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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP25 襲撃者たちⅡ

 伏魔士四人は、森の中にある隠れ家にいた。そこは閉鎖された工場の跡地であり、相当な期間無人だったのか、廃墟と化していた。


「……はい、これで終わりよ」


 葵の頬にできた切り傷を治療していた黒髪の少女――篠道優季は、ガーゼで傷を覆い、テープで固定した。


「ありがと……しのちゃん」


 彼女が治療しやすいように髪をかきあげていた葵は、その長い茶髪をそっと下ろした。


「綺麗な切り傷だったから、痕は残らないと思うわ」


「そう……」


 肩を落としている葵を見た優季は、困った様子で眉根を寄せた。


「えーっと……シェフ、戻ってこないわね」


「あの子、私の声に答えないの……」


「遠くに行ってるのよ、きっと」


 落ち込む葵を励まそうと、優季は優しい声音で言った。


「今までこんなことなかった。どんな時だって呼べばちゃんと返事をしたのに……」


「大丈夫だって。その内、帰ってくるわよ」


「やっぱり死んだんじゃないか?」


 スーツ姿の男、安治部修は何の気なしにそう呟いた。すると、たちまち葵の目に涙が浮かんだ。


「あ、あんたねぇ……!」


 葵を必死に宥めていた優季は、その努力を無にした彼を睨んだ。


「うっ、ぐすっ……ぐすん……」


「お、おい、泣くなよ? 常盤」


 眉をひそめた修は、泣き出しそうになっている葵に鬱陶しそうな視線を向けた。


「だって、だってシェフが……」


 怪しげな美貌を誇る彼女は、その外見とは裏腹に幼い少女のような口調でそう言った。


「まだ分かんないでしょ? やられるところを見たわけじゃないんでしょ?」


「殺されるところなんて見たくないわよ!」


「ああ、はいはい。ごめんごめん……」


 葵を慰めようとした優季は、頬に涙を伝わせた彼女に怒鳴られ、平謝りした。


「ふん、大袈裟だな。また別の魔獣を躾ければいいだろう」


 ぶっきらぼうに修が言い放つと、葵はその美麗な顔を悲痛に歪めた。


「ひどい……なんでそんなこと言うの……!」


「たかが魔獣だ。代わりなんていくらでもいる」


「うわぁぁぁぁん!」


 修の言葉に心を抉られたようなショックを受けた葵は、大声で泣き出した。彼はそれを見て、狼狽える。


「……し、しまった」


「はぁ……あんた、モテないでしょ」


「なっ! それは今関係ないだろう!」


 冷めた声をした優季の指摘に、修は慌てて反論する。


「葵は小さい頃からシェフと一緒に過ごしてきたの。家族も同然だったってわけ。あんたも知ってるでしょ」


「うっ……そ、そんなこと知るか!」


「うわぁぁぁぁん、ひどいよぉぉぉぉ!」


「ぬぅ……集中できん」


 輸送小隊から奪った物資に施された封印を解除していた坊主頭の巨漢、権田誠太は、作業の手を止めて困り顔で後頭部を掻いた。


「常盤、常盤よ。そなたの許しを得られるなら、拙僧がシェフの戒名を授けて進ぜよう。さすればそなたの家族は、浄土の安寧に迎えられるだろう」


「ぐすん。本当……?」


「本当だとも。仏に貴賤なし、だ」


「ありがとう、権田さん。じゃあ……かわいいの、つけてね」


 葵の要求を聞いた誠太は、難しい顔をして小さく唸った。


「ぬぅ……善処しよう」


「かわいい戒名なんてあるのかしら……?」


 二人の会話を聞いた優季は、宙を見上げて首を捻った。


「しかし、驚いたな。まさか常盤が率いていた群れが全滅したとは……」


「正確には、犬型――こほん、シェフが率いていた、ね」


 犬型獣鬼と言いかけた優季は、葵のじっとりとした視線を感じ、慌てて訂正した。


「しかも相手は葬魔士一人なんでしょ? 信じられないけど」


「本当よ……目で追うことができないくらい速くて、予測できないくらい変則的……魔獣よりも獣じみた動きだったわ。私だってこの目で見ていなかったら信じられなかった。それくらい出鱈目だったの。あんな剣士……初めて見た」


