【第05話】ランデイン
俺の全身は、エマシンと同調していた。
戦闘を終えた今、右手に掴む大剣は、刀身に無数の亀裂が走り、ボロボロに刃こぼれしている。
それにも関わらず、相手エマシンの胴体は断ち切れなかった。
力任せに、地面へ刃先を突き立てた。
あまりの失意に、心の中で叫ぶ。
(まず、とにかくだッ! 動きが鈍いっ……! 鈍すぎる!!)
俺の中には、確固としたロボットのイメージがある。
このイメージと、エマシンが、あまりにもかけ離れすぎていた。
怒りに任せて、心の中で絶叫を続ける。
(そして武器だッ! 粗末すぎる! 相手を破壊できない武器が、一体何の役に立つ!? 一撃必殺、それがメイン武器の役割なんだ!)
今し方の経験から、至近距離で損傷を与える戦い方が、主流なのだろう。
だとすれば、武器が貧弱すぎる。
主兵装は、一撃必殺の威力を備えているべきなのだ。
装備に対する怒りは、まだ湧き上がってくる。
(それにだっ! 白兵戦がメインならッ! 盾だって有効なはずだっ……何故持っていないっ! それに飛び道具だって、使い方がないわけじゃない!)
至近距離での戦闘では、身を守る手段が必須だ。
打撃に対しては、特に盾が有効である。
フェイントや陽動のために、副兵装も必要だ。
主兵装の剣に合わせるのなら、短刀でも弓でも構わない。
これらを備えていないことに失望すると共に、激しく腹立っていた。
(そしてッ! なによりも!! このインターフェースだっ!!)
身体の動きと、エマシンを同調させる操作方法は分かりやすい。
視野を始めとする五感は、絶妙に補正されている。皮膚感覚として、ごく自然に自分が巨大化したように錯覚させた。
これはこれで、完成された一種の操縦インターフェースである。
しかし、思い焦がれたコクピットではない。
(……? これは気泡が浮いているのか……!?)
気づくと、辺りに無数の細かい気泡が浮いていた。
身体と、エマシンの同調する感覚が失われる。
下から衝撃が伝わってきた。おそらくエマシンが膝をついたのだろう。
失われていく視界の端に、リンが映っていた。ひどく心配そうな顔をしている。
何かを叫んでいるようだが、聞き取れない。
突然、視界が閉ざされた。
眼球を動かすが、視覚情報が更新されない。
身体を動かそうと思って気づく。手足の感覚、……いや、全身の感覚が消えている。
こうなると出来ることは、考えることだけだ。
心中に渦巻いている激しい怒りが呼び水となって、俺の望む、エマシンの姿を思い描き始める。
外観、装備、機能など、必要な機能が、怒濤のように溢れ出てきた。
約四十年の間に、積もりに積もったアイディアが、心の内には無数にある。
積年の思いを果たすかのように、吐き出しつつある膨大な案を元に、論理的な整合性を意識して、構想を練り上げ続ける。
そうして、どのくらいが経ったのだろうか……?
エマシンをベースにした、理想のロボットが、頭の中で具現化していた。
唐突に、意識の中に文字が浮かび上がってくる。
『権限:基本権』
『不可:エマシン改変』
『要求:承認者』
(……何だ? 俺の意識じゃない……? 外から語りかけてくるのか……? 誰だ……?)
『……』
(エマシン、……じゃないな。ささやきか? 俺に、文字で問い掛けてきているのは、ささやきなのか?)
『応』
(承認者とは何だ? ……いや、そんな奴はいない)
『可否:潜在意識接触』
(潜在意識へのアクセスを許可するかどうか? そう訊いているんだな? 構わない。許可する)
途端に、意識の外側に、果てのない空間が継ぎ足された。
空漠な空間は、見る間に、膨大な情報で埋め尽くされていく。もはや、空きスペースは殆どない。
情報の出所は、おそらく、俺の脳だろう。
抽象化されていた記憶の全てが、展開されて、具体化されたらしい。
例えるなら、圧縮済みの全データが、展開されたようなものだ。
展開済みの記憶を、何かが検索して回っている。
どうやら、既知の言語を漁っているらしい。特に、英語の知識が深掘りされているようだ。
『開始:権限更新』
『検知:基礎言語』
『更新:権限』
『結果:成功』
『獲得:準実行権』
次に検索されているのは、プログラミング言語だ。
おそらく十分な情報が、得られたのだろう。
文字情報が、結果を伝えてくる。
『検知:処理命令言語』
『更新:権限』
『結果:成功』
『獲得:実行権』
今度は、武器に関する情報が検索されている。
何故か、銃火器などの近代兵器が除外されていた。対象は、近接武器に限られる。
おおよその想像が付いた。
最初に伝わってきた文字情報の通り、エマシンの改変が行われるのだろう。
だとすれば、武器は決まっている。
(刀! 近接武器なら、刀しかない!!)
俺の思いに呼応したのか、いつか見たであろう刀匠のドキュメンタリー番組や書籍の知識が、重点的に検索され始めた。
『不足:製法』
(情報が足りないのか? そうだ! 現物がある。俺の腰に下げているものがそうだ。これは包丁だが、製法は日本刀と同じだ。これを解析して、不足情報を補ってくれ)
『充足:製法』
検索速度は、加速度的に増していた。
もはや、何が検索されているのかは、俺の認識速度では追いつけないほどである。
展開された俺の記憶には、どうも、十分な情報が揃っていたらしい。
次々に権限を獲得したことを、ささやきが文字情報で伝えてきている。
『獲得:準特権』
『獲得:特権(一部)』
『獲得:拡張特権…………失敗』
『終了:権限更新』
ささやきからの文字情報が途絶えていた。
……いつからだった?
