冒険者ギルドで起きたこと
話は少しだけ前に遡る。
数週間前、マールバニアの街からほど近い森の中へ僕はクラスメートと共に異世界へ転移した。
きっかけはおそらく、僕らの乗ったバスの崖からの転落だ。
命が助かった事を喜び合ったのもつかの間で、すぐにここが危険な異世界である事に気付いた。
突然縄張りを訪れた僕らの前に、異形のモンスターが群れて襲い掛かってきたのだ。
事態を把握するよりも先に、担任の先生がモンスターの餌食になった。そして次に、バスの運転手さんが殺されてしまった。
だけどクラスメートたちは誰一人として犠牲になる事はなかった。
格闘スキルをもつ人が闇雲に拳を振れば、それが必殺の一撃になった。
剣術スキルをもつ人が棒っきれを振れば、呆気なく敵を昏倒させた。
魔法スキルを有する人は火の精霊の力で敵を焼き焦がし、回復スキルのある人は難なく怪我人を癒した。
不思議な事に、クラスメートたちは誰に教わるでもなく戦う力を身につけていたのだ。
それはおそらく、突如この異世界に転移した人間への特権なのだろう。
その事実に戸惑いながら、助けを求めて僕らは近くに見えたこの街、マールバニアを訪れた。
街に来たからと言っても、当然望んでいたような救助は得られず、元の世界へ戻る事も叶わない。
その代わりに──それが代わりになるのかはともかく──冒険者ギルドの存在を知る事になる。
冒険者ギルドに登録した冒険者はギルドから仕事を請け、良いお金を稼ぐ事ができる。
その上無料でレンタルハウスを借りる事ができ、最低限の食事や装備品まで保証されるらしい(つまりは軍に雇われる傭兵みたいなものなのかもしれないが、登録できなかった僕に詳細は分からない)。
この世界の通貨も住まいもない僕たちは、相談の末こぞって冒険者ギルドを訪れる事にした。
登録の資格はただ一つ、戦闘における天性を有する人間である事。
仕事と言えば何かと荒事の多い冒険者ギルドにおいて、それは必須条件らしい。
そして誰がどんな天性に恵まれているかを判定する儀式──。
通称『星見の儀』という判定方法で、僕らは審査される事になったのだ。
「……ふーむ、『魔術師座』か。お前も魔法使いに向いているようだな。合格!」
「わぁ、ミッコも魔法使いなんだ」
「うんっ。ユッコと同じだね!」
僕の前で列をなしているクラスメート、マツバラさんたちが合格。仲のいいナガセさんとおそろいで魔法使いという事が分かり、きゃあきゃあ喜び合っている。
今のところ審査は順調に進み、不合格者は一人も出ていない。
審査と言ってもそのやり方はとっても簡単で、台の上に置かれている水晶玉に手をかざすだけ。
その中に浮かんできた星の配列を見て、どんな戦闘スキルを持っているかが分かるようになっているんだとか。
「アツシ・スエナガです、よろしくお願いしまーす」
「ふむ、お前は『盗賊座』だな。どうやらお前はシーフに向いているようだ」
「げっ、マジかよ。あんまり強そうじゃねーなぁ」
「そんな事はない。攻撃力は劣るが、シーフの素早さは群を抜いている」
「そうなん? て事は……」
「成長すればトレジャーハンターのスキルを得る事も考えられる。わが冒険者ギルドにとって貴重な人材になりそうだ。お前も合格!」
「へへ、やったぜ!」
足の速いクラスメート、スエナガ君も合格した。
シーフが強いかどうかは分からないけど、何となく彼には合っていると思う。
「よーし、次のもの。名前は!」
「あ、はい。歩見レンです」
「名がアルケミ、性がレンか? お前らの名は揃いも揃って奇妙な響きだな」
「あ、いやレン・アルケミです。よろしくお願いします」
「よろしくするかどうかは星見の儀で決める。さぁ、さっさと手をかざせ」
「は、はい……」
高圧的なギルド員に気おされて、僕は恐る恐る水晶玉に手をかざした。