 思い出しながら、訥々と語る葵の話を聞いた誠太は、難しい顔をした。


「剣士、か。もしや……」


「どうした、権田?」


「風の噂に聞いたことがある。斬魔の剣士の称号を持つ葬魔士がこの支部にいる、と。名は確か……長峰隼人」


 それを聞いた優季は、何かに気付いたのか、小さく声を上げた。


「え、長峰って……あの長峰? ご先祖様を朝廷から追放した守護四聖の一角だっていう……」


「左様、その長峰だ」


 優季の問いに誠太が頷き、修は首を傾げた。


「ん? そいつ、幽閉されてるんじゃなかったか」


「それは父、飛燕の方だな。長峰家の現当主であり、結界守護役を命じられている」


「あの葬魔士は、まだ若かったわ……ぐすっ」


 三人の会話を聞いていた葵は、嗚咽混じりに言った。


「じゃあ、葵が見たのは、親鳥じゃなくて雛の方なのね」


「当主の飛燕は、例の称号を子に継承したと聞く」


「ふん……斬魔の剣士ってのは、世襲制なのか?」


 誠太の話を聞いた修は、嘲笑って鼻を鳴らした。すると誠太は首を横に振った。


「それは違うな。子の方も、過去に功績を上げている。呪堕の分体を封じている大結界を襲撃した犯人を長峰隼人が討ち取ったのだ」


「大結界を襲撃って……嘘でしょ」


 優季は唖然として、誠太の顔を見た。


「本当だ。事件の詳細は機密扱いになっていたが」


「機密……?」


「大結界が襲撃されたなど、原発をテロリストに襲撃されるのと同義だからな。公にできるわけがない。少し調べただけでも、念入りに隠蔽工作を施した形跡があった」


「ふぅん……じゃあ、その犯人ってのは、分からないんだ」


「伏魔士ではないということは、確かだな」


「そうよね」


「……で、どうするんだ? どうせそいつはこれを奪い返そうと追ってくるだろ」


 二人の会話を聞いていた修は、苛立った様子で封印の解けていない箱を顎で指した。


「ぬぅ……それだけの腕利き、相手にしたくないが……」


 小さく唸った誠太は、顎を指で擦りながら、呟くように言った。


「なら、里に持って帰ってから開けます?」


 棺のような箱の前に屈んだ優季は、誠太の顔を見上げて尋ねた。


「いや、封印を解除してからにしたい。これは危険だ……おっと篠道、錠前には触れるなよ」


 厳しい口調で忠告された優季は、鎖に巻かれた錠前に触れようとした手を寸前で止める。


「え、もしかして……罠?」


「左様、盗難防止のために仕込まれた罠だ」


「発信機は外しただろ」


「物理的な装置ではない。精神に干渉する術式だ。鍵以外のものが錠前に触れれば、発動するようだ。念信能力者でなければ、間違いなく廃人となる強力なものだな」


「そんなものを、葬魔士が……!?」


 誠太の言葉を聞いた優季は、驚愕して目を見開いた。


「他にも罠が仕込まれているようだが、複雑で全容が掴めん。迂闊に運んで里の皆を危険に晒すようなことはしたくない」


「ここで開けないといけない理由は分かった。なら、さっさと解除してくれ。お前が解除しないと動けないんだからな」


「……面目ない」


 表情を曇らせた誠太を見た優季は、立ち上がって首を横に振った。


「権田さんが謝る必要ないって。大体、封印の解除を任せっきりだし……私らの中で一番念信が得意な権田さんが苦戦するだもん、仕方ないって」


「篠道、すまんな……」


「だから、いいんだって。こいつなんて何の役にも立たないくせに、偉そうにしちゃってさ。あーあ、ホントムカつく」


「な、なんだと……!」


「二人とも、その辺にしてくれ。仲間割れしている場合ではないだろう」


 険悪な雰囲気で言い争う優季と修を、誠太は制した。


「でもさ、いくら相手が斬魔の剣士ってやつでも、私らの念信には敵わないでしょ」


「倒せるの? みんなの仇を討てる……?」


 ようやく落ち着いてきた葵が、ぽつりと呟いた。


「当然。だって、私の念信を防いだ葬魔士はいないし」


 余裕に満ちた優季の声。それを聞いた誠太は、眉をひそめた。


「その慢心、身を滅ぼすぞ。篠道」


「だって本当のことだし」


「ぬぅ……」


 忠告を受け入れない優季の様子に、誠太は苦い顔をして小さく唸った。


「葬魔士は伏魔士の敵。だったら、殺すしかないでしょ」


「ああ、そうだ。あの男は同胞の仇、そして常盤の家族の仇……戦わないでどうする!」


 まるで演説をぶつように、修は熱弁を振るった。


「安治部君……!」


 声を震わせた葵は、悲しみの涙ではなく、感動の涙で潤んだ瞳で修を見た。


「……拙僧は引き続き、封印の解除を試みる。周囲の警戒は頼んだぞ」


 大きな溜め息を吐いて箱の前に屈みこんだ誠太は、再び作業に戻った。


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