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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP14 Don't Stand So Close

 訓練場に響き渡る炸裂音。それは木刀同士が打ち合った音だった。


 翔が繰り出した突進剣技――斬魔一閃。その突進の勢いを乗せて放たれた斬撃は、先の鍛錬で繰り出した時よりも遥かに鋭い一撃であったが、隼人は待ち構えていたように上段に木刀を構え、翔の斬撃を防いでいた。


「今の見えた……?」


「ううん、全然見えなかった」


「先輩、本気じゃなかったんだ」


「木刀ってあんな音、するんだな……」


 後輩葬魔士たちが次々に動揺を口にする。彼らには翔の動きが見えておらず、ただ結果を目撃したに過ぎなかった。


「ふっ――!」


 後輩葬魔士と翔の鍛錬を再現するように、受け止めた木刀を弾いた隼人は、翔の胴を目掛けて横薙ぎに木刀を振るった。


「おっと! 二度も同じ手は食わねぇよ」


 間一髪のところで身を翻して躱した翔は、得意げな笑みを浮かべる。そんな彼とは対称的に、木刀を振るった隼人は、ちらりと右手を見やって眉をひそめた。


「まさか……」


「おいおい、どうした! 戦いに集中しろ!」


 隼人の剣を躱した翔は、すかさず距離を詰め、二撃目を繰り出す。


「はっ!」


 左肩に迫る袈裟斬りを掬い上げるようにして打ち払った隼人は、返す刃で反撃の横薙ぎを放つ。だがそれは後方に跳んだ翔に避けられ、またも木刀は宙を斬った。


「鈍い……っ!」


「んな軽い剣が当たるかよ! さっきから眠たいことしやがって……こいつでどうだ!」


 そう叫んだ翔は、着地した脚に力を込め、木刀を構えて走り出す。緩く弧を描く軌道で駆ける翔。脚力に任せて強引に加速するその突進は、先の速度の比ではない。


 まともに受けるのは悪手である、と判断した隼人は、即座に回避を試みる。


「なっ……!」


 しかし、彼の体は動かなかった。攻撃を躱そうと身構えた隼人は、思うように力の入らない左脚に気付き、愕然とした。


「隙あり!」


 そんな隼人の不調を知る由もない翔は、ここぞとばかりに斬魔一閃を放った。


「――っ!」


 突進の速度が上乗せされた斬撃を咄嗟に構えた木刀で防ぐも、その勢いは殺しきれず、隼人は大きく体勢を崩した。


「まだまだ!」


「ぐ……!」


 窮地に立たされた隼人目掛けて、執拗に翔の追撃が襲う。しかしそれでも、隼人の体に翔の木刀が届くことはなかった。


 足捌きを封じられても、彼にはそれを補う卓越した技術と豊富な戦闘経験がある。真剣ではなく木刀であることの利点を活かし、木刀を短槍のように持ち替えた隼人は、防御に徹して翔の猛攻を凌ぎ続けた。


「おいおい……剣士が槍術の真似事か!?」


「得物にはそれぞれ利点がある。刃のないこいつだからこそ、できる戦いもあるってことだ」


「はっ、言うじゃねぇか! 教官らしくなってきたな!」


 戦闘の熱に当てられて高揚した翔は、凶暴な笑みを浮かべて再び攻勢を強める。


「長峰さん……」


 防戦一方になった隼人を見守ることしかできない美鶴は、そのもどかしさに彼の名を呟いた。


 そうして身を捩るように組み替えた脚が何かに触れた。ふと足元に視線を落とすと、それは手摺壁の陰で体育座りをしている志穂だった。観戦に夢中になっていた美鶴は、隣にいる彼女のことをすっかり忘れていたのだ。


「……あ、ごめんなさい」


 壁に背中を預けて体育座りをしている志穂は、模擬戦を見ずに携帯ゲーム機で遊んでいた。


「梅里さんは見ないの?」


 模擬戦が始まってなお、ゲームに没頭している彼女に、美鶴は尋ねた。


「見なくても、音で分かる」


「音で……?」


「床を擦る靴の音。木刀を打ち合う音……耳を澄ませれば、それで分かる」


 そこで一度、言葉を切った志穂は、窺うような視線を美鶴に向けた。


「あなたは、彼らの動きを目で追えるの?」


「それは……」


 これが歴戦の戦士なのだろう、と美鶴は志穂への認識を改めた。自分が彼女と同じことをしても、戦況は分からない。彼女は彼女なりに、この戦いの動向を知る方法を理解しているのだ。


