生産者ギルドへ行ってみよう
通りすがりの人に生産者ギルドの場所を聞いた僕は、小雨の降る中そこを訪れた。
その生産者ギルドは冒険者ギルドとはかなりおもむきが違っていた。
あそこでは見るからにたくましい、むくつけき冒険者たちがひっきりなしにゾロゾロ出入りし、何というか鉄火場のような雰囲気があった。
しかしここでは受付のお姉さんが静かにお茶を飲んでいて、訪ねてくる人たちも普通の人ばかり。
その落ち着いた雰囲気に拍子抜けすると共に、何となくホッとした。
しかし、そんな事でホッとしてもいられない。
僕はこの生産者ギルドで仕事を得て、何とか生きていかなくてはならないのだから。
「あのー……」
「はい?」
「生産者ギルドに登録したいんですけど……あ、僕、冒険者ギルドを断られてしまって」
「冒険者ギルドを? 失礼ですが、あなたの職業は何ですか?」
「話が前後してすみません。星見の儀というものをやって、そしたら僕は錬金術師に向いているらしくって……」
「あぁ、あなたは錬金術師なんですね。という事は、この生産者ギルドを通して仕事をお望みですか?」
「はい。そうです」
「ではこの用紙に記入をお願いします。分からないところがあったら言ってください」
「え、あ、はい」
何だかものすごく普通の事務手続きが始まってしまった。
記入用紙にはどこの国の言葉か分からない文字が書かれていたが、それはおそらくこの異世界の言語なのだろう。不思議な事に僕はそれを自然と理解し、異世界の文字もまるで母国語のようにスラスラ書ける。
それを言ったらそもそも日本語会話ができる時点で不思議なのだが、それはこの世界の神様が与えてくれた奇跡と思う事にした。
どうせなら、もうひとつだけ戦闘スキルという小さな奇跡も授かれば良かったのに……。
心の中でそんな愚痴をこぼしながら、渡された記入用紙を埋めていく。
「できました」
「では確認させてもらいます。名前は……『レン・アルケミ』さん?」
「はい」
「職業は錬金術師。先ほど向こうのギルドで星見の儀を行ったという事ですが、間違いないですか?」
「はい、間違いありません」
「経験年数がゼロという事は、今まで錬金術に全く関わりのなかった新人さんなのかしら」
「は、はい。それはやっぱりまずいでしょうか……」
「もちろん新人さんに紹介できる仕事は限られてます。ですが、それで宜しかったら特に問題ありませんよ」
「はい、僕はそれでも大丈夫です」
「実績を重ねれば、いずれは良いお仕事を紹介できるようになります。だから頑張ってくださいね」
「が、頑張ります」
受付のお姉さんは事務的でありながらも優しかった。
その上、メガネが良く似合う知的な美人で──って、それは関係ないか。
念のためもう一度ここでも星見の儀を行い、錬金術師向きであることを確認したのちに生産者ギルドの事を色々と説明してくれた。
基本的には生産者ギルドに仕事を頼みに来る人がいて、ギルドは仲介料を取って僕ら生産者に仕事を回してくれる。
信頼できるギルドを間に挟む事で、頼む方は報酬の持ち逃げを防げるし、頼まれる方は報酬の取りっぱぐれを防ぐ事ができる。
仲介料は決して儲ける事が目的ではなく、仕事において何らかの損害があった時の保険として活用される。
また、そのお金を利用した生産者の育成、互助を目的とした教育プログラムが存在し、上位のスキルを持つ人間が無料で講義を行う事もある。
他にも色々とあるらしいけれど、とりあえず今の僕には関係ないという事で省いてもらった。
「だいたいこんなところです。この町の発展や経済振興に貢献できるよう、お互いに手を取り合っていきましょうね」
「ありがとうございます。僕なんかが役に立つか、まだ分からないけど……」
「もちろん役に立てますとも。錬金術師は数が少ないですから、特に大歓迎ですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうです。知らないんですか?」
「恥ずかしい話だけど、この異世界の事は全く……」
「このイセカイ?」
「あ、いや……錬金術師の事は全く。さっき向いてるって言われたばかりなもので」
「錬金術師には高度な知識と技術が求められる割に、一般的に成果物に対する報酬が少ないのです。平たく言うと、苦労の割に儲かりません」
