第1話 異世界から来たゴミの塊①
世界を救った英雄も敵が居なければ用済みだ。別に英雄に限った話ではない、買い手がなく売れなくなった花屋も店を閉める。
時代の流れに抗えなかった英雄が突如として姿を現した。
「……」
石の壁から隙間風が入り、埃っぽい空間が広がっていた。壁に掛けられた松明の光だけで周りが照らされている。
魔法陣の中心には岩や草が絡まった塊がぽつんと姿を現した。
その場にいる召喚士は目を大きく見開き、隣の女騎士は理解が出来ない様子で困惑していた。中でも輝かしい服を身に纏う男性が沈黙を破る。
「なんだこのゴミは」
その回答に誰も答えきれなかった。女騎士が近づき、暗い部屋で目を凝らすもゴミにしか見えない。
ゴミの正体は世界を救った大英雄である。世界が平和になり、魔物や魔族の居なくなった世界であまりにも強大な力を持ちすぎていた。彼の魔法は致命傷も瞬時に治し、寿命さえも無限と言えるほど伸ばすことが出来た。
そんな彼は自身の世界で成し遂げた。
ドラゴンを撃ち落とす極大魔法も使う相手が居ない世界……英雄の宝は腐ってしまったのだ。人類を救うために人の何倍も生きた結果、本当に救ってしまった。
英雄の活躍で世界は平和になった。
でも、人間同士の争いは絶えず。英雄は『魔の者』だけを世界から追放した。
そして、全てを投げ出した英雄は自分自身を封印し、ゆっくりと深い眠りに入った……はずだが、この国の召喚士が呼び寄せる。
もう二度と起きることは無いとヴェルリア・アカシックに告げた英雄が、知らない世界で目を覚ます。
女騎士がゆっくりと近づき召喚したゴミを確認しようとした時、岩がかすかに動く。
「……ッ」
ただのゴミだと思っていた。
女騎士ーーカラルナ・ガーネットは警戒心を強めた。
今まで数多くの召喚を行ってきたが、こんな召喚物を見たのは始めてだった。失敗の例が無いから意表を突かれる。誰よりも輝かしい服を着た王は興味を失い早々と立ち上がり。
カラルナに告げた。
「片付けておけ」
「はい」
カラルナは一瞬だけ王に視線を向けて返事をするとゴミを注視する。その間に立ち上がった王は召喚士を引き連れてこの場から離れてしまった。
一方、召喚されたゴミ――異世界の英雄であり救世主の男は思考が止まっていた。
何も思い出せない。自分が誰なのかも分かっていなかった。世界に絶望した英雄は魔力の半分を残してヴェルリア・アカシックに殆どの力を明け渡した。そして、残った魔力で自分自身に封印を施す。
その際に自分へ幾つかのルールを設けていた。
しかし、想定外の出来事で目を覚ました。当時、まさか自分が召喚されることなど考えていたはずもなく。召喚の影響で記憶を完全に失っていたのである。
その男がうっすらと目を開けると視界がぼやけていた。そもそも視野が狭かった。
自分を封印する時に魔力の壁で体表を覆い。もしも、次に目覚める事があればキレイな姿で立ち上がる。そんな想定だった。
長年の雨風に晒された体は土砂も巻き込み落ち葉が張り付いた岩と化している。召喚された時に体表を覆う魔法も消えてしまった。隙間が生まれバランスを崩してポロポロと小石や泥が地面に流れて微かに光が漏れていた。
ぼんやりと眩しさに目を虐められつつも男は認識する。
何か得体のしれない生き物がゆっくりと近づいていた。何度か瞬きをして焦点を合わせる努力をした結果――人間が近づいてくる事を理解した。
暗い部屋で松明の光を反射させた赤髪は後ろで縛り、服装は動きやすさを考慮したような鎧を着ていた。距離が近づくにつれて女性だと認識する。
その女性がゆっくりと近づくにつれて、上半身が隠れふとももが視界に広がった。どうやら自分自身が座っている事を察する。そして、女性は目の前と言っても良い距離に居た。
コツン
頭頂部から軽い音が響く、確かめるように軽く衝撃を与えれて、土砂がパラパラと崩れ落ち周りに散らばった。