「あっ……」


 突然、何かに気付いたように志穂が声を上げた。


「どうしたの?」


「隼人、脚の調子悪いの?」


「え――!」


 志穂に隼人の不調を問われた美鶴は、瞠目した。たった数度の攻防。しかも音を聞くだけで、この少女は彼の不調を察知したのだ。


「打撃も軽い……何かあった?」


「猟魔部隊に襲われた時に左脚と右腕を矢で撃たれて……それと念信攻撃も」


「禁門の矢に念信、そう……」


 ゲームを一時停止して片手を離した志穂は、顎にその手を当てて考え込む。


「もしかしたら……」


「なに?」


「隼人、負けるかも」


「えっ……」


 志穂の口から語られた予想外の言葉に、美鶴は呆然とした。


 だがそれも長くは続かなかった。体内を突き抜けるような衝撃が、階下から響いてきたのだ。


「――!」


 その正体は、信じられないことに木刀が放った打撃音だった。美鶴が慌てて身を乗り出して下を見ると、翔の攻撃を防いだ隼人が表情を歪めて後退するところだった。


「長峰さんが押されてる……!」


 予想外の戦況を見た美鶴は、動揺の声を漏らした。


「この支部には、第一小隊から第四小隊まである」


「えっ……?」


 唐突に切り出された志穂の話に、美鶴は首を傾げた。


「特戦班を除けば、数字が小さいほど、強力な部隊」


「それって……!」


 彼女の言葉の意味を理解した美鶴は、その目を見開いた。


「そう。翔は第一小隊に配属されてる。それは彼の強さの証明」


「――!」


「万全なら、隼人は負けない。でも、不調なら話は別……このままじゃ、危ない」


 淡々とした志穂の言葉が終わった途端、一際大きな打撃音が鳴った。


「どうしたどうした!? 守ってばかりじゃ、勝てねぇぞ!」


「ぐ……」


 苦悶を漏らした隼人を見て、翔の顔に優越感が満ちていく。


「さぁて、そろそろいくか! こいつが俺の必殺剣――翔舞旋斬蹴!」


 助走をつけて空中に跳躍した翔は、身を捻らせて回転する。次々に放たれる斬撃と蹴りのコンビネーション。その絶え間ない連撃が、隼人に襲い掛かる。


「っ――!」


 だが、その連続攻撃は、いずれも隼人に直撃することはなかった。迫る木刀を薙ぎ払い、蹴りをいなし、嵐のような猛攻を凌ぎきった。


「おいおい……これを防ぐのかよ」


 隼人の反撃を避けるために、連続攻撃の最後に強烈な蹴りを放って彼を突き飛ばした翔は、軽く息を吐き出した。


「え、蹴りって……」


「いいのかな……?」


「模擬戦って言ってたけど……なんでもアリ?」


 後輩葬魔士たちが続々と困惑を口に出した。


「っ……」


 翔の蹴りを防いだものの、後退を余儀なくされた隼人は、自身の不調を実感して奥歯を噛んだ。


 右腕と左脚に撃ち込まれた禁門の矢と過剰な念信攻撃による後遺症。その痺れがわずかに残っていたが、そのわずかな痺れがまさかここまで戦闘の支障になるとは思っていなかった。


 いつものように踏み込むことができず、剣の振りも思うままにならず、肝心なところで攻めあぐねる。


 実は、二回目の攻防――翔の袈裟斬りを打ち払い、横薙ぎに派生した反撃には続きがあった。先の二撃で隙を作った隼人は、締めの袈裟斬りで確実に止めを刺すつもりだったのだ。だが、横薙ぎは躱され、最後まで連携が続かなかったのである。


