EP13 standing by
観客席に並んだ後輩葬魔士たちから少し離れた位置で、美鶴は隼人と翔を見下ろしていた。二人から美鶴を引き離した少女は、落下防止のために設けられた手摺壁の陰に体育座りをして携帯ゲーム機で遊んでいる。
「大丈夫」
「え?」
不意に隣から聞こえた少女の声に驚いた美鶴は、彼女の横顔をじっと見つめた。
「隼人は負けない」
「……長峰さんのことを知ってるの?」
「うん」
「あなたは……?」
自分を凝視する美鶴の視線が気になったのか、ゲーム機の画面から目を離し、ちらりと美鶴を見返した。
「梅里志穂」
空色の髪をした少女は、そう名乗った。
「葬魔士、第一小隊所属」
「第一小隊……松樹さんと同じ部隊なの?」
「うん。二人とも昔から知ってる」
「昔から……?」
「一緒に戦った」
無表情のまま、淡々と語る少女を見た美鶴は、驚きに目を見開いた。
彼女の年頃は、その見た目から推し量るに、まだ一〇代半ばといったところである。小柄で華奢な体躯は、眼下にいる葬魔士のそれとは大きく異なり、制服のスカートから伸びた両脚はあまりにか細い。同じ女性葬魔士であっても、浅江のように鍛え上げられて引き締まった脚とは、また違う。
この少女――梅里志穂の言葉が本当なら、一体いつから葬魔士として戦っているのだろう。いや、それ以上に、触れれば壊れてしまいそうなほど脆く見える志穂が、あの獰猛な魔獣に太刀打ちできるとは、美鶴には到底考えられなかった。
そうして美鶴が志穂を見つめていると、忙しなく動く指先に自然と視線が行った。
「あ……それってもしかしてクリハン?」
たまたま携帯ゲーム機の画面が目に入った美鶴は、志穂に尋ねた。
“クリハン”とは、クリーチャーハンターの略であり、その名のとおりクリーチャーをハントするゲームである。
「知ってるの?」
勢いよく顔を上げた志穂は、ぱっと目を輝かせながら美鶴を見つめた。
「え、ええ……昔、お父さんが遊んでたから」
豹変した志穂の様子にやや困惑しながらも、美鶴は答えた。
今は亡き彼女の父は、俗に言うゲーマーだった。まだ幼かった美鶴は一緒に遊ぶことができず、父がゲームで遊んでいる姿を眺めるだけに過ぎなかった。
「美鶴は?」
「私はやったことなくて……」
「じゃあ、一緒にやろう」
志穂はそう言うと、もう一台の携帯ゲーム機を制服の内ポケットから取り出した。
「えっと……今?」
美鶴の問いに、志穂はこくりと頷いて返した。
「ごめんなさい。今、それどころじゃなくて……」
「……残念」
がっくりと肩を落とした志穂を見て、美鶴は申し訳ない気持ちを覚えた。
「あ、それなら……今度、一緒に遊びましょうか」
「うん」
美鶴の提案に表情を明るくした志穂は、大きく頷いて返した。仕草のせいか、美鶴には目の前の少女が見た目以上に幼く見えた。
「ふーゆみーん!」
眼下からいきなり大声で呼ばれ、驚いた美鶴は、肩をびくんと跳ね上げた。
「呼んでる」
翔の声がした方向を見ながら、真顔に戻った志穂が言った。
「は、はい! なんでしょうか……?」
手摺から顔を覗かせた美鶴が恐る恐るといった様子で尋ねる。
「合図頼むよ!」
右手で剣を握っている翔は、空いている左手を大きく振った。
「合図……?」
「模擬戦開始の合図。“用意、始め”って言って」
見兼ねた志穂は、壁の陰から助け舟を出した。
「分かりました」
数メートル下の剣を構えている隼人を見ると、彼は美鶴を見つめ返して無言で頷いた。
「長峰さん……」
その呟きは、誰に届くこともなく宙に消えた。
「……っ」
これから剣を交える二人よりも、美鶴は緊張していた。
戦闘開始の合図を出すため、彼女は深く息を吸う。
「用意――」
片手を振り上げて、美鶴が声を張り上げた。
静寂に包まれた訓練場に少女の声が響き、対峙する二人の葬魔士の闘志が熱気となって周囲に満ちていく。
その緊迫感に圧倒された若き葬魔士たちは、手摺を握って息を呑んだ。
「始め!」
手を振り下ろすとともに、美鶴は戦闘開始を宣言する――その瞬間、地下に炸裂音が轟いた。




