俺が何でここに居るのかも分からん。それに名前だって思い出せねぇ」
「ふぁっふぁっふぁ。あまりの衝撃に記憶喪失になってしまったか。名前がないのは不便じゃからのぉ……そのままアムネシア……そうじゃ、ネシアとでも名乗ってはどうかのぉ?」
素直にドクターの言葉へ耳を傾ける青年は無意識に声が出た。
「アレキ……そう呼ばれていた気がする。ドクターの提案も汲み取ってアレキ・ネシアとでも名乗るか」
ドクターは青年に対して最近の若者はちょろいと心の中で呟いていた。
「で、ドクター。ここは何処だ?」
ドクターは何処まで話すか慎重に言葉を選びつつアレキに情報を与えた。
この国はヴァイキング王国、一人の王――キングが治める国。そして、今ドクターとアレキが居る牢獄はヴァイキング王国の地下1階だった。
この地下はキングが召喚した異世界人を管理する施設で、比較的に従順な異世界人で溢れている。例外を除けば召喚された人は全員が地下の牢獄で管理される。
そして、召喚された異世界人は全員が何かしらの力を持っている事をアレキは知った。
「つまりだ。ドクターは俺を治してくれたって言うが、その他人を治す力を持ってるってことだよな?」
「そうじゃ! ここに運び込まれた時はおまえさんの容態は最悪で正直、死ぬとおもっとったわい」
「改めて、ありがとな。その話だと俺もこの地下1階に投獄されているってことはよぉ! 何かしら力を持ってるってことだよな?」
記憶が無いアレキが偶々、地下で生活するドクターの元を訪れた可能性が頭に浮かび、アレキは考えをドクターに告げる。
ドクター曰く、アレキ・ネシアは異世界人だと断言した。
「ガーネット嬢がボロボロのおまえさんを運んできた時は驚いたわい。便所にでも落ちたかのような汚いお前さんを抱え、血の気が引いた表情で勢い良くわしに頼んでのぉ」
ドクターにとっては一目瞭然だった。アレキがボロボロの理由が、手加減無しで放たれたガーネット嬢の一撃。それが全て物語っている。そして、ガーネット嬢が間違ってアレキをあんな状態にしたとは想像が付かなかった。だからこそ、この男――アレキに興味を持つ。
「全く思い出せないのかのぉ。何をしたらあんなにボロボロになるのか」
「わりぃな。ドクターが言う……召喚? それで俺がこの国に来たみたいだが、全く覚えてないんだ。それ以前に何をしていたのかも分からん!」
ドクターも記憶がない者へ追求することを辞めて異世界人であるガーネット嬢の事を考えた。貴重な異世界人を殺しかけた焦りだろうと答えは直ぐに思いつくが、あんなに焦った表情を見たことがない。
何か面白い事が出来ないかとドクターが頭を悩ませている時にアレキは言った。
「つーか、なんだこの服は。ぼろぼろじゃねーか」
地下1階の狭い牢獄に男が二人。
服装がボロボロのアレキと少しだけマシなドクター。このヴァイキング王国で支給されている服がアレキは気になっていた。
穴だらけで風通しの良い上着に必要最低限が隠れているズボン。よく見たら、ドクターの服装は古い割にはアレキと比べてマシだった。
「あぁ、それはのぉ。この部屋にガーネット嬢が運んできた時はおまえさん……全裸だったぞ」
「うぉいマジかよ。全裸って何があったんだ」
「髪の毛も髭も伸ばしっぱなしでわしが切ったんじゃ」
外傷の確認で邪魔だから雑に髪の毛を刈り、治った後は暇なので髭を剃って整えていたのは口に出さなかった。そもそも服もあまりが無く、ドクターが捨てる予定の服を無理やりアレキに着せていた。
全てを口に出さず、ドクターはアレキに教える。
「おまえさんはのぉ。この牢獄で3日間くらいは寝続けてたんじゃよ」
「な!? どうりで、腹が減ってる訳だ」
牢獄とはいえトイレと軽いシャワーが個室に存在する。異世界人は男性だけでは無く女性も存在する。そして、基本的に牢屋が自分の自由なスペースとして提供されており、食事は牢屋へ運ばれる。
「まったくのぉ。おまえさんが起きたという事は別れが悲しいのぉ」
「3日間もお世話になったが、俺は寝てるだけで何もしてやれてねぇな。くっそー」
この3日間はドクターの牢屋に二人分の食事が運ばれていた。寝てるアレキは飯を食うことが出来ず、ドクターも口移しで食べさせる事も無く一人で平らげていた。
「おまえさんが元気に目覚めただけでええんじゃよ」
「どくたぁぁぁ、お前は命の恩人だ。この恩は忘れねぇよ」
アレキが居なくなり二人分のご飯を食べられなくなる残念な気持ちを胸に抑えてドクターは胸を張った。
「わしが困ってたら力になってくれるだけでええよ」
「任せてくれ、何から何まで面倒を見てくれたドクターを俺は裏切らねぇ。名前まで付けてくれたんだからな」
ふぁっふぁっふぁとドクターは笑っていた。
カラルナ・ガーネット嬢がドクターにアレキを任せたのは事実だった。しかし、ドクターがアレキに伝えた内容には嘘が含まれてる。
ドクターがアレキを診た時は手の施しようが無かった。全身の骨が複雑に折れ曲がり、体中から出血して今にも息が止まりそうな状況だ。
医者の目線では何も施すことが出来ない。今にも死にそうな命へドクターが取った行動は至極単純……患者を楽にすることだった。
ヴァイキング王国で生活する人々の中にも体が不自由な人は存在する。その中でも価値が高いのは臓器だった。ドクターはアレキの内蔵をバラすためにメスを入れようとした。
鋭い刃をアレキの腹に当ててスーッと下に動かした時――異変が起きた。
アレキの体に刃が通らない。それどころか傷が塞がり歪んでいた骨が元に戻っていき、顔色が良くなった。衰えていたように思える筋肉も発達し、見るからに健康体へと変化した。
この現象を目撃したドクターは自己回復系の力を持つ者だと判断していた。治るならいっそ元気な臓器を頂きたかった。
しかし、アレキが欠損しても治るという核心はドクターに無かった。
体が勝手に治って放置し3日……何はともあれ元気に起きたから、ガーネット嬢へ面目も保てる。何もしてないにも関わらず恩を感じているアレキを見てドクターは上手いこと立ち回れば自分に利益をもたらすと判断した。
ドクターにとってアレキは良い好青年で疑うことを知らない未熟者。上手いこと利用して日々の業務を減らす事も可能だと企む。
このヴァイキング王国が異世界人を召喚する理由……それは、とても貧しく厳しい現状を打破する為にある。特に異世界人の力に注目し国民の生活が豊かになれば異世界人の扱いも良くなっていく。逆に使えない異世界人はコストでしか無く、扱いが難しい。
そういう異世界人を管理する異世界人が存在する。
この地下牢獄で生活することも無く王――キングと近しい待遇の異世界人。
カラルナ・ガーネット。
コツン。コツンと階段を降りてこの地下1階へ向かってくる足音が鳴り響いた。
特例の異世界人――カラルナ・ガーネットが地下1階へ現れたのだった。