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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP21 魔群包囲

 魔獣の声――念信を察知した隼人と美鶴は、その発生源へ車で急行した。


「遅かったか」


 既に瘴気の霧は晴れ、付近に魔獣の気配はない。しかし、除草剤を撒いたように局所的に枯れた草花――瘴気の痕跡が色濃く残っていた。


 横転した大型トラックの手前で停車した隼人は、迷うことなくトラックへ駆け寄った。その近くには、魔獣に食い散らかされたであろう無惨な骸が転がっていた。


「……生存者はいない、か」


 トラックの運転席を覗いた隼人は、事切れていた青年を発見し、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「ひどい……」


 隼人の後を追ってトラックに近づいた美鶴は、路上に転がるほぼ骨と髪だけの死体を見て、そのあまりに惨たらしい光景に耐えきれず目を逸らした。


「……」


 直線距離で二キロ、という距離は想像以上に遠い。障害物だらけの森の中では、空でも飛べない限り、回り道を余儀なくされる。


 隼人たちが儀武の工房を出てから、現場に着くまでの時間はたったの一〇分。だが、その間に全ては終わっていた。


 惨状を目の当たりにした隼人は、無意識に手の平に爪が食い込むほど強く拳を握っていた。いかに優れた剣士であっても、超常の力を秘めた魔の右腕を持っていても、過去は変えられない。彼は万能の神ではないのだ。


「支部から連絡は?」


 思考を切り替えた隼人は、自身の端末を確認しながら、美鶴にも連絡の有無を尋ねた。


「いえ、まだです」


 この場所に向かう途中、支部に連絡を入れた隼人は、最寄りの葬魔士が彼であったことから、魔獣討伐の任を命じられていた。


「増援が来るにはまだかかるだろうな……」


「それまで待機ですか?」


「ああ、そうだな。む……?」


 首肯した隼人は、トラックの荷台に目を向けると、扉が開いていることに気付く。横転した際に開いたのではない。鋭利な刃物で切り裂いたように、扉に刻まれた四本の爪痕。それが扉を破壊したのだ、と彼は推断した。


「どうしたんですか……?」


「……おかしい」


 垂れ下がった荷台の扉を持ち上げ、中を覗き込んだ隼人は、その表情を険しくさせた。


「え?」


「中身がなくなってる」


 荷台から顔を出し、美鶴の方を振り返った隼人は、自然と後方に視線がいった。


 すると、大型トラックの約三〇〇メートル後方に大破し、炎上した黒塗りの高級車が目に入った。まるで内側から爆発したかのように扉が開き、ボンネットも跳ね上がっている。


「魔獣の……いや、魔獣だけの仕業とは思えない」


「何者かの襲撃を受けた、ということですか?」


「ああ……あれは人間の仕業だ」


 路肩の草むらに投げ捨てられたロケット弾の発射筒を見つけた隼人がそう言った。


「それって……」


 隼人の見ている物体に気付いた美鶴は、驚きに目を見張った。


「っ……!」


 だが、会話を続ける前に、彼女の背筋に冷たいものが走った。


「長峰さん――!」


「来たか……!」


 美鶴の叫びを聞いた隼人は、臨戦態勢に移行する。迂闊に逃げれば、危機を招く。迎撃あるのみ、と直感が告げていた。


 迎撃の判断を下すや否や、隼人は素早く右手で背負っていた対魔刀を抜き放ち、空いた片手で左腿の短剣を引き抜く。


 そうして短剣を持った左手を高く掲げ、対魔刀を握った右手を低く下げたその構えは、扇を広げて能を舞う能楽師を彷彿とさせた。


「冬木、俺の間合いから少し離れた位置にいてくれ。その方が守りやすい」


「分かりました」


 隼人の指示に頷いた美鶴は、彼の左後方、約二メートルの位置に移動する。


「撤退したように見せかけて隠れてたな……小賢しい」


 森の奥から闇が染み出すように、紺色の霧がゆっくりと流れてきた。木々の根元から路肩に続く草むらを枯らしながら這うように低空を滑り、舗装に到達したそれは、隼人と美鶴の靴先を、その輪郭に沿って通り過ぎた。


 徐々に濃度を増していく瘴気の霧。辺りは次第に薄暗くなり、霧に包囲された二人は、外界から隔絶された。


「この濃度なら、せいぜい二〇体ってところか……」


 周囲を見渡した隼人は自身の感覚と経験則に基づく知識で、群れの規模を予想していた。


「分かるんですか?」


 美鶴が尋ねると、隼人は前を向いたまま、小さく頷いた。


「群れの規模と瘴気濃度は比例する」


 周囲の瘴気は偽装拠点で戦ったときのように、数メートル先も見渡せない濃度ではない。頭上の太陽は、薄曇じみた瘴気の向こうで、その輪郭をぼんやりと見ることができる。


「冬木、道路脇の電柱は何本見える?」


「えっと……」


 隼人の問いを疑問に思いながらも、美鶴は道路脇の電柱に目をやった。


「二本です」


 路肩に建てられた電柱は手前から数えて二本が見え、その先の架線は途中で紺色の霧に没していた。


「電柱二本で低濃度、電柱一本で中濃度、一本も見えないなら高濃度だ」


「つまり今の瘴気濃度は、低濃度ということですね」


「ああ、あくまで目安だけどな」


 電柱から電柱の距離は、一般的に約三〇メートルから五〇メートル間隔。つまり現在の視認可能距離は、約六〇メートルから一〇〇メートルとなる。これは葬魔機関が定めた瘴気濃度基準では、低濃度に分類される濃度である。


 だが、低濃度とはいえ、瘴気は人体に有害である。二人はともかく瘴気耐性が低い者は、たちまち体を蝕まれ、動けなくなってしまうだろう。長時間滞在すれば、命を落とす危険性もある。


「さて、どう出る……?」


 隼人の前方、霧の中から威嚇する唸り声が聞こえてきた。まだ姿を現さない敵を警戒する彼は、緊張を逃がすように細く息を吐き出した。


「――っ!」


 途端、隼人は背後に魔獣の気配を感じ取る。数秒と待たずに路面を蹴る音が鳴った。魔の獣は囮を使い、霧に隠れながら、二人の背後に忍び寄っていたのだ。


「冬木、伏せろ!」


 隼人の警告を聞いて、美鶴はさっとその場に伏せた。彼女が警告どおりに動いたことを衣擦れの音で察した隼人は、振り向き様に短剣を投擲した。


「ギャッ――!」


 美鶴を背後から襲おうと跳躍した餓鬼は、額に短剣が突き刺さり、絶命、転倒した。


「冬木を狙ったか――!」


 声に怒気を滲ませた隼人は、揺れる瘴気の霧を睨んだ。奇襲が失敗し、動揺する魔獣の群れ。その反応で敵の位置を把握した隼人は、両脚に力を籠め、路面を蹴った。


「はぁぁぁぁ!」


 吹き抜ける疾風の如く繰り出される突進剣術――斬魔一閃。霧の中に潜んでいた餓鬼は、突然現れた隼人に反応する間もなく肩から腰まで両断され、その血肉を枯れた草むらの上にばら撒いた。


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