「うーん……なるほど」
「そのせいで錬金術の才を持っていても、なろうと思う人は少ないのです。ですからレン・アルケミさんが登録してくれた事は、ギルドとしては大歓迎という訳ですね」
「僕は……お金をたくさん稼ぐ事だけがやりがいじゃないと思います。だから錬金術師としてやってみます」
「はい。それはとても素敵な考え方だと思います」
お金はもちろん大切なものだけど、きっと仕事ってそれだけが目的じゃない。
少なくとも僕はここで歓迎されるみたいだし、必要とされる場所で頑張るのが一番だと思った。
「それでは……アルケミさんは全くの新人ですし、初心者講習をお受けになりませんか?」
「あ、はい。それはぜひ受けさせてください」
「丁度明日、初心者向けに『精製水の作り方』の講習があります。こちらは午後一番に行われます」
「分かりました、明日の午後ですね」
「講習に参加された方には初級錬金術の本が一冊贈呈されます。まずはそれで基礎を学び、徐々に力をつけていくのが良いでしょう」
「はいっ。そうさせて頂きます」
錬金術を教えてもらえるだけじゃなく、本までくれるらしい。
至れり尽くせりというか、願ったり叶ったりとはこの事だ。現金なものでだんだん錬金術師としてやる気になってきた。
だけど何か──すごく大切な事を僕はうっかり忘れている気がした。
「では、先ほどの用紙に講習希望のサインを……あら?」
「どうかしましたか?」
「すみません、記入漏れがひとつだけ。アルケミさんの工房の場所と名前を教えてください」
「工房?」
「はい、工房です」
「こ、工房って何でしょう?」
「工房は工房ですよ。錬金工房がないと、錬金術師は仕事ができないでしょう」
錬金工房。
錬金術で何かを作る才能があっても、それを発揮する場所と道具が僕にはない。
借りたり、買いそろえるお金も当然持ってない。
「……もしかして、アルケミさんには工房がないのですか?」
「はい。この街に今日来たばかりです」
「それは困りましたね。自分の工房を持たない人には、ここではお仕事を紹介できない決まりなんです」
「えっ!? どうしてですか?」
「成果物の責任と、制作者の所在を明らかにするためです。そうしないといい加減に作った物を持ってきて、お金を受け取った後に逃げてしまう人がいるかもしれません」
それは言われてみれば当たり前の話で、どんな登録だって住所と名前は必須に決まっている。だけど異世界に来たばかりの僕に住所なんてあるはずもない。
だからこそレンタルハウスを借りて住める冒険者ギルドに腰を落ち着けようと、みんなで決めたんだった。
「な、何とかならないんでしょうか?」
「錬金道具は他の会員から多少なりとも借りたり買ったりする事もできそうですが、工房となると……少し難しいかもしれません」
受付のお姉さんもさすがに難しい顔をする。
そもそも錬金術師は登録が少ないと言っていたし、その少ない中に僕に工房を貸してくれる人はいるだろうか。
そんな気前のいい人がすぐに見つかると思うのは、いくらなんでも都合が良すぎる気がする。
「すぐにとは約束できませんが、ギルドで工房を探してみます。とりあえずアルケミさんはこの紙のお持ちになって、明日の講習にいらしてください」
「明日……」
呆然としながら、先ほどの登録用紙の写しを受け取った。
──僕、明日の講習までどこでどうやって過ごせばいいんだろう。
食べ物はどうしよう。
工房が見つからなかったら、その後どうやって生きて行けばいいだろう。
もし仮に工房が見つかっても、仕事を請けて最初の報酬を貰えるようになるまでどうしよう。
そんな宿なし文なしの身の上話を、僕はこの受付のお姉さんにすべきだろうか。
そんな面倒な相談をして、ただ困らせるだけになりはしないだろうか……。
「……どうしましたか?」
「いえ……じゃあ、また明日来ます」
「はい。お待ちしております」
自問自答の末、黙っておくことにした。
僕には上手にウソをつける自信がないし、正直に別の世界から来たという話をして頭がおかしい人だと思われても困る。
そのあげく怪しまれて生産者ギルドにまで登録を断られる事態になるのが怖かったのだ。
「……雨、やまないなぁ……」
扉を開けて外へ出ると、まだ雨が降っていた。
冒険者ギルドを出た時よりずっと、天気が崩れていた。