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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP08 思わぬ来訪者

 豪快に扉を開ける音がして、立派な口髭を蓄えた白髪の中年男性が部屋に入ってきた。彼は、隼人や圭介と同じ男性用の制服――機関服を着用していることから、葬魔士であることが窺える。そして遠目からでも分かる肩幅が広くがっしりとした体格は、その肉体が戦うために鍛え上げられていることを物語っていた。


「失礼。東雲支部長はこちらかな?」


「なっ――!」


 その男を目にした浅江は、面食らった。


「あなたは……?」


 特戦班の面々の前を通り過ぎて陽子の前に立った男に、美鶴が尋ねた。


「御堂玄造。浅江の父だ」


「御堂さんの……!」


 美鶴が目を丸くして玄造を見つめると、彼はわずかに頬を緩ませた。


「ふっ……どうやら娘が世話になっているようだね。お嬢さん」


「あ、いえ……お世話になっているのは私の方で……」


 美鶴の話が終わる前に、玄造の顔は隼人の方を向いていた。話の途中で口を噤まされた美鶴を不憫に思った隼人は、玄造に強い不快感を覚えた。


「君と会うのは久しいな……長峰君」


「ご無沙汰してます」


 じっと見つめる玄造の視線から逃れるように、隼人は軽く頭を下げた。


「君は、牛頭山猛と戦ったそうだね」


「……はい」


「猟魔部隊を退けたあの男から生き延びるとは、さすがだ。斬魔の長峰と呼ばれるだけのことはある。君のお父上もさぞかし鼻が高いだろう」


「……」


 ありがとうございます、と隼人は形ばかりの返事を返そうとしたが、言葉に詰まった喉から声が出ることはなかった。


「とにかく無事で何よりだ。君には、まだまだ頑張ってもらわないと困る」


「はい」


「ところで長峰君。私はいつになったら孫の顔を見られるのだろう」


「……はい?」


「ち、父上……!」


「ま、ご……?」


 隼人が訝しんで眉をひそめ、浅江は赤面しながら動揺した声を上げた。そして二人は気付かないが、その傍らで突然のことに呆然とした美鶴が硬直していた。


「俺も娘さんもまだ二〇歳ですよ。それにそういう関係じゃ……」


「そうです父上! 私と隼人はそのような関係ではありません!」


 二人が揃って反論すると、玄造は納得した様子で頷いた。


「ふむ……仲は良好のようだが?」


「あのですね。俺は……」


 魔獣に体を侵蝕されていることを言いかけて、隼人は俯きながら閉口した。玄造は隼人の体のことを知ったうえでからかっているのだ。


「っ……!」


「……なにかね?」


 玄造は隼人の横顔を凝視して彼に言葉の続きを促した。


「御堂さん、からかうのはその辺にしてください」


 不穏な空気を感じ取った圭介は、やんわりとした口調で彼を制した。


「おや、私としては本気だったのだがね。彼は守護四聖の一角、長峰家の出だ。血筋は保証されている。娘の相手としては、実に申し分ない」


「……」


 玄造が隼人の家について触れた途端、彼の眉がぴくりと跳ねた。


「父上、もう……!」


「はぁ……」


 そんな玄造たちのやり取りを見ていた陽子は、わざとらしく深い溜め息を吐き出した。


「御堂課長、私に用があったのでは?」


「おっと、そうでした。久しぶりに来ると、つい余計なことまでしゃべり過ぎてしまう。いけない、いけない……」


「娘さんの前では、話しづらいこともあるでしょう。応接室に案内しますよ」


「それはありがたい。なるべく人目を避けたい話もありますので」


「浅江、今日は久しぶりに食事でもどうだろう。もちろん東雲支部長のお許しが出れば、だが……」


 陽子の様子を窺うように玄造が視線を送ると、間髪入れずに


「どうぞ」


 と、陽子は返した。


「それはありがたい。では、浅江。また後でな」


「は、はい……父上」


「秋山、後は任せる」


「了解しました」


 陽子と玄造が支部長室を去り、扉がわずかに音を立てて閉まった。


「あの方が御堂さんのお父様、ですか……」


 扉が閉まったのを見届けてから、少しばかり疲れた表情で美鶴が呟いた。


「冗談にしては少しやりすぎだぞ……父上」


「うん。ちょっとからかいすぎだね……」


 浅江の言葉を聞いた圭介は、苦笑しながらそう言った。


「あの……秋山さん」


 頃合いを見計らって、美鶴が圭介に声をかけた。


「ん……? 何だい?」


「さっきの話に出ていた守護四聖って何ですか?」


「え……あ、そうか。美鶴ちゃんは知らなかったか」


 美鶴が圭介に尋ねると、彼は話しづらそうに額を掻いた。


「葬魔機関を設立した偉大な四家のことだよ。青龍院、北上、虎西……そして長峰」


「長峰……って、長峰さんのお家ですか?」


「俺の家じゃない。俺ん家は分家だ。それに俺は勘当されたから無関係だ」


「ご、ごめんなさい」


 あらぬ方向に顔を背け、不機嫌そうに吐き捨てた隼人に、美鶴は慌てて謝った。


「気にしないで美鶴ちゃん。隼人君が勝手に拗ねてるだけだから」


「拗ねてない」


 顔を背けたまま、隼人はぶっきらぼうに言い放った。


「ちなみに葬魔機関のトップは、青龍院家さ。青龍院家は強い権力を持っていてね。設立当初から代々、葬魔機関を取り仕切っているんだ」


「要は悪の親玉だろ。伏魔士を裏切った主犯格だ」


「君はどうしてそう自分の組織を悪く言うかな」


「現にこうして被害を受けてるからな。不愉快だ」


「まぁ、気持ちは分かるけど、こうして平和を維持してるのは事実だし……浅江ちゃんのお父さんだって、君の家を評価してるんだから」


「俺、家柄で人を見る奴は苦手だ」


 苛立ちを隠さずにそう言った隼人は三人に背を向けると、支部長室の入り口に向かって速足で進んでいく。


「あ、ちょっと……長峰さん!?」


 部屋を出て行く隼人を呼び止めようとした美鶴の肩に、浅江が手を置いた。


「しばらく放っておけ。隼人の前で実家の話は鬼門なのだ」


「あちゃあ……言い方、まずかったかな」


 後頭部を掻いた圭介は、美鶴が暗い顔をして俯いていることに気付く。


「……」


「美鶴ちゃん、大丈夫だよ。その内、けろっとした顔で帰ってくるから」


「それならいいんですけど……」


 心配そうな声でそう言った美鶴は、隼人が出て行った扉をしばらく見つめていた。

「ねぇ、浅江ちゃん。支部長に何を言おうとしたの?」

「父から連絡があったのだ。本部から使者が来る、と……まさか父本人だとは思わなかったが」

「サプライズのつもり、かな。あの人らしいといえばらしいけど……」

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