表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フルールの白いエマシン・四十男、異郷で人型マシンを駆る。  作者: ninth
【第01章】フルールの白いエマシン
1/7

【第01話】もはや手遅れであり間に合わない

焚き火台の上で薪が弾けた。

オレンジの火の粉が宙に舞い、闇の中に消えていく。


柔らかな春風が、若葉を揺らす音を連れてくる。

そのざわめきを背に、俺――槇島悠人はアウトドアチェアに腰掛け、ノートPCを睨んでいた。


「……どうにもならないな」


独り言を吐き捨てた。

画面に並んだ数字は、俺の未来を粉々に砕く。


老後資金、三千万。

それでも足りない。


六十五まで働き続けても、八十歳には残高ゼロ。

年金を足してもだ。


「一年七十万で暮らせるか? 月六万だぞ? ワンルームすら借りられない」


掠れた声が震えている。

憤りと恐怖のせいだ。


二十年以上、IT業界の何でも屋として真っ当に働いてきた。納税を怠ったことはないし、法を犯したこともない。

だというのに――俺の行く先に待っているのは老後破産だ。


「……どうすればいい?」


四十三歳。

立て直すには遅すぎる。

住宅ローン? 払い終える頃には七十を越える。

結婚? 子育て? 笑わせるな。


焚き火に薪をくべると、火柱が一瞬だけ高く伸びた。

その赤い揺らめきに目を閉じると、不意に胸が詰まる。


――八十歳で無一文。

その光景が、鮮明に浮かんできたからだ。


「いっそ、今すぐ……?」


危うい言葉が続くことに気づいて、慌てて首を振る。

いや、さすがに、それはない。

だが、このままではジリ貧だ。


何かを変えるしかない。

だが、何を、どうやって?