膨大な情報の奔流に飲まれて、意識を失っていたらしい。
振り返ってみると、どうも途中から紛れてきた、デジタルを想起する情報が混じり始めた頃から、意識が薄れてたと思う。
気づくと、空漠な空間は消えている。
俺の意識は、普段通りに戻っていた。
(……どのくらい経った……?)
身体感覚を取り戻していた。
視線を動かすと、左上に「3019.10.21 04.44.31」という文字を見つけた。
末尾の一桁が、カウントアップを続けている。
日時だと、思い至った。
エマシンに乗る前、アームバングルで見た年月と一致している。
自分の身体に、目を向けた。
黒い鎧姿ではない。派手に痛んだ服を着ていたが、見慣れた自分の姿だった。
気づかないうちに、半透明の椅子に座っている。
座面は広く、背もたれが倒れて、椅子全体が深く傾斜していた。
「何かに、腕が覆われているのか……?」
動かそうとして気づいた。
肘から先は、半透明の筒に覆われている。
肘を動かすと、腕を包む筒は一定の幅で、前後左右に動かせた。
倒し込めるように動くことから、操縦桿を連想する。
親指の腹はボタンに触れていて、それ以外の指はトリガーに掛かっている感触があった。
「足元は、……これはペダルなのか?」
足先を動かすと、小さな板に触れた。左右に五つ並んでいる。
いずれも踏み込みやすい角度に傾斜していることが見て取れた。
「三百六十度が見渡せるのか?」
操縦房の内壁と床には、周囲三百六十度の景色が映し出されていた。
周囲に視線を彷徨わせる。
無残に折れた大木、土砂の山、仰向けに倒れて腹を砕かれているエマシンが目に入ってくる。
覚えている限り、どれも位置は変わっていないように見えた。
視界の上下左右の隅には、様々な文字情報が表れていた。
いずれも数字、またはアルファベット表記である。
「あの辺からも、情報を吸い上げたのかも知れない」
椅子の脇に置いたままのバックパックに目を留めた。スマートフォン、ノートPCを入れていたことを思う。
視界の正面に、小さな点滅があることに気づいた。
「……名前か?」
考えを巡らせた。
趣味が強すぎるかとも思ったが「ランデイン」と名付ける。
頭の中に、エマシンのはっきりとしたイメージが伝わってきた。
「今の内容を、文字で内壁に表示できるか? できるのなら表示してくれ」
『応』
内壁に日本語が表示されていった。
一行ずつ、読み取っていく。
騎体:エマシン二類・第四世代ハイランカ
名称:ランデイン
全高:8.2メートル
重量:2.1トン(本体)、2.8トン(全備)
動力:ソルボルト大×3基、中×12基、小×48基
走力:時速1~80キロメートル(巡航)、時速180~200キロメートル(最大)
武装:日本刀×3、盾×1、石弩(盾内部)×1、弓矢×80、粘着弾×2(射出口)
技能:放射線遮断(大)、自己修復(微)、衝撃移動(小)
操法:思念伝達、物理インターフェース、コマンド入力(要プリセット)
ブロム有効範囲:0~70メートル
「基本スペックだな。戦闘力が分かったりはしないのか?」
『……』
「ソルボルトとは何だ?」
『動力機関』
「エンジンみたいなものか?」
『発電機能。蓄電機能』
「発電? 何を燃料にするんだ? どうやって補給する?」
『不要』
「……連続して、どのくらい稼働できる? 稼働時間に上限はあるのか?」
『無制限』
「俺の常識が通用しそうにないな……。次だ。ブロムとは何だ?」
『……』
「ブロムとは、エマシン固有の能力なのか?」
『応』
「ブロムというのは、エマシン毎に異なるのか?」
『応』
「エマシンの強さを表す指標になるか?」
『応』
「指標を表示してくれ」
内壁に表示される文字が増えていった。
五行の文字列である。
<ブロム強度>
騎体:48
人体:91
適合:89%
総合:3887
「絶対評価か?」
『応』
「このエマシン以外のブロム強度は、確認できるのか?」
『応』
「それはエマシンの基本機能なのか? どのエマシンでも、出来ることなのか?」
『否』
注意を引く、小さな音が右側で鳴った。
視線を向けて目を凝らす。よく見えない。
四角い画面が内壁に現れる。視線を向けた先の拡大映像のようだ。
不安げに見上げるリンの姿が映っている。
「無事か?」
声を発すると、増幅された音声をエマシンが外部へ発信した。
リンの声が届いてくる。こちらはエマシンが集音した外部音声を、操縦房の中で再現しているらしい。
「大丈夫。あなたは?」
「少しの間、気を失っていたかも知れない。こいつを倒してから、どのくらいが経っている?」
「多分、三十分くらいだと思う。ねえ、本当に大丈夫?」
「問題ない」
足元のペダルを踏み込んだ。
思念伝達と合わせて、ランデインに指示を送るためである。
颯爽とランデインが立ち上がった。
動作には一秒もかからない。あまりの素早さに感動を覚える。
興奮の余り、背筋が震えていた。
巻き上がった風が、リンの金髪を靡かせている。
風が落ち着くと、こちらを見上げてきた。驚きの表情をした彼女と目が合う。
「信じられない……。本当に、再構築をしたんだ」
「珍しいことなのか?」
「聞いたこともない。エマシンの再構築は一回だけ。初めて操縦者が乗り込んだときだけなんだから……」
言葉が途切れた。
無言で、新しい姿になったエマシンに視線を這わせているように見える。
「どうした?」
「綺麗……。エマシンとは思えない」