カラルナの右拳には泥が付いていた。ゴミを上から軽く小突いてみたが、手が汚れるだけで反応が無い。最初の違和感が幻だったのかとカラルナは警戒心を解いて頭を悩ませる。
大の男を抱き合わせぐちゃぐちゃに混ぜ合わせ、粘土のように丸めた大きさの塊をカラルナが処理しなければならない。
召喚の間は最上階に存在する。普段なら生きた異世界人が自分の足で下の階まで歩いていく。しかし、今回はゴミの塊が召喚された。
はぁ……とカラルナは大きくため息を吐いて肩を落とした。適任が居なかったとはいえ、服も汚れれば何度か往復する必要がある。途方に暮れても埒が明かないので、大きくしゃがみ込んだ。
そして、ゴミを抱き抱えて持ち上げようとした。
すると……ぱちりと瞬きをした生物と目が合った。カラルナは反射的に軽やかなステップで後ろへ下がる。警戒するカラルナと違って、ゴミの中で目覚めた男には稲妻が走っていた。
今まで記憶にない衝撃が心臓の鼓動を跳ね上げる。そもそも記憶喪失なので思い出せる事は無いが、血液が体中を駆け巡る感覚に胸は踊りだした。
無意識に両腕を動かし光が漏れた穴を広げるために思いっきり殴りつける。腐った木の繊維で土砂を巻き込んだだけの塊は、内側からの衝撃に弱かったのかあっさりと崩れて、上半身が外に放り出される。
勢い余って額を冷たい床にぶつけた。
ゴミの塊から現れた汚い半裸の男に対してカラルナは理解が追いつかなかった。人間のような者が出てきた事にも驚くが、何より髪や髭の手入れをずいぶん長く怠ったのであろう。表情が読み取れず敵意を持っているのか判断がつかない。
カラルナが今まで見てきた召喚の儀式により姿を現した人間は綺麗な服装で最良の状態を保っていた。
どうやら召喚は成功していたらしい。カラルナは目の前の汚れた男を観察することにした。
腐った卵から勢いよく孵った男は顔面を抑えて悶えている。体を動かすのがぎこちなく、悶えていた。召喚された者には例外無く、何かしらの力が携わっている。この男が回復系では無いことを察した。
そもそも見た目で判断してはならない。王が異世界から召喚する理由を考えると苦しんでいる男へ即座に駆け寄り手当をするのが正しい行動のはずだ。
この国を守って貰うために……働いてもらうために!
カラルナは男に近づく事にした。迷いのある足取りで駆け寄りしゃがんで顔をよく見ようとした。
すると、気配に気づいた男が顔をあげた。
湿地帯で泥を被り擬態でもしているような顔だったが、目だけは生き生きと輝いている。
「大丈夫か?」
カラルナの問いに男は餌を待つ金魚のように上を向いて口をパクパクとさせていた。何かを伝えようとする熱い視線にカラルナは手を伸ばす。訴えようとしている彼に差し出した手はガッチリと捕まえられた。
力強く引っ張られたカラルナは下半身に力を入れて微動だにしていない。だからこそ、込められた力の強さだけ勢い良く男がカラルナに接近する。
拳ふたつ分だけ離れた距離でお互いの顔を見つめ合った。
「……くだ……さい」
「ん?」
男の絞り出した微かな声にカラルナは耳を傾ける。二人の距離がまた縮まった。出来る限り息を長く吸って男は想いを伝える。
――結婚してください
微かに聞き取れた言葉を脳内で紡いだカラルナの時が止まった。意味を理解するまでに掛かった時間は約二秒だけで、脳が言葉の意味を理解すると体が反射で動いた。
彼に差し出してガッチリと掴まれた右腕を上にあげて、男の上半身が少しだけ宙に浮いた。そして、左の拳がほっぺたにクリーンヒット。
ゴミの塊から全身を投げ出すように飛んだ男は地面で何度かバウンドを繰り返した後、背中で壁に判子を押す。
その様子を見て、カラルナから血の気が引いた。
『アレキ様』
吹っ飛んだゴミは意識を失う直前、脳内で誰かの声を聞いた。
毎週月曜に③話程。可能な限りキリが良い場所まで更新しようと考えています。
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