表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
99/139

EP26 追跡

 陽子の命令を受けた隼人と美鶴は、まだ見ぬ襲撃者たちの追跡をしていた。


 襲撃のあった車道から外れてしまえば、そこは樹海と呼ぶにふさわしい森林が広がっており、森の奥に進んでしまうと、まともに歩けるのは辛うじて残っている獣道のみだった。


「はぁ、はぁ……ここ、森林浴には不向きですね」


 人が歩きやすいように整備された森林公園ならともかく、放置されたままの森は、とても人の歩ける環境ではない。二人はどうにか木々の間を縫うようにして歩いていた。


「……まったくだ。冬木、まだ歩けるか?」


「はい、なんとか。でも、まさかこんなことになるなんて……」


「俺も久納さんの所に剣を受け取りに行くだけだと思ってたよ」


 美鶴が弱音を吐くと、それに釣られて、隼人は深い溜め息を吐き出した。


「こんな場所、普段は誰も通らないよな……っと、冬木、待ってくれ」


 突然、先行していた隼人が、後続の美鶴に制止を促した。


「え?」


「奴らはこっちに逃げた」


 少し先の地面を見つめた隼人はそう言って、進路を変えた。


「それにしても、よく犯人が逃げた方向が分かりますね」


「足跡が残っているからな」


「もしかして、ずっと足跡を辿ってきたんですか?」


「いや、最初は血痕を追っていた。だが、途中で途切れていたから、足跡に切り替えた」


 そう言った直後、隼人は何かを思いついたように声を上げた。


「そうだ。いい機会だから、冬木に追跡術を教えておくか」


 対人用だけどな、と彼が補足すると、美鶴は曖昧な表情で首を傾げた。


「私に使う機会はあるのでしょうか……?」


「さぁな。でも、知識は場所を取らない財産だって――」


「――って、秋山さんが言ってたんですか」


「……ああ、うん」


 美鶴に言葉を先読みされた隼人は、しょぼんと肩を落とした。


「あっ、ごめんなさい! 私、知りたいです! 教えてください!」


 慌てて声を張り上げた美鶴を見て、隼人は困り顔で人差し指を立てた。


「その言葉は嬉しいが、小さい声で話してくれ。一応、追跡中だ」


「ごめんなさい……」


 声を潜めて隼人が注意すると、彼女も小声で謝った。


「ここだ。新しい足跡が残ってる」


 隼人はそう言うと、目の前の地面を指差した。陽光を木々に遮られた森は薄暗く、足元が見づらいため、美鶴は目を凝らして地面を見つめた。


「これ、ですか……」


「ああ」


 隼人の指差した先には、形や大きさが異なる複数の足跡が、列になって森の奥に続いていた。


「日光があまり届かない森の地面は、湿っていて足跡が残りやすい。ほら、靴底の模様がしっかり残っているだろう」


 彼の言葉どおり、地面にはしっかりと足跡が残っていた。


「本当ですね」


「それと、こっちなんかは踏まれた草が、まだ枯れてない」


「はい、千切れた草もまだ緑色です」


「新しい証拠だ」


 踏まれた際に千切れたと思われる雑草が、押し花のように足跡にへばりついていた。その葉は濃い緑色をしており、真新しさを物語っていた。


「襲撃者は、四人だな」


「え、どうしてですか?」


「足跡が違う。サイズや靴底の模様、歩幅に歩き方……辿ってきた足跡が合流して四つのパターンになった。群れを操っていたのは、こいつだな。この比較的小さい足跡だ。歩幅が狭くて、爪先がやや内向き……多分、女だな」


