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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP15 白熱する模擬戦

 二人の葬魔士が床を蹴った。気合いを込めた咆哮とともに翔が攻め、迎え撃つ隼人の得物が放つ乾いた快音が木霊する――その攻防たるや、とても模擬戦とは思えない尋常ならざる迫力があった。


 驚異的な脚力が生み出す凄まじい振動と後を追うように鳴り響く打撃音が、地下空間に幾重にも反響する。二人の戦いを観戦している者たちは、その衝撃で全身を撹拌されるようだった。


「これが……葬魔士の戦い」


「あれが人間の動きなの……?」


「俺たちと全然レベルが違う」


 それらの感想を耳にして、志穂は鼻を鳴らした。


 一応、後輩葬魔士たちは、新人の中では優秀な部類なのだろう。


 各地の支部が冠する数字は、序列を表す。つまり、この第三支部は、葬魔機関の序列第三位に位置する支部であることを意味している。


 数ある葬魔機関の中でも五本の指に入るこの支部に配属された彼らは、相応の実力を持っているはずなのだ。しかし、それはあくまで新人として。彼らの見つめる二人の葬魔士とは、力量に雲泥の差がある。


 井の中の蛙大海を知らず。未だ空を飛ぶことができない雛と大空を舞う成鳥では、まるで世界が違うのである。


 翔の不純な動機で始まったとはいえ、彼らに現実を突きつける意味では、この模擬戦は大いに意味があったのかもしれない。


「こいつでどうだ!」


 二刀流に変わった翔の手数は先の比ではなく、機銃掃射じみた凶悪さで隼人を襲い立てる。だが、さすがは斬魔の剣士。襲い来る斬撃の猛襲をいなし、躱し、あるいは打ち払い、その悉くを無力化する。


「や、やるじゃねぇか……!」


 隼人の防御の質が完全に変わったことを理解した翔は、劣勢を悟った。


 傍から見れば、攻め続けているのは、隼人ではなく翔である。一方的に攻めているのに劣勢とは、いかなることか。


 模擬戦当初の隼人は、どうにか翔の攻撃を凌ぎ、やり過ごすだけの受け身な防御だった。それが今では、翔の攻撃に応じて適切に対処し、反撃の糸口を探り、攻勢に転じようとする能動的な防御へと変化していたのだ。


 何度も剣の鍛錬を共にした二人は、互いに手の内を知っている。いかに攻め、いかに守るか。幾度も繰り返された一連の流れは、頭で考えなくとも、体が覚えている。


 ――ああ、この流れは、まずい。


 翔の顔に曇りが生じた。剣を握る手に汗が滲む。劣勢への不安を隠そうとするほど、それが体に表れる。


「な……!」


 突然、彼は背筋に冷たいものを感じた。戦場に立った者なら、一度は誰もが経験する死の恐怖。それに酷似する気配だ。


 眼前からその気配を感じた翔が視線を向けると、そこには木刀越しに見据える刃のような双眸があった。


「――っ!」


 隼人の鋭い眼光に見据えられ、翔の顔に焦りの色が浮かぶ。彼の目は、勝負を決する意思表示をしていた。


 後輩たちの手前、翔の面子もある。一方的な戦いになってはいけないと考えていた隼人だったが、その思考は既に消え去っていた。


「だけどよ――!」


 隼人に触発された翔が叫ぶ。二刀を振りかぶり、同時に叩きつけようとする構えは、二刀流専用剣技――双刃双砕の構えである。


 餓鬼の頭骨を容易く砕くこの剣技なら、隼人の防御を打ち崩すことも叶うはず。そう考えた翔は、渾身の力を込めて大上段から双剣を振り下ろす。


 だがここで、頭に血の上った翔は、双刃双砕の持つ弱点を失念していた。


 確かにこの剣技は強力であるが、構えてから振り下ろすまでに大きな隙がある。それゆえに隙を打ち消すことが肝要となるのだ。


 双刃双砕を多用する葬魔士は、その弱点を熟知しており、敵の反撃を受けないであろう機会を見計らって使用している。


 それらの定石を無視すれば、当然――


「外した……!」


 翔の攻撃は空振りに終わった。


 一度、攻撃を受ける素振りを見せた隼人は、前方に踏み込みつつ腰を捻って片足を引き、回れ右をするような回避機動で斬撃を躱し、木刀を空振りした翔を見送るようにして彼の側面から背面に回り込む。