恐る恐るではあったけど、実は少し楽しみでもあった。
僕はファンタジー小説が好きだし、その手のゲームで遊ぶのも大好きだ。
だから、剣と魔法のこの異世界で自分がどんなスキルを持っているのかすごく知りたかった。
「ふーむ、これは……」
「……」
もし役に立つ能力を持っていたら、クラスメートに僕を認めてもらえるだろう。
認めてもらえたら、きっとみんなと仲良くなれる。
あまりこのクラスに馴染めてなかった僕は、心の中でそんな淡い期待を持っていた。
しかし──。
「……駄目だ。お前は不合格!」
「えっ?」
「お前は全く戦闘スキルを有してない。だから、この冒険者ギルドに加入する事はできん」
「ど、どういう事ですか!?」
初の不合格にざわざわと場がざわついた。
僕を見てヒソヒソとクラスメートが囁いてるのが分かった。
だけどショックのあまり、そんな事を気にしてられなかった。
「貴様、どういう事とはどういう事だ?」
「だって、星座が水晶の中に見えます。これでも僕はダメなんですか?」
「この星の配列は『錬金座』だ。だから、ダメだ」
「錬金座……?」
「つまり、お前が有する天性は錬金術だな。この冒険者ギルド向きではないものだ」
僕には戦闘に向いたスキルがなく、代わりに錬金術のスキルがあるという。
それが良いのか悪いのか──いや、当然悪いに決まってる。
僕たちはお金や住む場所、この異世界で生きるための何もかもを冒険者ギルドで得ようとしていたのだから。
「さあ、不合格のものはすぐ立ち去れ! まだ他にも審査を待つものがいるのだ」
「ま、待ってください。急に立ち去れって言われても……」
「錬金術師のお前は『生産者ギルド』にでも行くがいい。そこなら何か仕事を得る事もできるだろう」
「生産者ギルド……そこでも住むところは貸してもらえるんですか?」
「レンタルハウスの提供はこの冒険者ギルドだけだ。このギルドには特に、腕のいい風来坊が訪れる事が多いからな」
「そんな……それじゃ困るんです」
「お前が困ろうと、私の知った事ではない。ここにお前の居場所はない!」
「で、でも」
ちらりと周りを見渡した。
気の毒そうに僕を見てくれているクラスメートもいる事はいる。
だけど、声を出して助けてくれる人は一人もいなかった。
「……レン、とりあえずどけって。後がつかえてんだろーが」
「ニイヤマ君、でも」
「お前の話は後にしろ。俺たちだって審査がしてーんだ」
「レン君の事は後からみんなで考える事にしてさ~。まず全員の登録を済ませるのが先じゃない?」
「そーそー。もしかしたらお前の仲間ができるかもしんねーぞ」
「……うん、分かった」
納得したわけじゃないけど、自分のせいで審査が滞って迷惑をかけたくはない。僕は部屋の隅へと下がって、クラスメートの星見の儀を眺めた。
心のどこかで、僕のように戦闘スキルを持たない人が現れる事を祈りながら。
「お前は『騎士座』。合格!」
「よっしゃあっ!」
「お前は『竜騎士座』か。いずれは子竜を従えて戦う事ができるかもしれんな。合格!」
「か、かっけーじゃん。いやっほーっ!」
「……」
結局、待てど暮らせど僕の仲間はできなかった。
僕以外の全員、合格できた事に安堵し、口々に自分や友人の持つスキルについて語り、力を合わせてこの異世界を生き抜こうと誓っている。
今や誰も僕が不合格であることを気にしておらず、話しかけてくれる人もいなかった。
ギルドの人の言う通り、ここに自分の居場所はないような気がした。
「……生産者ギルド、行ってみようか……」
僕が今できる事と言ったら、一人で生産者ギルドに行く事だけだ。
みっともなく誰かにすがりつき、助けを求める事もしたくない。
いたたまれなくなった僕は、誰にも気づかれないようにそっと扉を開けて冒険者ギルドを去った。
晴れていたはずの異世界の空は、いつの間にか曇っていた。