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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP24 砂状崩壊

 しゅうう、という蒸気を噴き出すような音が聞こえた。


「……?」


 不審に思った美鶴がそちらを見ると、魔獣の死骸が音を立てながら砂状に崩れ、死骸を象った紺色の砂山に変貌した。


「え――!?」


 彼女が驚いている間に崩れた砂が舞い上がり、紺色の霧に変わる。その死骸だけではない。周囲に散らばった肉片や血液も次々に霧になり、濃密な闇が発生する。


「な、長峰さん、あれ……!」


「そうか……冬木はあれを見るのは初めてだったか。魔獣が死んで、時間が経つとああなるんだ。霧に変わる速度は、瘴気濃度に影響されるんだけどな」


 動揺している美鶴の視線を辿った隼人は、なんてことはない様子で呟いた。


「色々と説明をしたいが……この規模は危険だな。魔獣の死骸が生んだ霧は、すぐに消えるが、通常の瘴気よりも毒素が強い。直接、吸い込まない方がいい。口と鼻を布で覆うんだ」


 さっと波が押し寄せるように二人の近くに漂ってきた濃紺色の霧を見て、制服の袖で口元を覆った隼人が忠告した。美鶴はそれに従ってポケットからハンカチを取り出し、口と鼻を覆った。


「魔獣は死ぬと、肉体を保てなくなり、砂状に崩壊する」


 瘴気の霧は風に吹かれて何処に流れていく。一瞬、濃度を増した瘴気はすぐに薄れ、元の清浄な空気に戻っていく。


「砂状崩壊。それが魔獣の最後だ」


 口元から袖を離した隼人は、瘴気の霧が消えていった方向を見つめてそう言った。


「死が終わりじゃない。魔獣は骸すら残らない」


「もしかして魔獣の姿が知られていないのって……」


「ああ、そういうことだ。死骸が残らないから人目につきにくい。なんせほっといたら勝手に霧になって消えちまうんだからな」


「ふん……魔を葬るとは、よく言ったもんだ」


 皮肉げに鼻を鳴らした隼人は、そう嘯いた。


「それが葬魔士という名称の由来ですか……?」


「ああ、この現象が由来らしい」


 小さく息を吐き出した隼人は、まだ残っていた魔獣の死骸に視線を向けた。その死骸も既に砂状崩壊が始まっており、数秒と待たずに霧散した。


「瘴気から生まれた者は、瘴気に還る。魔獣にその身を侵された者も、いつか……」


 彼の脳裏によぎったのは、寄生種に肉体を乗っ取られた叔母の姿だった。完全に異形の魔獣へと成り果てた彼女は隼人と戦い、そして……


「長峰さん、大丈夫ですか……?」


 魔獣の死骸が消え去り、露わになった地面を、隼人はぼんやりと見つめていた。


「え……? あ、ああ……」


 いつの間にか隼人の目の端から、一筋の涙が流れていた。


「あの……」


 美鶴は手に持ったままだったハンカチを見ると、隼人に差し出そうとした。が、その前に彼は、頬の涙を袖で乱暴に拭った。


「大丈夫だ」


 突然、隼人の制服のポケットからけたたましい電子音が鳴った。端末の着信を知らせる音だ。


「支部長からだ」


 端末の画面を見ると、“支部長”と表示されている。隼人は美鶴にも聞こえるように、通話をスピーカーモードに切り替えてから、応答した。


「はい、長峰です」


「私だ。戦闘は終わったようだな」


 画面上で音量を示す波形がうねるように動き、陽子の不遜な声が端末から流れた。


「よく分かりましたね……」


 美鶴が目を丸くしながらそう言うと、端末からふっと微笑んだ声が流れた。


「ああ、分かるとも。私を誰だと思っている」


「支部長はなんでもお見通しなんですね」


「ふふん、そうだとも」


 陽子の得意げな声を聞いた隼人は、呆れ顔を作る。


「支部長は俺たちの端末から送信されたデータをモニターしてたんだ。瘴気濃度が低下したのを見計らって連絡してきた、ってところだろう」


「はぁ……つまらん奴め」


 端末から陽子のわざとらしい溜め息が聞こえた。


「まぁいい。輸送小隊の奴らはどうだった?」


「全滅です。生き残りはいませんでした」


「そうか……それは残念だ」


 そうは言うものの、陽子の口ぶりはさして気にも留めない風だった。


「で、積み荷の方はどうだ?」


「俺たちが現着した時には、トラックは既に空でした」


「となると、例の物資は持ち去られたか……ふむ」


 例の物資、という単語が引っ掛かった隼人だったが、報告を優先しようと気持ちを切り替える。


「それと妙なことがあります」


「なんだ……?」


「トラックは人だけでなく魔獣にも襲撃されていました。あの爪痕……荷台の扉を破壊したのは、犬型獣鬼です」