「やっべ……」


 正気を取り戻した翔が後方を振り返ると、そこには冷めた瞳で木刀を構えた隼人がいた。最小限の振りで放つ胴を狙った超高速の横薙ぎ。それが放たれるコンマ二秒前、彼の攻撃を察知した翔は、無様を承知で遮二無二床を転がった。


 翔のすぐ背後を木刀が通り過ぎ、衣服の表面をさっと剣風が撫でた。


「くそ……」


 両手に剣を握っていたせいで、つんのめるようにして床を転がった翔は、悪態をつきながら起き上がる。剣が振られる前に動かなければ、回避は間に合わなかった。おそらく初見であれば、反応すら叶わなかったことだろう。隼人の斬撃を躱すことができたのは、偏に経験の賜物だった。


 まともに受け身が取れなかったため、翔は体のあちこちを打っていた。打撲の痛みに耐えながら彼が顔を上げると、手にした木刀を下ろしたまま、ゆっくりと歩み寄る隼人が見えた。


「ははっ……」


 近づいてくる隼人を目にした翔は、力なく笑みを浮かべる。


 笑うしかない、とはこのことだろう。


 奇襲以外に有効打はなく、正攻法では勝ち目が見えない。模擬戦が始まったばかりには軽かった手応えも、今では一撃が致命的な威力と化している。


「相変わらず強えな、畜生」


 ぼそりと呟いた翔は、木刀を支えにして立ち上がる。そんな翔の様子を、後輩葬魔士の一人が落胆した顔で見つめていた。


「なんだ……松樹先輩、大したことないじゃん」


「……でも、私たちじゃ、今のは躱せなかったよ」


「え?」


「あんな風に咄嗟に判断して回避する。きっと私たちにはできなかった」


「そ、そんなことねぇよ。俺だってできるぜ……多分」


 そう言った彼は、翔と隼人を見つめて手摺を強く握った。


「ふ……」


 口では強がりを言っているが、内心では己の未熟さを痛感していることだろう。きっと彼らは、いい葬魔士になる。そう確信した志穂は、口元をわずかに緩めた。


「そろそろ終わりにするか」


 淡々と隼人が言うと、翔は威嚇するように木刀を振るって声を張り上げた。


「ああ、てめえの敗北でな!」


 そう叫んだ翔は、力任せに木刀を投擲した。回転しながら飛来する木刀。楕円を描く軌道で飛ぶそれは、迂闊に弾けば、観客席まで飛んでいく恐れがあった。やむなく隼人は、飛来した凶器を床に叩き落とす。


 床に落ちた木刀が跳ね上がり、耳障りな音を立てた――次の瞬間、視界の端に迫る翔が見えた。


「っ――!」


 翔の狙いが、投擲した木刀を防がせることなのは、百も承知だった。なぜならそれは、隼人の十八番だったからだ。


 投擲した武器に意識を向けさせて隙を作り、本命の一撃を叩き込む。翔はその連携攻撃を模倣したのである。


「はぁぁぁぁ!」


 だが、隼人は躱さない。床に落ちて空中へ跳ね上がった木刀を掴み取り、翔の斬撃を防いだ。


「な、に……!」


 決着はあっけないものだった。


 翔の斬撃を防いだ隼人は、もう片方の手で握っていた木刀を翔の腹部に突きつけていた。付け焼き刃の戦術は、隼人には通用しなかったのである。


 一本先打。翔が提案したルールによって、彼の敗北が決定した。


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