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フルールの白いエマシン・四十男、異郷で人型マシンを駆る。  作者: ninth
【第01章】フルールの白いエマシン
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【第02話】どこから来た人なの?

奇妙だ。

さっきまで理解不能だった言葉が、急に日本語として聞こえてくる。


手首のアームバングル、耳の小さなイヤーカフ――クオン。

これらを身につけた瞬間からだ。


「これは、誰もが身につけてるものなのか?」

「そうだけど……? どうして、そんなことを訊くの?」

「気が動転していたらしい。普段しない蹴る殴るをしたせいだ」


碧眼に浮かぶ不審の気配に気づいて、咄嗟に取り繕った。

効果はあったようで、彼女の視線は後ろ手で縛った男へ向けられる。


「念のため訊くけど。あれの仲間?」

「もちろん違う。仮に、そうだったとしても裏切り者だ」

「でも敵の敵は味方、……とは限らないけど?」

「君らを襲ったり、拘束しないことが証明にならないか?」

「じゃあ、とりあえずお礼は言っておく。ありがとう」


律儀に頭を下げた少女が走り出すと、もう一人の女へ駆け寄っていった。


「リネア、大丈夫?」


抱き寄せられた金髪の女が、途端に子供のように泣き崩れた。

泣き声が夜の森に吸い込まれていく。


――何なんだ、ここは。


俺は二人を横目に、頭を必死に回転させた。

目を閉じて開けたら森が変わっていた。

死んだ記憶はない。だから多分、転生ではない。

見知らぬ他人へ憑依した? いや、服も持ち物もそのままだった。


……残る可能性は、転移か?


馬鹿げている。

だけど、目の前の光景が現実だ。

事実を確かめるにも、この場に居るのは困った様子の二人の女しかいない。

こちらの質問をする前に、まず彼女らの状況を確認した方が良いだろう。

嗚咽を漏らす金髪の女を慰める少女へ問い掛ける。


「君らの状況を聞かせてくれ。どうして、あいつに襲われていたんだ?」

「昨日の早朝、この子の村が盗賊の集団に襲われた。運良く逃げ延びたけど……居場所を知られて。追いつかれたところ」


顔を上げた少女の答えは端的だ。かなり頭の回転が速いらしい。

話を訊く相手には相応しい。

状況を確認するために、俺は自然を装い問い掛ける。


「教えてくれ。森で迷って暫く経つ。ここが、どの辺りなのか教えてくれないか?」

「ヘイノ村って分かる? ここから一番近い村なんだけど」

「聞いたことがない。その村は、何に属している? 国か地域の名前を教えてくれ」

「イドリンのイルタ領。……もしかしてだけど。この辺りの小国を纏めた地方は『フルール』、これにも聞き覚えはない?」

「……今から言うのは、国の名前だ。聞き覚えはないか? 日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、インド。……じゃあ、ユーラシア、アフリカ、北アメリカ。大陸の名前だ。どれでもいい。本当に知らないのか……?」


少女の表情から知らないことは一目瞭然だった。

俺を落胆させることを気にした様子で、申し訳なさそうに首を振ってみせる。


「ごめんなさい。フルールを離れたことがないから」

「……分かった。今日の日付は?」

「三千十九年、十月二十一日」


細い手首に嵌めたクオンの表面は光るアラビア数字を示していた。

[3019.10.21 03.29.57]

俺の嵌める腕時計の秒針が一秒を刻むタイミングで、末尾の数字はカウントアップしている。

三秒後、末尾四桁は[30.00]に変わった。


混乱を押し殺して問いを重ねる。

水一リットルは一キロか? 一メートルは大体これくらいか?

答えは何れも、俺の常識と一致していた。


深くため息を吐くと、夜空を見上げる。

月が一つ浮かんでいる。満月に近い。


「月は一つだけ。二十九日周期で満ち欠けする。違っているか?」

「……ねえ? さっきから、もしかして何か馬鹿にしているの?」


これだけのことが一致するだろうか?

可能性として考えられるのは、並行世界の地球。

或いは未来。ただし、この場合は地球とは限らない。――人類が別の惑星に移り住んだ可能性だってあるからだ。

考えを巡らせていると、気遣うような目で少女が尋ねてくる。


「あなた、どこから来たの?」

「東京。分かるか?」

「聞いたことない。もしかして、コンラド山脈の向こう?」

「いや、もっと……」

「静かに」


俺の言葉を遮った少女が目を閉じた。

聞き耳を立てているらしい。

真似をしてみると、遙か遠くの方から微かな音が届いてくる。

確実とは言えないが、ここに来る前に聞いた音に近い。


目を見開いた少女が、上から下へ値踏みするように俺を見る。


「……ううん。事実だけ」


微かに落胆したのは、俺が強そうには見えなかったからだろう。

首を振ってから毅然とした眼差しを向けてきた。


「エマシン乗りを倒したのは、あなたで間違いない?」

「あの大男のことなら、そうだ」

「あなたは、今困っている。それもかなり。違う?」


ばれる嘘を吐いても仕方がない。


「見ての通りだ。少なくともヘイノ村、だったか? そこまでは連れて行ってくれると助かる」

「ただ行っても駄目。あの村には余所者に与えるほどの余裕はないから」

「俺の持ち物は、多分、珍しいものばかりだ。交換すれば、暫く留めてくれるんじゃないか?」

「そんなの見せたら、奪われて終わり」

「もしかして、この辺りでは、どこもそうなのか?」


頷いてみせた少女が、緊迫した表情で問い掛けてくる。


「エマシンに乗って、戦ってみない? 盗賊どもを追い払うか倒すかすれば、大きな恩が売れるから」

「恩人の頼みなら、無碍に断られることはない。そういうことか?」

「約束は出来ない。でも手ぶらで行くよりは、ずっとまし。上手くいけば、あなたの望みに近い結果が得られるかも知れない」


確約は出来ないし、望みも薄いらしい。

だが、手元に代案がないのも事実だ。


「……分かった。それで、エマシンというのは何だ?」


一瞬、目を見開いた後、諦めたようにため息を吐いて、俺の手を引っ張る。


「一緒に来て。説明するより、見てもらった方が早い」


返事を待たず、俺の手を取ったまま彼女が駆け出した。


少女が向かう先は、枝の折れた針葉樹が向き合って出来た月明かりの差し込む小道。

やがて、大量の折れた枝が散乱して、月光が差し込む開けた場所が見えてくる。そこに――巨大な黒い塊。

輪郭を捉えた瞬間に、それが何かを直感した。


信じられない。

言葉では否定したが、細部がはっきりし始めると、もはや疑いの余地はなかった。

思いがけず目の前に現れたのは、幼少の頃からの憧れ。


いや、こんなものが現実にあるはずが――。

弱々しい理性が、警鐘を鳴らした。


足を止めた俺は、それを見上げる。


「これが、エマシン……!」


漏れ出た声は、昂奮に震えていた。



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