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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP17 道標

「支部長! 俺の武器が出来たって本当ですか!」


 ノックもせずに遠慮なくドアを開けた隼人は、支部長室へ足を踏み入れる。


「な、長峰さん落ち着いて……」


 隼人の後を追って部屋に入った美鶴が、興奮している彼を諫めた。


「ああ、隼人君。戻ってきたんだね」


 だが、隼人の期待とは裏腹に支部長室の中にいたのは、ソファーに座っている圭介だけだった。


「なんだ……秋山さんだけか」


「そんなにがっかりしないでよ。へこむなぁ……」


 あからさまに肩を落とした隼人を見て、圭介は苦笑した。


「支部長はどちらに?」


 きょろきょろと室内を見回した美鶴は、圭介に尋ねた。


「ついさっきまでいたんだけどね……物資の引き渡しに間に合わないからって出て行ったよ。ああ、浅江ちゃんは支部長の護衛ね」


 護衛が終わったらお父さんとご飯を食べに行くみたいだよ、と圭介は付け足した。


「物資って何だ?」


「牛頭山猛が持っていた剣だって聞いたよ」


 それを聞いた隼人は、鉈を巨大化させたような大剣を思い浮かべた。


「あれ、うちで回収してたのか」


「君と牛頭山猛が戦った橋は、第三支部の管轄内だったからね。事後処理の時に回収したんじゃないかな」


 圭介の指摘を聞いた隼人は、顎に手を当てて考え込む。


 隼人と猛の放った瘴気の奔流が衝突し、炸裂した爆心地にありながら、猛の大剣はその姿を保ったまま、墓標のように路面に突き刺さっていた。


 二条の奔流が起こした爆発は、高い強度を誇る近代的なコンクリート橋を崩落させる威力があったにもかかわらず、である。


 今思えば、あの剣は尋常ならざる頑丈さだったのではないだろうか。


「本部の連中が欲しがるなんて……もしかして奴の剣は、ただの葬魔兵装じゃないのか」


「うーん、そうかもしれないね……」


「あの、葬魔兵装って何ですか?」


 聞き慣れない単語を耳にした美鶴は、すかさず圭介に尋ねた。


「あ、そうか。美鶴ちゃんはまだ聞いたことなかったんだ」


「はい」


「葬魔兵装っていうのは、簡単に言えば、魔獣と戦うために作られた武器や防具のことさ」


「俺や御堂が使う対魔刀は、もちろん葬魔兵装だ」


「ふむふむ」


 美鶴は相槌を打ちながら、圭介と隼人の説明を聞く。


「中には、特殊な効果を持つものもあってね。例えば隼人君に撃ち込まれた禁門の矢なんかがそうさ」


 圭介の説明を聞いていた隼人は、渋い顔を作った。


「俺に撃ち込まれた、は余計だろう……撃たれた数で言うなら、牛頭山の奴なんか針千本だったぞ」


「君、たまに面白いこと言うよね」


 感心した声で圭介がそう言うと、隼人はその表情をより険しくした。


「いつもは面白くないみたいだな」


「ごめんごめん。怒んないでよ」


 慌てて平謝りをした圭介は、咳払いをして再び口を開く。


「話を戻すけど、あの矢には伏魔の術式が刻まれていてね。撃った対象を痺れさせる効果があるんだ」


「麻酔や毒が塗られているわけではない、と……?」


「そういうことだね」


「術式というのは?」


「えっと、そうだなぁ……美鶴ちゃんは残留思念という言葉を聞いたことはあるかな」


「ええ、まぁ……」


「理不尽な死や暴力、裏切りへの怒り、恨み、憎しみ……そういう強い感情は長い年月を経ても、その場に留まり続ける。まるで焼け付いて消えない残像のように想いが宿るんだ。それを利用したのが術式さ」