 隼人の推測を聞いた美鶴は、感心した様子で目を丸くした。


「よくそこまで分かりますね……まるで名探偵です」


「そんな格好いいもんじゃないって、俺は」


 ひたすらに感心している美鶴に、隼人は思わず微笑を浮かべた。


「痕跡は別に足跡だけじゃない。小さいゴミすら付いていない、張ったばかりの蜘蛛の巣が破れていたし、通行の妨げになっていた枝を折った跡もあった」


「そ、そんなことまで観察していたんですか……?」


 彼女の反応は、いつしか深い感心から淡い困惑のそれに変化していた。


「どんな小さい痕跡でも、見落とせば命取りになることもある。逆に見つけたおかげで命拾いすることもある。追う側と追われる側、双方の立場を理解すれば、逃走も追跡も成功率は格段に上がる」


「……驚きました。やっぱりすごいですね」


「ま、これも受け売りなんだけどな……」


「秋山さんの……ですか?」


「そうだ。俺じゃ、あの人の洞察力には敵わないよ」


 そう言って、隼人は苦笑しながら肩をすくめた。


「あとは……そうだな。実は冬木が得意そうな追跡術がある。これは秋山さんには、できない方法だ」


「念信ですか」


「ああ、そうだ。相手が念信使いだと分かっていれば、力の残滓を追う方法がある。念信を使った際に、強い思念が焼き付いてその場に留まる――残留思念を利用する方法だ」


「でも……さっきの場所には、何も感じませんでしたよ?」


「……!」


 隼人が指示する前に、美鶴が念信の痕跡を探っていたことを知って、彼は驚いた。その驚きを顔に出さないよう、胸の内にどうにか押し留める。


「……やっぱりか。俺も一度は試してみたんだが、念信の痕跡はさっぱり残っていなかった。逃げる前に痕跡を消したんだろう」


「念信の痕跡を消して、他の痕跡を残しているなんて、不思議ですね。もしかして、わざと他の痕跡を残している可能性もあるのでは……?」


「鋭いな。追跡者を混乱させるために欺瞞する、ということはよくある。だが、それにしては、妙だ。念入りに念信の痕跡を消しているわりに、他の痕跡はあまりに素直すぎる。嘘を嘘で誤魔化した不自然さがないんだ」


「俺には念信の痕跡を消すことに躍起になって、他の痕跡については頭になかったように見える。念信能力者の……いや、伏魔士の癖ってやつかもな」


「なるほど……」


 隼人の推測を聞いて、合点がいった様子で美鶴は小さく頷いた。


「なぁ……冬木。俺とお前は魔獣の遠吠え――念信を聞いて、さっきの襲撃があった現場に来ただろ?」


「……はい」


 改まった声で隼人が尋ねると、どこか緊張した声色で美鶴は返事をした。


「正直に言うと、俺には大体の方向しか分からなかった。お前が俺をあの場所に導いてくれたんだ」


 そう語った隼人の言葉に、美鶴は驚愕して立ち止まった。


「え……」


 彼女が立ち止まったことに気付いた隼人は、足を止めて後ろを振り向いた。


「驚くことじゃない。お前にはそれだけの力があるんだ。さっきだって俺を助けてくれただろ」


「それは、夢中で……」


「やっぱり、俺なんかよりもずっと優秀な念信能力者だよ、冬木は」


「そ、そんなこと……!」


 否定しようとする美鶴に構わず、隼人は進行方向に向き直った。そして彼女に背を向けたまま、口を開く。


「冬木には冬木にできる方法で、標的を追うことができる。わざわざこんな方法をしなくても……」


「でも、楽な方法を覚えたら、人間はそれしかやらない。だからあえて地道な方法を先に教えた。ま、追跡術なんて、使う機会がないことに越したことはないんだけどな」


「そう、ですね……」


 同調する声に帯びた暗い響き。彼女の不安を感じさせる声色に、隼人の胸がちくりと痛んだ。


「さてと、そろそろだな……」


 気分を切り替えるように、やや明るい声で隼人がそう言った直後、森を抜け、視界が開けた。


「やっと着いた」


 二人の目の前には、雑草が生い茂り、蔦がはびこる廃墟となった工場が現れた。


「もしかして、ここが……」


「ああ、ここが奴らの隠れ家だ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