 先の戦闘で負った後遺症は、隼人の想定よりも重かったのだ。


 もし、この模擬戦を経験せずに実戦を迎えていたら、自らの命どころか仲間の命を危機に晒す可能性があっただろう。


「そういやお前、病み上がりだったか」


 渋い顔をしながら剣を構え直した隼人を見て、翔は薄ら笑いを浮かべた。


「それがなんだ」


「ハンデいるか?」


「いらん!」


 大きく吠えた隼人は、剣を振りかぶって床を蹴る。その瞬間、彼の姿は影となって消えた。


「え、消えた……!」


「先輩より速い!?」


 後輩葬魔士が隼人の姿を見失った直後、彼は翔の目の前に現れる。隼人は既に剣の間合いに踏み込んでいた。そうして瞬時に振り下ろされる木刀が、翔の肩口目掛けて空を奔る。


「先輩、危ない!」


 後輩葬魔士の忠告と同時に、耳をつんざく打撃音が響いた。


「へっ……これだよ、これ。この重さ! まともに食らうと相変わらずやばいの。んでも、お前の剣は、こうじゃねぇとな!」


 曲げた腕をクッションにしながら木刀を盾にし、翔はどうにか隼人の斬撃を防いでいた。


「おい。さっきの蹴りは、アリなのか!?」


 押し合う木刀越しに隼人が尋ねると、翔は愉快そうに鼻を鳴らした。


「あ? ナシって言ったか?」


 そう言った翔は、隼人の胸に肘鉄を叩き込んで距離を開けると、間髪入れずに木刀を振り下ろす。


「長峰さん!」


 悲鳴じみた美鶴の叫びが訓練場に響き渡る。その叫びに気を取られた志穂は、とうとう手摺壁の陰から顔を出した。


「っ……」


 鳩尾に肘を叩き込まれ、苦しみに悶える隼人だったが、それも束の間。苦しみを怒りに転化した彼は、歯を食いしばって顔を上げ、迫る刃を睨みつける。


 そうして彼の左肩に木刀が直撃する刹那、反攻の好機を捉えた瞳がぎらりと輝いた。


「がっ――!」


 途端、翔の手の内に爆弾が炸裂したような衝撃が伝わる。思わず木刀を手放してしまいそうになる強烈な威力。音をも置き去りにする瞬速の剣閃が、彼の持つ剣に命中したのだ。


 そうして振り下ろされた木刀を弾いた隼人は、弾かれた勢いでよろめいた翔に、仕返しと言わんばかりに鋭い後ろ蹴りを放った。


「ぐぉ……!」


 胸元をまともに蹴り込まれた翔の体は宙に舞い、後方に置いてあった竹刀立てにぶち当たってようやく止まった。


 翔がぶつかった竹刀立ては派手な物音を立てながら倒れ、中にあった数本の木刀を床にばら撒いた。


「あいてて……へっ、やっとギアが入ってきたか」


 痛みを押し殺して起き上がった翔は、服に付いた埃を払いながら隼人を挑発した。


「ああ」


 暖機は済んだ。不調を補う術は見つけた。一連の攻防を経験した隼人は、自身の肉体の操縦方法を把握していた。


「んじゃ、こっちもそろそろ本気でいくか」


 翔はそう言うと、もう片方の手で二本目の木刀を拾い上げ、二刀流の構えを取る。


「……今まで本気じゃなかったのか」


「あ? 当たり前だろ。最初から本気じゃ、俺もお前も見せ場がなくなっちまうからな」


「さてと……お行儀よく剣士ごっこは、これで終わりにしようや」


 首を左右に捻って鈍い音を鳴らした翔は、白い歯を見せつけるように笑みを作った。


「ああ。なら――」


 彼の意図を読んだ隼人は、目の高さで構えた木刀の剣先を翔に向け、秘めた闘志を露わにする。


「おうよ! こっからがショータイムだ!」


 二刀を振るって見栄を切った翔は、まるで獅子のように吠えた。




いつもご愛読ありがとうございます。

作者の織部です。今回のサブタイトルは、某曲のタイトルからお借りしています。(ジャンルはユーロビートで合っているでしょうか……間違っていたらごめんなさい)

この場をお借りして御礼申し上げます。

さて、やってきましたバトル回! あと二話ほど二人の戦いは続き、その少し後でしばらく出番がなかった魔獣たちがやっとこさ出てくる予定です。

どうか気長にお待ちいただければ幸いです。それでは失礼いたします。

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