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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP10 告解

 支部長室を飛び出した隼人は慰霊室に訪れていた。彼が座る木製の長椅子の前には、無数の燭台に囲まれるようにして立つ巨大な墓碑があり、その墓前には、花と線香が供えられていた。それらはいずれも隼人が供えたものだ。


「はぁ……」


 支部長での一件を思い出した隼人は、深い溜め息を吐き出した。


 実家のこと――父親について話題に上がると、つい頭に来てしまう。悪い癖だと自覚していながらも、やはり苛立ちを抑えることができなかった。


 おそらく実家のことだけなら、こうはならなかっただろう。それは他の葬魔士からも尋ねられることがあり、不快に感じることはあっても慣れている。


 だが、玄造は隼人にとっての地雷を、一つ一つ丁寧に踏み抜いた。


 美鶴を蔑ろにしたことに始まり、父親のことに触れ、そして右腕についてからかった。段々と不快感は増していき、感情が綯い交ぜになり、どうしようもない苛立ちとなった。


「何も冬木に当たることないだろ……悪いことしちまった」


 後悔に耽り、俯いていた頭を上げると、墓前に供えた線香が既に半分以上も燃えていたことに気付く。隼人が部屋に入る前から火の灯されていた三本の蝋燭も、いつの間にかすっかり短くなっていた。


 それらを目にして想像以上に時間が過ぎていたことを知った隼人が、再び溜め息を吐き出したその時、背後の扉が開いた。


「あ……やっぱり、ここにいたんですね」


 部屋の入口に立っていたのは、美鶴だった。彼女が追ってくることを微塵も考えていなかった隼人は、激しく動揺した。


「冬木……どうして」


「秋山さんが“隼人君なら、多分、いつものところだよ”っておっしゃってたので」


 部屋の扉を閉めた美鶴は、圭介の口調を真似てそう言った。


「そうじゃない。俺、お前に……その、八つ当たりしたのに」


「あ、えっと……そのことですか」


 少し困ったような笑みを浮かべながら、隼人に近づいた美鶴は、彼の前を通り過ぎると、長椅子の前で立ち止まった。


「隣、いいですか?」


 どこか緊張した美鶴の声を耳にして、隼人は彼女の様子を訝しんだ。


「え、ああ……」


 長椅子にはまだ十分なスペースがあったものの、隼人からそう離れていない位置に美鶴は腰を下ろす。


「……」


 美鶴の様子を窺おうとして、隼人がちらりと隣に視線を向けると、彼女は床をじっと見つめていた。蠟燭の火に照らされた美鶴の横顔は、憂いを帯びた表情をしていた。


 何を考えているのか、その横顔から読み解くことのできない隼人は、支部長室での出来事についてどう謝罪の言葉を切り出すか悩んでいると、美鶴はわずかに腰を浮かせ、彼に一歩近づいて座り直した。隼人が手を伸ばせば、指先が届きそうな距離。そんな絶妙な位置に美鶴は座った。


 そうして彼女は一呼吸置いてから隼人の方に向き直ると、その頭を深々と下げた。


「ごめんなさい。私、何も知らなくて……」


「いや……お前は悪くない」


 彼女の謝罪に慌てた隼人はどうしたらいいか分からず、何度も顔を向けては逸らしてを繰り返す。


「不快な気分にさせてしまったのに、気付きませんでした。だから……ごめんなさい」


「っ……」


 まだ頭を下げ続ける彼女を見た隼人は小さく唸り、髪をくしゃりと掻き乱す。


「……俺、実家の話が苦手でさ」


 深く息を吐き出してから、隼人はそう言った。


「……え?」


 隼人の声に怒気が含まれていないと理解した美鶴は、やっとその顔を上げて彼の顔を見た。


「守護四聖なんて言われても、本家はとっくに滅んで、残った分家だった俺の家が役目を押し付けられただけだ」


「役目……?」


 墓碑を見つめたまま、語り出した隼人の横顔を見て、美鶴が尋ねた。


「守護四聖は、葬魔機関を設立した四家であると同時に、四つに分割された呪堕の肉体――分体を監視する大役を与えられた。いわゆる名誉職ってやつだ」


「それが結界守護役ってお役目。その役目に任命された葬魔士は、呪堕の分体を封じた大結界を監視することになる」


「監視……ですか」


「監視といっても、結界を維持するための点検や管理は、本部から派遣された葬魔士や専門の職員がする。守護役は、ただ見ているだけでいい。責任者としてそこにいることを求められる」


「え……?」


「結界守護役なんて大層な名前だが、実際にはただの飼い殺しだ。なんせ結界の管轄から離れることは許されない。それに結界に何かあれば、守護役の責任にされる。命じられることは名誉であっても、望んで任命されたいとは思わない」


「本部から派遣された葬魔士だって、守護役を見張るための口実だ。結界なんて碌に見やしない。呪堕の分体と機関に都合の悪い人間、どっちを封じているのか分かったもんじゃない」


「どうしてそんなこと……」


「本部は……青龍院家は、他の守護四聖を恐れてるんだ。錦の御旗として再び担ぎ出されるんじゃないかって」


「守護四聖の四家のうち、現役の葬魔士が残ってるのは、青龍院と長峰だけ。ま、そんなわけで俺と俺の実家が目の敵にされてるってところだ」


「家を追い出された俺は、もう何の関係もない。なのに、その家に生まれただけで、長峰って名字だけで一方的に疎まれる。俺もこの支部に来たばかりの頃は、大変だった。色々と嫌がらせもされた」


