EP20 襲撃者たち
――臨時輸送小隊全滅から三分後。
横転した大型トラックの周囲に四つの人影があった。
「あーあ、全員死んじゃった。大人しく渡せば、逃がしてあげるつもりだったのに」
その声は女のものだった。茶色の長髪に、同系色の瞳。露出の多い煽情的な装いの彼女は、女性らしい起伏の目立つ体つきをしており、妖美な雰囲気を放っていた。
「そんなつもりないでしょ、あんた」
彼女の隣には、冷ややかな目をした少女がいた。ショートカットの黒髪に、灰色の瞳。機動性重視の軽装に身を包んだ彼女は、腕組をしながら路肩の標識柱に背を預けている。少女の足元の草むらには、ロケット弾を撃ち終えた発射筒が転がっていた。
「あら、そんなことないわよ?」
「どーせ助けるのは、あんたの趣味に合う男だけでしょ。ほら、そこで死んでる運転手とか」
「やだ……なんで分かるの。あ、もしかしてしのちゃんも狙ってた? 中々の美形だったもんね、彼。残念ねぇ……」
黒髪の少女は、その言葉を聞いた途端に顔を真っ赤にした。
「だ、誰が……! そんなわけないでしょ!」
そうやって声を張り上げた彼女は、鼻息を荒くしながら茶髪の女に近づいた。
「お前たち、静かにしろ。仏の前だぞ」
二人の口論を一喝する男の声。彼女たちの傍らに二メートルを超える大男が立っていた。短く剃り上げた髪に、服が張り裂けそうに見えるほど張った胸筋。腕と脚は丸太のように太く、浮き出た血管は大木にまとわりつく蔦を思わせた。
「死ねば仏、彼らの魂の安寧を祈ろう」
男はそう言うと、犠牲者の骸に合掌し、念仏を唱え始めた。
「もう、怒られちゃったじゃない」
「はぁ……誰のせいよ」
懲りない様子で唇を尖らせた茶髪の女に、黒髪の少女は大げさに溜め息を吐き出した。
その三人から離れた位置に、横転したトラックの荷台から引きずり出した鋼鉄製の箱を見下ろすスーツ姿の男がいた。
整髪料で固められた黒髪に、神経質そうな顔立ち。がっしりとした体格の大男と対称的に細身である彼は、憧れの名画の前に立った少年のように、路面に置かれた箱に目を奪われていた。
「この中にあるんだな。葬魔の騎士、牛頭山猛の剣……破砦剣が」
恐る恐るといった様子で箱に手を触れた細身の男は、感嘆の声を漏らした。
鋼鉄製の棺桶を思わせるその箱には、幾重にも鎖が巻きつけられ、拳大の南京錠が取り付けられていた。一見すると何の変哲もない南京錠。しかし、何人もこの封を破ることは叶わないことを、彼は知っていた。
「それは彼ら葬魔の呼び名だ。これは我ら伏魔の刃――鏖魔神斬剣」
念仏を唱え終えた大男が彼の隣に歩み寄った。
「魔を鏖殺し、神を斬る。そのために鍛え上げられた剣だ」
「ちっ……名前なんてどうでもいい。俺たちは使命を果たした」
訂正された細身の男は、箱から離れると不機嫌そうに言い捨てた。
「権田。それよりも早く鍵を開けろ。用があるのは中身だけだ」
「うむ」
彼の言葉に短く頷いた大男――権田は箱の前に進み、膝立ちの姿勢で座り込む。
「ほう……葬魔の者が施したにしては複雑な術式だ」
そうして間近で箱を眺めた権田は、興味深そうな声を出した。
「いいからさっさとやれ。奴らが来るぞ」
「ははは……そう急かすな。手元が狂ったらどうする」
「ちっ……」
箱を調べる権田の後ろに立った細身の男は、苛立ちを露わにして何度も靴先で路面を打ち鳴らした。
「でも、なんか変じゃない……?」
男たちに近づいた黒髪の少女は、疑いの目で箱を見つめた。
「何が変なんだ」
「中身は本当にあの剣なの? こんなに警備が手薄なんておかしくない?」
少女が疑問を口に出すと、細身の男が彼女を睨んだ。
「篠道……貴様、俺が手に入れた情報を疑っているのか?」
篠道、と呼ばれた黒髪の少女は、困惑して眉をひそめた。
「違う。私は……うわっ!」
「もう、安治部君ったら……あんまりしのちゃんをいじめないの」
篠道に後ろから抱きついた茶髪の女にいたずらな視線を向けられ、細身の男――安治部は顔をしかめた。
「常盤、これはいじめではない。確認だ」
「そう……なら、いいわ。もしいじめたら、魔獣の餌にしちゃうんだから」
茶髪の女――常盤は唇を舌でなぞると、妖しげな笑みを浮かべた。
「じ、冗談に聞こえないな……」
彼女の笑みを目にした安治部は、頬を引きつらせた。
「いやはやこれは……」
安治部たちがいざこざを起こしている隣で鋼鉄製の箱を調べていた権田は、小さく唸って立ち上がった。
「どうした? 開けられないのか?」
箱を開けずに立ち上がった権田を目にした安治部は、彼に詰め寄った。
「箱を開けるには時間がかかりそうだ。隠れ家に運ぼう」
「え? 権田さんでも難しいんですか」
背後から抱きついていた常盤を引き剥がした篠道が尋ねると、権田は困り顔で後頭部をぼりぼりと掻いた。
「厳重に封が施されている。解除はできそうだが……なかなかどうして厄介だ」
「そう、まだ見られないの。残念ねぇ……」
鋼鉄製の箱を覗き込んだ常盤の背後に、巨大な犬を思わせる四つ足の魔獣――犬型獣鬼が足音もなく近寄っていた。
「ひっ――!」
四人の間近に迫っていた魔獣。その姿を目にした安治部は、声にならない悲鳴を上げた。
「あら……?」
背後を振り返った常盤は、恐れる様子もなく近寄ってきた犬型獣鬼に手を伸ばす。
「ふふふ……いい子ね。シェフ」
頭部から喉元へ優しい手つきで彼女が撫でると、“シェフ”と呼ばれた犬型獣鬼は嬉しげに喉を鳴らし、その頭部を彼女の体に擦りつける。
「お、おい! 俺に魔獣を近づけるな!」
「あら、この子は大丈夫よ」
怯えた安治部を見て、常盤はくすりと笑った。
「へぇ……よく躾けられているじゃない」
「社会性の高い犬型獣鬼とはいえ、ここまでとは驚いた。隷属の念信、見事なものだ」
常盤に甘える獣鬼を目にして、篠道と権田は感心の声を漏らした。
「ふふふ、男も魔獣も一緒よ……って、あら?」
他の餓鬼に押しのけられて餌にありつけなかった一匹が、食い散らかされた残飯を夢中で貪っていた。
「駄目じゃないの。もう……」
路面に広がる血だまりを気にもせず、彼女は餓鬼に近づいていく。そうして食事をしている餓鬼の隣で立ち止まると、困り顔でしゃがみこんだ。
「好き嫌いしちゃいけません。骨も髪もちゃんと食べなさい」
「おい」
遠方を見た安治部が呼びかけると、常盤はそちらに目を向けて頬を緩めた。
「ふぅん……気が利くじゃない。おかわりなんて」