EP07 特戦班全員集合
隼人が不服そうに顔をしかめると同時に、ドアがノックされた。独特のリズムは、特戦班に所属する者が使用する暗号である。
「どうぞ」
部屋の主である陽子に代わって圭介が入室の許可を出した。
「……失礼します」
返ってきた声が陽子のものでないことに訝しんだのか、室内の様子を探るようにドアの隙間から浅江が顔を覗かせる。
「御堂」
「む。隼人か……秋山さんと冬木もいるのだな」
見知った三人がいたことに安堵した浅江は、緊張を解いた。
「どうしたんだい?」
「支部長に用が……」
「支部長は、まだ戻ってないね」
「応接室に行った。客が来たんだと」
圭介が先に答え、隼人が補足した。
「ふむ。それは困った」
「何が困った?」
「それが……ふむ?」
その声は浅江の背後から聞こえた。不思議に思った浅江が振り向くと、彼女の後ろに腕組みをした陽子が立っていた。
「し、支部長!」
「何を驚く……ほら、どいてくれ。中に入れん」
「失礼しました」
陽子に謝った浅江は、慌ててドアを開けて彼女に進路を譲った。
「支部長。客が来ているのでは?」
そう圭介が尋ねると、陽子は不快そうに鼻を鳴らした。
「ふん。応接室に行ったら誰もいなかったんだ」
「いなかった?」
「まぁ、いい。私は別に彼らに用はない。それに指令室に顔を出すきっかけになったのは、好都合だった」
「何か連絡があったのですか?」
「そうだ」
支部長席の椅子に腰を下ろし、隼人たちを見た陽子の顔に満足げな笑みが浮かぶ。
「ほう、これは……」
陽子が笑みを浮かべた意味を察した圭介は、杖を使わずにさっと立ち上がり、支部長席の前に立つ。それに続いて隼人と浅江も立ち上がり、美鶴は慌てて二人の後を追った。
そうして陽子の前に四人が整列した。
「葬魔機関第三支部特殊作戦班一同、御前に」
圭介はそう言うと、陽子に頭を下げた。隼人と浅江も続いて頭を下げ、自分がその一人に含まれていると察した美鶴は、困惑しつつも三人に倣った。
「揃ったな。我が精鋭たちよ」
四人を眺めた陽子の満足した声。その声を合図にして、圭介たちは面を上げた。
「新たな者を迎え入れ、再びこうして相まみえることができたことを嬉しく思うぞ」
「さて、全員が揃ったところで新たな任務を伝えよう」
支部長の命を前に、隼人たちの表情が張り詰める。
「お前たち、特戦班の任務。それは纏魔甲冑の捜索だ」
「――!」
陽子の命令を聞いた三人の葬魔士は、動揺を露わにした。
「本部から各支部へ正式に通達があった。本部施設に秘蔵されていた纏魔甲冑が盗まれた。直ちに奪われた鎧を捜索せよ、とな」
「噂は真実だったか」
「でも、妙ですね。彼らが素直に認めるなんて……」
訝しんだ隼人と圭介が次々にそう言った。
「情報が漏れたことを察知したらしい。いつもなら本部としての体裁を気にして情報を揉み消そうと動くはずだが、どうやらなりふり構っていられない状況のようだ」
「正直、連中の言うことを聞くのは癪だ。しかし、こちらとしても鎧を探す方便ができるいい機会だ。これを利用しない手はない」
「……まさか」
動揺に震える圭介の声を聞いて、陽子の口元に笑みが浮かんだ。
「ああ、お前の考えているとおりだ。秋山」
「どういうことだ?」
陽子と圭介の会話が理解できなかった隼人は、動揺を隠すように口元を覆った彼に尋ねた。
「支部長は……纏魔甲冑を横取りしようと考えているんだ」
「なっ、そのようなことをすれば……!」
浅江が言葉の途中で絶句する。本部の所有物である鎧を横取りすれば、最悪、命を以て償うことになることは、想像に難くない。
「横取りとは人聞きの悪い。少し拝借するだけだ。用が済んだら返す」
「その用は、すぐに済むんですかね……」
苦々しい表情を浮かべた圭介は、呆れた声を出した。
「ふん、奴らだって力を持て余しているんだ。あの鎧は観賞用じゃない。ただ飾っておくなら、五月人形でも飾っておけ。私の目的のため。ひいては葬魔の悲願のため。有効利用させてもらう」
「支部長は、纏魔甲冑を手に入れてどうなさるおつもりですか?」
それまで黙って話を聞いていた美鶴が口を開いた。
「ふっ、安心しろ。悪いようにはしないさ。私は、他の誰よりも上手くあの鎧を使う方法を知っている」
「……」
答えになっていません、と言おうとした美鶴だったが、陽子の獰猛な笑みに黙殺された。
「魔獣殲滅を理想と掲げる葬魔士にとって、纏魔甲冑は絶対的な力の象徴だ。あの鎧を手にした者こそ、葬魔士社会の趨勢を決めると言っても過言ではない。呪堕を討ち倒す可能性を秘めたあの鎧は、同時に呪堕に匹敵する脅威となる」
「仮に使う意志はなくとも、保有しているだけで葬魔士から恐れられるでしょうね。脅迫されたらまず逆らえない」
「そんな危険なものを手に入れろって言ったのか、あいつ……」
心の声をつい口に出した隼人だったが、それが陽子の耳に届くことはなかった。
「本部が躍起になっているのは、悪用されることを恐れているからですか」
「そうだ。我々は悪用を防ぐためにも、目的のためにも他の支部や本部よりも先にあの鎧を手にしなくてはならない」
そこで言葉を切った陽子は、不服そうに鼻を鳴らした。
「しかし……残念ながら公に存在を秘匿されている我々は、大々的に動くことは難しい。諜報部の情報収集にも限界がある。そこでお前たちには、独自に鎧の捜索を頼みたい」
「無論、お前たちには葬魔士としての務めがある。捜索は可能な範囲で構わない。だが、鎧の手掛かりを見つけたら、そちらを優先してくれ」
「了解しました」
特戦班を代表して圭介が応答した。
「よろしい。特戦班以外の各隊への通達は、後日になる。では、解散」
そう言うと、陽子は脱力した様子で椅子にもたれかかった。
「なぁ、御堂。お前、支部長に用があるんじゃなかったのか」
陽子の話が一段落したと判断した隼人は、浅江に声をかけた。
「ああ、そういえば部屋に入る時もそんなことを言ってたな」
「う、うむ。支部長、実は――」
浅江が陽子に用件を伝えようとした瞬間、前触れもなく支部長室のドアが開かれた。
斬魔の剣士をご愛読いただきありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
なお、今後の更新については、三が日の間は更新できそうですが、その後は不定期となりそうです。ご了承ください。