「念信は意思の力。念信に籠めた意思を対象に刻むことで、念信の効果を付与する。そうすることで念信が使えない葬魔士でも念信の効果を発揮できるんだ」


「なるほど……」


「まぁ、口で言うのは簡単なんだけどね……術式を刻む、なんてことができるのは、一部の念信能力者に限られているみたいだよ。かなり高度な技術らしいから」


「らしい……?」


 答えに窮した圭介は、困り顔で髪をくしゃりと掻き乱した。


「術式を開発したのは、伏魔士なんだ。そのせいで詳しいことはほとんど分かってなくてね。今の説明は、僕の憶測も少し混じってるんだ」


「なんだ……どんな仕組みか分かってない物を使ってるのか」


 無意識に頭に浮かんだ感想を声に出した隼人に、圭介は眉根を寄せた。


「僕に言われても困るよ。僕、猟魔部隊の隊員じゃないし。そもそも念信は使えないし……」


「それに君だって仕組みの分からない物を使ってるじゃない。携帯電話とかテレビとかどんな仕組みで動いてるか全部説明できるかい?」


「む……それは、そうだな」


 先のお返しと言わんばかりに苛烈な勢いでまくし立てる圭介に言い負かされた隼人は、小さく唸るような声を出した。


「仕組みが分からなくても、使ってる物なんていくらでもあるんだよ。要は使えればいいんだから」


 そこで言葉を切った圭介は、突然、何かを思い出したように手を打った。


「あ、猟魔部隊の隊員で思い出した。君たちが助けた彼だけど、物資と一緒に引き渡すって言ってたよ」


「結局、あいつとは会わなかったな」


「私も面会できませんでした」


 二人の話を聞いた圭介は、小さくかぶりを振った。


「会わなくてよかったんだよ」


「……どうしてですか」


「彼は猟魔部隊の隊員だからね。もしかしたら、次に会うときは隼人君や美鶴ちゃんを襲うかもしれない」


「そんな……」


「いや、ありえる話だ」


「長峰さんまで……」


「情は剣を鈍らせる。だから、お互いに顔を知らないほうがいいんだ。隼人君はともかく、美鶴ちゃんのことを知られるのは、避けた方がいい」


 もう既に知られている、と言いかけた隼人だったが、不安そうな顔をしている美鶴を目にして、その言葉を飲み込んだ。


「ところで……俺の武器は?」


 そうして話を変えようと、隼人は本題を切り出した。


「ここにはないよ」


「ない……?」


 圭介の答えに困惑した隼人は眉をひそめた。


「うん。久納さんが取りに来いってさ。顔も見せない相手に剣は渡せないって」


「ああ、そういうことか」


 久納の性格を知っている隼人は、腑に落ちた様子で小さく頷いた。


「久納さん、というのは……?」


「久納さんは、凄腕の鍛冶屋さんなんだ。以前は葬魔機関の工廠で働いてたんだけど、今は独立して自分の工房を構えているんだよ」


「あの人は、腕の立つ職人だ」


 感じ入った様子で腕組みをした隼人がそう言った。


「長峰さんの武器は、その方に作ってもらっているんですか」


「ああ。工廠じゃ断られる武器もあるからな」


「対魔刀はともかく穿刃剣は、本来、伏魔士の武器なんだ。前にも話したけど、伏魔士の存在は、タブー視されてるからね。そんなわけで機関の工廠じゃ扱ってないんだよ」


「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつだな」


「憎まれてるのは、僕らの方だと思うんだけどね……」


 隼人の軽口に圭介は苦笑いをした。


「久納さんは、穿刃剣も扱っているんですか」


「ああ。あの人は金さえ積めば、断らない」


「あとはお酒かな。好きな銘柄を持っていくと、喜んで注文を聞いてくれるよ」


「ちなみに赤ワインを持ってくと怒られるぞ」


「どうしてですか」


「血の色に見えるから嫌なんだって。僕、怒られちゃった」


 当時のことを思い出したのか、圭介は困り顔で微笑した。


「前、秋山さんが解禁されたばかりの新酒を持っていったら、庭に投げられて怒鳴られたっけな……」


「な、なるほど……」


 二人の話を聞いた美鶴は、久納氏なる人物の性格を想像して、少し怖気付いた。


「でも、久納さんのところか……少し遠いな」


 宙を見ながら呟いた隼人の声を聞いた圭介は、小さく声を上げた。


「あ、そうだ。美鶴ちゃんと一緒に行ったらどうだい?」


「え……」


「二人とも支部に戻って来てから、しばらく外出してなかったでしょ」


「そうですね……」


 事前に外出許可を取っていない隼人は、窺うように圭介の顔を見た。


「いいのか?」


「大丈夫。支部長には、僕の方から話しておくよ」


「なら、頼む。俺は少し用意があるから、先に行く」


「じゃあ、私はロビーで待ってますね」


「ああ」


「隼人君、久納さんによろしくね!」


 分かった、と言うように後ろ手を振って返した隼人は、そのまま振り返らずに支部長室を出て行った。


「秋山さん、私も行きますね」


「ああ、うん……」


 言いづらそうに口籠った圭介を見て、美鶴は首を傾げた。


「あの、どうしました……?」


「美鶴ちゃん」


 圭介は改まった表情で美鶴を見た。


「はい?」


「隼人君を頼むよ。彼はすぐに迷うからね」


「えっと……迷子になっちゃうんですか」


「迷子か……ふふ、そうだね。彼には導いてくれる人が必要だ」


「導く……」


 美鶴の呟く声に、圭介は小さく頷いた。


「僕が一緒に行けたらよかったんだけどね。この体じゃ、足手まといになるだけだから」


「私に、できるでしょうか……」


 胸元に手を当てた美鶴は、圭介から視線を外して呟くように言った。


「君だから頼めるんだよ」


「え……」


 諭すような圭介の声を耳にして、美鶴はゆっくりと顔を上げた。


「美鶴ちゃんがいなかったら、隼人君は今、生きていなかった。彼には君が必要だ」


「そうですよね。もしものときには、私が封印しないと……」


 美鶴がそう言うと、圭介は小さくかぶりを振った。


「右腕の封印だけじゃないよ。君が君だから、頼んでいるんだ」


「私が私だから……?」


 圭介の言葉の意味することが分からない美鶴は、困惑した様子で彼を見た。


「上手く言えなくてごめんね。でも、これからも隼人君と一緒にいてくれると嬉しいな」


「……」


「どうかな?」


 沈黙を続ける美鶴の答えを促すように、圭介は尋ねた。


「それが……私にできることなら」


「うん、ありがとう」


 困ったような、はにかむような表情で答えた美鶴に、圭介は微笑みを浮かべて礼を言った。


「それでは、失礼します」


「気を付けてね」


 ドアが閉まったことを見届けた圭介は、どこか安堵した顔で深く息を吐き出した。


「それが私にできることなら、か……少し彼に似てきたかな」


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