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フルールの白いエマシン・四十男、異郷で人型マシンを駆る。  作者: ninth
【第01章】フルールの白いエマシン
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【第03話】昭和五十年代生まれの男

現実離れした光景に目を奪われていた。

月明かりの森に、漆黒の巨人が跪いている。


頭まで約四メートル。立ち上がれば九メートル近いだろう。

鎧のような装甲。金属質の冷たい輝き。直線で構成されたシルエット。

生物ではない。――機械だ。

一言で言うなら、巨大ロボット。


「……もしかして、エマシンを見るのも初めて?」


少女が俺を見上げて訊いてきた。


「これは……、この辺りには普通にあるものなのか?」

「そうだけど。逆にエマシンがないところなんて……」

「どれくらいの頻度で、見かけるものなんだ?」

「そんなの場所によるから」

「村や都市には、何体くらいが集まっている?」

「二、三体くらい。大きな街の方は知らない。この辺りにはないから」

「村には、だいたい何人くらいが住んでいるんだ?」

「少なくて百人。多くて四、五百人くらいだけど」


理性が続ける会話が、状況を把握し続けた。

一方、意識はエマシンから片時も離れていない。


――乗ってみたい。動かしてみたい。

幼少期に刷り込まれて以来、育んできた望み。

自分の内に、これほど切羽詰まった熱い激情があったことに驚いている。

渇望が胸の内に渦巻き、今にも溢れ出そうだ。


ぎりぎりで押し止めるのは、社会経験を積んだ大人としての理性である。

激流のような感情をよそに、思考は冷静だった。


「こんなものに乗って戦ったら、……死ぬんじゃないか?」


口を衝いた不吉な言葉が身を震わせた。

俺の不安など意に介さぬように、少女はあっさりと答えを返してくる。


「操縦房に直撃を受けなければ、即死はしないはず」

「だとしても、動けなくなれば引きずり出されて殺される。そうだろう?」

「私とリネアは着の身着のまま逃げてきた。食べ物も財産も持っていない。多分あなたも同じ。ヘイノ村が滅ぼされたら、私たちの命運は尽きる。他に選択肢がある? あれば言ってみて?」

「そうだな。ありがとう」


礼を言うと、少女が意外そうな顔をした。

構わず俺は前に出ると、立て膝を突く巨人――エマシンを仰ぎ見る。


退路は断たれた。

いや、理性を押し止める言い訳を得たと言った方が正しい。


死ぬかも知れない。

それでも心が渇望していた。


昭和五十年代生まれの男だ。

目の前に巨大ロボットがあるなら、乗る。

これ以外の選択はありえない。


「……どうやって、乗り込む?」


決意はしたが、初手すら分からなかった。

少女がエマシンの首辺りを指さす。


「首元。顎の下辺りにある閉じた扉が入口。そこから操縦房へ降りられるから」

「あそこまで、よじ登るのか。骨が折れるな」


下手をすれば物理的にも、と思いながら腹を括る。

一歩を踏み出した俺に少女が慌てて声を掛けてくる。


「止めて。危ないから」

「他に方法があるのか?」

「……そっか。ささやきも知らないんだ」

「教えてくれ」


俺の知る言葉が指す意味とは違うだろう事は分かった。

少女が自分のイヤーカフに指で触れてみせてくる。


「心を落ち着けて、やりたいことを思い描くの」


真似て、心に疑問を浮かべてみる。


(エマシンに乗りたい。よじ登らないで済む方法はあるか?)


数秒後、アームバングルに光が浮かんだ。


『思念伝達』――日本語でそう表示された。


「……文字で答えが返ってくるのか?」

「え……? それ、何て書いてあるの?」

「思念伝達。単語だと分かりづらいな。どうすれば文章になる? 使い方を教えてくれ」

「ちょっと待って。普通は文字なんて表れないから」

「この答えは間違っているのか?」

「ううん。正しい。触れられるくらいまで近づいて。操縦房に人の居ないエマシンは、外から動かせるから」

「普通は、頭の中に答えが浮かんでくるのか?」

「そうだけど。答えというほど、はっきりはしていなくて。閃き、みたいな感じで……」

「分かった。また後で教えてくれ」


戸惑う様子の少女から、エマシンへ視線を切替えた。


近付いて伝えるだけで巨人が動く――?


エマシンとの距離を三メートル程まで詰めて、思いを描く。

黒い巨人が左腕を持ち上げ、掌を差し出してきた。

念のために、指を一本ずつ曲げろと命じると、その通りに動く。

見た目の無骨さと反して、動きは素早く滑らかだった。


「見ていて、何か気になるところはないか?」


振り返って訊いてみると、少女は首を振ってみせた。


「意外と用心深いんだ?」

「可能な限りは慎重に、が信条だ。乗り込んでみる」


巨大な掌に運ばれ、喉元に降り立つ。

狭い足場に、直径七十センチの円形の穴。扉は開いていたので、ライトで照らして中を覗く。

幅と深さが二メートルほどの円柱形をした空洞――いや、液体に満たされている。


「……これで、息ができるのか?」


恐る恐る顔を浸けてみる。

濡れた感覚がない。肌と液体の間には層が出来るらしい。

息を吐いても気泡は出来なかったので、慎重に息を吸ってみた。

液体を吸い込むことなく、普段通りの呼吸が出来た。息苦しさもない。

ただの液体ではない。未知の仕組みだ。

顔を上げて、頬を撫でる。肌は乾いたままだ。

下の方から少女の声が届いてくる。


「ねえ、聞こえる? 脱いだ服は、収納へ仕舞っておいて。入り口の横にあるから」

「なんで、服を脱がなければならない?」

「良かった。間に合って。操縦房は服を溶かすから」


何のための機能なんだ、それは?

それでも一応は収納を確認し、ダッフルコートを放り込んだ。

途端に、肌を刺す寒さが耐えがたい。

ここで全裸になる? 冗談じゃない。


操縦房の入口につま先を浸して掻き回した。液体から受ける抵抗は一切ない。

これ以上、確認に時間を掛ける余裕はないだろう。

穴の中へ飛び込む。やはり何の抵抗もなく、すとんと平坦な床に着地した。

両手を広げて振ってみても、液体の抵抗は感じられない。


「大丈夫そうだ」


天井を見上げると、縁から下がっている扉が自動的に閉じた。

真っ暗闇になったので、胸元のライトを点ける。


「……何だ、これは」


全身に濁った泡が纏わり付いていた。

慌てて払うと、パーカーとTシャツ、カーゴパンツ、スニーカーが触れる度に崩れていき、ボロ布と化す。

無事に残ったのは穴だらけの布越しに除くボクサーパンツだけだ。

どうやら化繊は溶け残るらしい。


「急いで! エマシンが一体、迫ってきてる!」


危機を訴えてくる少女の声が、耳を打った。

地面から、直接届くはずはない。この穴の中で、再現された声なのだろう。


森の奥から生木の折れる鈍い音。遠くない。

焦りが喉までこみ上げる。

だが、ここで浮ついたら死ぬ。俺は呼吸を一度強く吐き切り、迷いを押しとどめた。

イヤーカフに触れて、ささやきへ問い掛ける。


――俺に操作方法を教えろ!



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