「……キャリアを積み直す? この歳から?」


頬が不自然な形に歪む。

苦い、乾いた笑いを浮かべたせいだ。


どんな仕事だって一流に至るには、十年はかかる。

キャリアを積み始めた最初の十年を思い起こす。体力が有り余り、無知故の向こう見ずだったから出来たことだ。


「現実的じゃない」


瞼を閉じ、深呼吸に集中する。

風に揺れる草木のざわめき。

自分の呼吸に耳をそばだてる。


……次の瞬間。


風が消えた。

それだけではない。

強烈な寒波に身震いした。

慌てて目を見開く。


「……!?」


光景が一変していた。

若葉の森は消え失せ、針葉樹の巨木が闇に立ち並んでいる。


「……どこだ、ここは?」


吐いた息が白い。

静まり返った森の中で、薪の爆ぜる音が異様に響いた。

ふと気づいて、辺りを見回す。

焚き火台を始めとした身の回りの物は、憶えている限り同じ位置にあった。

指先の震えを抑えながら、持ち物を確認する。

財布、ノートPC、モバイルバッテリー、通信機器――どれも消えてはいない。


スマートフォンを取り出す。

画面は「通信サービスなし」を示していた。

時刻は、零時を少し回っている。

冷え切っていく身体の中で、鼓動が速さを増していく。


「落ち着け。とにかく、状況の確認からだ」


立ちすくんでいても仕方がない。

必要そうなものをバックパックに詰め込んでいく。

ふと、放り出したままの長包丁に目が止まった。


「……役に立たないでくれよ」


鞘に収め、腰へ差す。

L型ライトをコートの襟に留めると、闇を照らした。

得られた視界は五メートル先まで。頼りなさすぎる光。


「どっちへ行く……?」


問い掛けたところで答えはない。小さな呟きは、静けさを際立たせただけだった。

意識を集中しながら、ぐるりと周囲を見回してみる。

微かな違和感を聴覚が捉えた。

息を止めて、耳を澄ます。

聞き間違いかと思うほど音は小さく乾いていた。遙か森の奥で、枝が折れているのかも知れない。

断続的に続く音から、何かが、ゆっくりと移動している様子を想像した。


「止まった……?」


不意に音が消えた。

暫く待ってみたが、音は届いてこない。

痛いほどの静寂が続く。

音のしていた方を睨んでみるが、頼りないライトの先は、真っ暗闇が広がるだけだ。


「……行ってみるか」


闇の中を慎重に歩き、十分ほどが過ぎた頃。

遠くから声が届いてきた。

男の怒鳴り声。

それに重なる、女性の悲鳴。


「……どこからだ?」


ライトを絞り、音のする方へ進む。

やがて視界が開けた。


急な下り坂だ。

月明かりが差し込む坂下は、狭い平地になっている。


そこに――いた。


大柄な男が、若い女性の長い髪を掴み、殴りつけていた。

近くには、うつ伏せに倒れた、もう一人の女性。


「迷うな。状況は一目瞭然だ」


だが、足が動かない。

男の体格は屈強で、身長は多分百九十センチ前後。素手ではないかも知れない。


「だからこそ、今行くしかない」


男の背を見つめて、意を決すると、全速力で急勾配を駆け下りる。

斜面を蹴って宙を跳び、男の背に踵を叩き込んだ。


「……ッ!」


苦痛の声を漏らした男が振り返ってきた瞬間、右の拳を叩き込む。

男の顎が跳ね上がった。


「これくらいで、死んだりしないよなッ!」


続けざまに左拳で顎を真下から跳ね上げる。

男は白目を剥くと、ガクンと膝を折った。

前屈みに倒れてきたので、もう一発こめかみに右拳を叩き込む。

確実な手応えに反して、男の反応はなく、ただうつ伏せに倒れ込んだ。


「意識を……、失っている間に……」


荒い呼吸を整えながら、バックパックからロープを取り出す。

震える手で、男の腕を後ろ手に縛り上げた。

背後からの視線に気づき、振り返る。

先ほどまで男に髪を掴まれていた女性だ。

頬を腫らしているが、美貌の持ち主だと分かる。金髪碧眼、年齢は二十前後だろうか。

不安そうな表情で、俺のことを見ていた。


「何もしない」


努めて和らげた声で呼びかけ、ゆっくりと両手を広げて見せてやる。

だが、彼女の表情は変わらない。

それどころか、怪訝そうな目を向けてくる。

暴力を振るわれた直後で、気が動転しているのかも知れない。


「仕方がない」


うつ伏せに倒れている女性へ目を向ける。

近付いて手を添えると仰向けにして、呼吸を確かめた。


「生きている……」


外傷もないようだ。

少女然とした頬に触れると、柔らかいし微かに温かい。

気を失っているだけだ。


「悪い、起きろ」


強めに頬を叩く。

女の瞼が重たそうに開き、やがて俺の目と焦点が合った。


次の瞬間、彼女は俺を突き飛ばした。

尻餅をつきながら後ずさり、立ち上がると、目を逸らさずに後退し始める。


「……何もしない!」


両手を大きく広げて、敵意のないことを示す。

眉根を寄せた彼女が、問い掛けるように言葉を発した。


「……何て言ったんだ?」


聞こえなかったわけではない。

呟きが届いたのだろうか。彼女が再び声を掛けてきた。


「どこの言葉だ……?」


再び聞いて確信する。

――彼女の発する言葉は、日本語ではない。


観察する。

身長は百六十センチ前後。

髪色は白金で肩口で切り揃えられている。碧眼。一人目と比べると、顔の作りは彫りが浅い。どちらかと言えば東洋的だ。

流行りのアイドルグループに居そうな可憐な顔立ちには、幼さが残る。おそらく年齢は十五、六あたりだろう。

ここまでには、特に違和感はない。

奇妙なのは衣服だった。

まるで中世ヨーロッパを思わせる簡素な服。腰を粗末な紐で縛っている。


「コスプレ……じゃないよな?」


小声が届いたらしく、首を傾げた後、少女が腰の袋から小さな物を投げてよこす。

足元に転がってきたのは、銀色をした二つの金属。

一つは細い腕輪。留め具がないので、アームバングルに分類されるだろう。

二つ目はイヤーカフのような形をしている。


「……身につければ良いのか?」


問いかけると、彼女は自分の右耳と左手首を示した。

足元に転がる二つの金属と似たものが付けられている。

不安は残るが、仕方がない。

拾い上げて、身につけてみた。


瞬間――


鋭い痛み。

次いで、頭の奥に映像が流れ込む。

過去の記憶……いや、記憶以上だ。

今まさに目の前で起きているような鮮烈さで、次々と光景が突き刺さってくる。


「な、何だ? これは……」


理解が追いつかぬまま、潮が引くように映像は消えた。

映像の奔流に飲まれて、暫く呆然としていたらしい。

おそらく何度目かの呼びかけが、漸く言葉として意識に届く。


「ねえ? 大丈夫……? 嘘? もしかして、クオンが壊れているの……? でも、そんなことって……」


……聞こえた。

確かに日本語として。

だが、彼女の唇の動きはまったく違う。


翻訳――?


思考が追いつかない。





【※読者の皆様へ】

お読み下さり、誠に、ありがとうございます。


本作について、琴線に触れるところがございましたら、以下2つの操作の実施をご検討下さい。

【1.ブックマーク登録】

【2.評価】

操作を実施して下さると、大変嬉しく思います。

執筆を続ける上での、大きな励みとさせて頂きます。


(ご注意)

どちらの操作も、ログイン後に実行が可能です。


(御礼)

既に、操作を行って下さった方には、感謝を申し上げます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