 隼人の報告を聞いて、陽子は小さく唸るような声を出した。


「魔獣を操る念信能力者による襲撃、というわけか。そうなるとやはり……」


「心当たりが?」


「実はな……御堂の父親から、先日、第四支部で葬魔士が襲撃される事件があったと聞いた。おそらく同一犯だろう」


「まさか……」


「ああ、魔獣を操ることに長けた念信能力者……伏魔士の犯行だろう」


「伏魔士――!」


 隼人は驚愕を声に出した。まさかとは思っていたが、陽子に告げられた言葉は衝撃だった。先日、圭介から伏魔士の話を聞いていなければ信じられなかったかもしれない。


「いくら葬魔士に恨みがあるとしても、こんなあからさまに攻撃を仕掛けてくるのは、奴らくらいだ。まともな判断がつくなら機関の報復を恐れて手出ししないからな。しばらく姿を現さなかったが、随分と大胆になったものだ」


「……」


 陽子の言葉に、隼人は相槌を打つでもなく、沈黙で返した。


「さて、そろそろ本題に入ろう。そこはまだ第三支部の管轄内だ。物資を運んでいたのは、本部の人間だが……連中は我々に責任を追及してくるのが目に見えている。長峰、襲撃者は追えるか?」


「……はい」


 一瞬、美鶴の身を案じた隼人だったが、陽子の命令には逆らえないことを思い出し、彼女の問いに肯定した。


「よろしい。では……長峰隼人、冬木美鶴両名に緊急任務を命じる。襲撃者を追撃し、物資を奪還しろ」


「冬木も一緒ですか!?」


 陽子の命令に動揺した隼人は、ほとんど叫びに近い声を出した。


「なんだ。不満か?」


「危険だって言いたいんですよ! 増援が到着するまで待って――」


「遅い。奴らは待ってないぞ」


 隼人の反論を、陽子は鋭い口調で封殺した。


「お前一人なら、動きやすいことは分かっている。だがな、それを言うなら、久納の所に預けてくればよかったんだ。誰かを守りながら戦うことがどれだけ困難か分からないお前ではないだろう」


「それは……っ」


「ごめんなさい。私のせいで……」


「冬木は悪くない。そこの男が不甲斐ないだけだ。たった一人の女も守れない男に何ができる」


「っ――!」


 反論できない隼人は、歯噛みして端末から顔を逸らした。


「支部長。一つ、お聞きしてもよろしいですか」


「手短にな」


 美鶴の質問に、陽子は比較的優しげな声で返した。


「そこまでしなければいけない物資とは、一体何ですか」


「牛頭山猛の剣だ」


「奴の剣……? そうか、秋山さんが言ってた件か」


「あの戦いの後、事後処理の時に回収した。猟魔部隊の奴らも我々に囲まれている状況では、さすがに諦めるしかなかったんだろう。御堂の父親を交渉役としてわざわざ送り込んできた」


「……そういうことだったんですね」


「回収した時は、あの剣にまつわる伝説について半信半疑だった。だが、調べる内に信じるほかなくなった」


「ふっ、まさか鎧より先に剣を探すことになるとはな……」


 感慨深そうな陽子の声。だがそれもすぐに元の厳しい口調に戻る。


「命令の復唱はいい。任務続行が困難な場合は、連絡しろ。部隊を急行させる」


「了解しました」


「……」


 覇気のない隼人の声を聞いて、陽子はしばし沈黙した。


「最後に一つ、忠告だ。長峰、甘えは捨てろ。お前と違って奴らは容赦しない。油断すれば、輸送小隊の二の舞になるぞ」


「……甘さではなく、甘えですか」


「そうだ。甘えだ。お前の持つ甘えは、お前だけでなく冬木も危険に晒すことになる」


「……了解」


 通信が終わり、端末をポケットにしまった隼人は、傍らの美鶴に顔を向けた。


「冬木、すまない。またお前を巻き込んでしまうことになった」


「元はと言えば私がついてきたせいです。だから、長峰さんが謝る必要はありません」


「冬木……」


「さぁ、行きましょう。早くしないと、支部長に怒られちゃいますよ」


「怒られる、で済めばいいけどな……」


 茶化して言った美鶴に、隼人は苦笑した。彼女は隼人を気遣って冗談を言ったのだ。


「さてと、追撃しろって言われても、まずは手掛かりを見つけないとな――って、あれは……」


 隼人が目にしたのは、木の幹に突き刺さった短剣だった。見覚えのあるその短剣は、彼が威嚇投擲に使用したものだ。思いのほか深く突き刺さっていたそれを引き抜くと、その刃には真っ赤な鮮血が付いていた。


「そうか……ここにいたんだな」


 周囲に広がっていた魔獣の血だまりは既に瘴気の霧へと還り、残っていない。つまりこれは人の血だ。


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