「だからかな……実家の話は、どうも苦手なんだ」


 一通り話し終えた隼人は、胸に残った不快感を押し流すように天井を見上げて息を吐き出した。


「そうだったんですね……」


「あの……」


「ん?」


 躊躇いがちに声をかけた美鶴に、隼人は平静を装って返事をする。


「話を聞いていて思ったんですけど、もしかして長峰さんのお父様が長峰さんを追い出したのは、結界守護役というお役目を継がせたくなかったからでは……?」


「まさか、あの男がそんなこと考えるもんか」


 美鶴の考えを吹き飛ばすように、隼人は鼻で笑って返した。


「でも、そう考えると納得できる気がするんです」


「あの男……長峰飛燕は、そんな男じゃない」


「じゃあ、どんな方なんですか?」


「どんなって……」


 何やら視線を感じた隼人がそちらを向くと、美鶴は興味に満ちた眼差しで彼を見つめていた。


「はぁ……しまった。迂闊なことを言うんじゃなかった」


 根負けした隼人は、渋い顔で深く息を吐き出した。


「前に俺が勘当された話、したよな」


「はい」


「俺も正直、あの男のことはあんまり知らないんだ。小さい頃に追い出されたから。ただ、一つだけ言えることがあるとすれば……」


「あるとすれば?」


 言い淀んだ隼人の話の続きを促すように、美鶴は尋ねた。


「あの男は、俺よりも強い」


「えっ……」


 獣鬼を倒し、牛頭山猛を退けた隼人は、美鶴にとって無敵の葬魔士だった。そんな隼人の口から語られた言葉に衝撃を受けた彼女は、思わず驚きの声を漏らした。


「認めたくないが……多分、今の俺でも勝てない。剣士としてなら、間違いなく葬魔機関最強だ」


「そんなに……ですか」


「斬魔の剣士って称号も俺が継承するまでは、あの男のものだった」


「……!」


「継承なんて言えば、聞こえはいいが、実際には違う。金にがめついどこぞの機関が、金払いを渋って報酬代わりに寄越しただけだ。あの男から剝奪して、な」


「そうだったんですか」


「俺は、俺なんかよりもこの称号にふさわしい人間を知ってる。それに貰った経緯が気に食わない。俺にとっては……忌々しい呼び名だ」


「……」


 隼人の言葉に美鶴は沈黙で返し、そこで一度、会話が途切れた。


「……冬木」


 まるで床が抜けないようにそっと足を踏み出すような慎重さで、隼人は彼女の名を呼んだ。


「はい?」


「さっきは悪かった」


 美鶴に向き直った隼人が頭を下げると、彼女は困ったように微笑んで首を横に振った。


「いいえ。私、長峰さんのことをもっと知ることができてよかったです」


「……そうか」


 美鶴の微笑みを目にした隼人は、どこか安堵した表情で頷いた。そうして長椅子から立ち上がって伸びをすると、墓碑の前にある献花台に目をやった。


「線香、すっかり短くなっちまったな」


「そういえば、この部屋は……?」


「ん……知らなかったのか」


「すみません。まだ支部の中を全然把握してなくて……」


「慰霊室。葬魔機関の礼拝堂みたいなもんか」


「瘴気の除去技術が未熟だった時代は、瘴気に汚染された遺体を埋葬することは、土を穢す禁忌とされていた。だから、隔離された専用墓地にまとめて埋葬されてたんだ」


「当然、近づくのも危険だから、墓参りだってできない。そこで作られたのがこの慰霊室ってわけだ」


 美鶴から視線を外した隼人は、墓碑の方に目を向けた。


「……昨日の戦死者は、三人だな」


「どうして分かるんですか」


「火のついてる蠟燭を数えれば分かる」


 隼人の言葉に従って、美鶴は墓碑の周りにある火の灯された蝋燭を数えた。


「三本、そういうことですか」


 納得した美鶴がそう呟くと、隼人は小さく頷いた。


「ああ。今でも慣習として戦死した葬魔士を祀ってるんだ」


 続きを話すか悩んだ隼人は、束の間、沈黙した。


「……俺の育ての親もここにいる」


「もしかしてこの部屋によく来るのは……」


「ああ、お察しのとおりだ。いつも任務が終わる度に来てるんだ。その……無事、帰れたって報告も兼ねて」


 言葉の最後に、隼人は少し照れくさそうな様子で苦笑した。


「そうだったんですね……」


 そんなどこか柔らかさを感じる隼人の表情に釣られるように、美鶴は口元をふっと緩めた。


「さて、そろそろ戻りましょうか。秋山さんを手伝わないといけませんし……」


 椅子から腰を上げた美鶴はそう言って、隼人の背後を通り過ぎる。


「え? ああ……そうだな」


 口ではそう答えたものの、隼人は墓碑の前で突っ立ったままだった。


「長峰さん?」


 足を止めて振り返った美鶴がきょとんとした顔で尋ねると、隼人は困ったように首の後ろを掻く。


「まだ支部長室に戻りたくないんだ。なんか気まずいっていうか……少し寄り道してから戻る」


「寄り道ってどちらに……?」


「寄り道は……寄り道だ。支部の中をちょっと歩いてくる」


「……そういうことでしたら、支部の中を案内していただいてもいいですか?」


 隼人の心情を汲んだ美鶴は、少し考えてからそう提案した。その提案を聞いた隼人は、彼女の厚意に気恥ずかしさを覚える。


「秋山さんの手伝いはいいのか? さぼりになるぞ」


 照れを誤魔化すようにそう嘯くと、美鶴はくすりと微笑んだ。


「長峰さんがそれ言っちゃいます?」


「うっ……」


 いたずらな笑みを浮かべた美鶴に痛い所を突かれた隼人は、小さく呻き声を漏らした。


「怒られても知らないからな」


「大丈夫です。怒られるとしても、二人なら二分の一で済みますし」


「……二倍にならなきゃいいけどな」


 呆れ声で返した隼人だったが、その顔はどこか穏やかだった。


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