EP08 思わぬ来訪者
豪快に扉を開ける音がして、立派な口髭を蓄えた白髪の中年男性が部屋に入ってきた。彼は、隼人や圭介と同じ男性用の制服――機関服を着用していることから、葬魔士であることが窺える。そして遠目からでも分かる肩幅が広くがっしりとした体格は、その肉体が戦うために鍛え上げられていることを物語っていた。
「失礼。東雲支部長はこちらかな?」
「なっ――!」
その男を目にした浅江は、面食らった。
「あなたは……?」
特戦班の面々の前を通り過ぎて陽子の前に立った男に、美鶴が尋ねた。
「御堂玄造。浅江の父だ」
「御堂さんの……!」
美鶴が目を丸くして玄造を見つめると、彼はわずかに頬を緩ませた。
「ふっ……どうやら娘が世話になっているようだね。お嬢さん」
「あ、いえ……お世話になっているのは私の方で……」
美鶴の話が終わる前に、玄造の顔は隼人の方を向いていた。話の途中で口を噤まされた美鶴を不憫に思った隼人は、玄造に強い不快感を覚えた。
「君と会うのは久しいな……長峰君」
「ご無沙汰してます」
じっと見つめる玄造の視線から逃れるように、隼人は軽く頭を下げた。
「君は、牛頭山猛と戦ったそうだね」
「……はい」
「猟魔部隊を退けたあの男から生き延びるとは、さすがだ。斬魔の長峰と呼ばれるだけのことはある。君のお父上もさぞかし鼻が高いだろう」
「……」
ありがとうございます、と隼人は形ばかりの返事を返そうとしたが、言葉に詰まった喉から声が出ることはなかった。
「とにかく無事で何よりだ。君には、まだまだ頑張ってもらわないと困る」
「はい」
「ところで長峰君。私はいつになったら孫の顔を見られるのだろう」
「……はい?」
「ち、父上……!」
「ま、ご……?」
隼人が訝しんで眉をひそめ、浅江は赤面しながら動揺した声を上げた。そして二人は気付かないが、その傍らで突然のことに呆然とした美鶴が硬直していた。
「俺も娘さんもまだ二〇歳ですよ。それにそういう関係じゃ……」
「そうです父上! 私と隼人はそのような関係ではありません!」
二人が揃って反論すると、玄造は納得した様子で頷いた。
「ふむ……仲は良好のようだが?」
「あのですね。俺は……」
魔獣に体を侵蝕されていることを言いかけて、隼人は俯きながら閉口した。玄造は隼人の体のことを知ったうえでからかっているのだ。
「っ……!」
「……なにかね?」
玄造は隼人の横顔を凝視して彼に言葉の続きを促した。
「御堂さん、からかうのはその辺にしてください」
不穏な空気を感じ取った圭介は、やんわりとした口調で彼を制した。
「おや、私としては本気だったのだがね。彼は守護四聖の一角、長峰家の出だ。血筋は保証されている。娘の相手としては、実に申し分ない」
「……」
玄造が隼人の家について触れた途端、彼の眉がぴくりと跳ねた。
「父上、もう……!」
「はぁ……」
そんな玄造たちのやり取りを見ていた陽子は、わざとらしく深い溜め息を吐き出した。
「御堂課長、私に用があったのでは?」
「おっと、そうでした。久しぶりに来ると、つい余計なことまでしゃべり過ぎてしまう。いけない、いけない……」
「娘さんの前では、話しづらいこともあるでしょう。応接室に案内しますよ」
「それはありがたい。なるべく人目を避けたい話もありますので」
「浅江、今日は久しぶりに食事でもどうだろう。もちろん東雲支部長のお許しが出れば、だが……」
陽子の様子を窺うように玄造が視線を送ると、間髪入れずに
「どうぞ」
と、陽子は返した。
「それはありがたい。では、浅江。また後でな」
「は、はい……父上」
「秋山、後は任せる」
「了解しました」
陽子と玄造が支部長室を去り、扉がわずかに音を立てて閉まった。
「あの方が御堂さんのお父様、ですか……」
扉が閉まったのを見届けてから、少しばかり疲れた表情で美鶴が呟いた。
「冗談にしては少しやりすぎだぞ……父上」
「うん。ちょっとからかいすぎだね……」
浅江の言葉を聞いた圭介は、苦笑しながらそう言った。
「あの……秋山さん」
頃合いを見計らって、美鶴が圭介に声をかけた。
「ん……? 何だい?」
「さっきの話に出ていた守護四聖って何ですか?」
「え……あ、そうか。美鶴ちゃんは知らなかったか」
美鶴が圭介に尋ねると、彼は話しづらそうに額を掻いた。
「葬魔機関を設立した偉大な四家のことだよ。青龍院、北上、虎西……そして長峰」
「長峰……って、長峰さんのお家ですか?」
「俺の家じゃない。俺ん家は分家だ。それに俺は勘当されたから無関係だ」
「ご、ごめんなさい」
あらぬ方向に顔を背け、不機嫌そうに吐き捨てた隼人に、美鶴は慌てて謝った。
「気にしないで美鶴ちゃん。隼人君が勝手に拗ねてるだけだから」
「拗ねてない」
顔を背けたまま、隼人はぶっきらぼうに言い放った。
「ちなみに葬魔機関のトップは、青龍院家さ。青龍院家は強い権力を持っていてね。設立当初から代々、葬魔機関を取り仕切っているんだ」
「要は悪の親玉だろ。伏魔士を裏切った主犯格だ」
「君はどうしてそう自分の組織を悪く言うかな」
「現にこうして被害を受けてるからな。不愉快だ」
「まぁ、気持ちは分かるけど、こうして平和を維持してるのは事実だし……浅江ちゃんのお父さんだって、君の家を評価してるんだから」
「俺、家柄で人を見る奴は苦手だ」
苛立ちを隠さずにそう言った隼人は三人に背を向けると、支部長室の入り口に向かって速足で進んでいく。
「あ、ちょっと……長峰さん!?」
部屋を出て行く隼人を呼び止めようとした美鶴の肩に、浅江が手を置いた。
「しばらく放っておけ。隼人の前で実家の話は鬼門なのだ」
「あちゃあ……言い方、まずかったかな」
後頭部を掻いた圭介は、美鶴が暗い顔をして俯いていることに気付く。
「……」
「美鶴ちゃん、大丈夫だよ。その内、けろっとした顔で帰ってくるから」
「それならいいんですけど……」
心配そうな声でそう言った美鶴は、隼人が出て行った扉をしばらく見つめていた。
「ねぇ、浅江ちゃん。支部長に何を言おうとしたの?」
「父から連絡があったのだ。本部から使者が来る、と……まさか父本人だとは思わなかったが」
「サプライズのつもり、かな。あの人らしいといえばらしいけど……」




