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斬魔の剣士  作者: 織部改
第三章 深まる闇
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EP06 葬魔と伏魔Ⅱ

 こほん、と咳払いをした圭介は、改まった表情で口を開いた。


「時は平安。都には瘴気が溢れ、魔獣が跋扈していた。民は魔獣と瘴気の霧によって脅かされ、都を守る優秀な兵士たちでも打開策を見出せない状況に帝は頭を抱えていた。そこに伏魔士と自称する集団が現れた。彼らは強力な兵を引き連れていた」


「葬魔士だな」


 と、隼人が補足すると、圭介は首肯して話を続けた。


「伏魔士たちは、誰に頼まれるわけでもなく、魔獣から民を守るために戦った。最初こそ胡散臭い集団だと思われていた彼らは、魔獣と懸命に戦う姿を見た民に称賛され、注目を集めることになった」


「その活躍は、やがて帝の耳にも届いた。彼らは自身の力の源が帝の威光であると主張し、彼らのおかげで帝も求心力を増していった。でも、伏魔士が帝に認められたのは、魔獣と戦った功績だけではなかった」


「都では魔獣と同時に瘴気による汚染が猛威を振るっていた。当時は医学が未発達でまともな薬も設備もない。体を瘴気に汚染されたら、自力で治癒するか死を待つかその二択しかなく、宮廷の医師ですら、まじないや祈祷に縋るのが精一杯だった」


「その猛威を鎮めたのは、伏魔士だった。彼らは、瘴気の汚染に対する特効薬を持っていて治療法も既に確立していたんだ」


「彼らは瘴気の治療法を教えるだけでなく、瘴気が発生する源泉の位置を特定し、人々から隔離したうえに、瘴気が濃い場所には近づかないよう注意喚起を徹底した。まだ防疫という概念がなかった時代にまるで感染症の予防をするように、ね」


「権力争いに明け暮れる朝廷の貴族たちと違い、民にも献身的な姿勢で奉仕する伏魔士の姿に帝は心を打たれた。そうした数々の功績を帝に認められ、彼らは徐々に影響力を増していった。帝は伏魔士を擁立し、いつしか朝廷内では彼らは無視できない存在になった。何をするにも、まず伏魔士に伺いを立てるようになったんだ」


「しかし、そうなるとおもしろくないのは、取り巻きの貴族たちだ。貴族たちの意見を聞かず、伏魔士の声を聞くようになった帝を、彼らは疎ましく思った。当然、伏魔士を危険視した貴族たちは、彼らを排除しようとする気運が強まる」


「とはいえ、相手は強力な兵を擁する武装集団。生半な兵では返り討ちにあうのが関の山だ」


「……なら、どうやって?」


 話の続きを予想しながらも、自分の予想が外れてほしいと思いながら美鶴は尋ねた。


「だから……その兵を取り込んだ。伏魔士を排除するために彼らの兵を利用したんだ。悪を討った英雄になると吹き込んで。大いなる栄誉と引き換えに味方につくよう、兵たちを唆した」


「そんな……」


 予想していたとはいえ、圭介から告げられた言葉のショックが大きかった美鶴は、顔を背けるように目を伏せた。


「そして兵は寝返った。伏魔士は帝の威光を宣伝してばかりで、兵たちの扱いを疎かにしたんだ。蔑ろにされた兵の怒りは当然だった」


「彼らは……」


 その続きを口に出すことを躊躇った圭介は、目の前の二人から床へと視線を移した。


「……伏魔士の方々は、どうなったのですか?」


 美鶴に話の続きを促された圭介は、意を決して口を開いた。


「皆、殺された」


「――!」


「伏魔士狩り。彼らへの反逆は、あまりに一方的な戦いだったことから、そう呼ばれている」


「裏切りの報酬として与えられた栄誉。それが葬魔機関の設立だった。今日まで続く葬魔機関の歴史は、伏魔士への裏切りが始まりだったんだ」


 そこで言葉を切った圭介は、深く息を吐き出してから二人に視線を戻した。


「だから伏魔士のことを公に語ることはタブー視されている。葬魔機関にとって……そして葬魔士にとって都合がよくないからね。多分、鍵の巫女も同じような理由で隠蔽されているんだろう」


「……葬魔士にとって不都合、か」


 猛の話では、鍵の巫女に選ばれた念信能力者の少女たちが、呪堕を封じた大結界の封印式を持続させるため、その身を犠牲にしたとのことだった。犠牲になった少女たちのことを考えた隼人は、その表情をより一層険しくした。


「教本に載ってなくて当然だな」


「教本?」


 きょとんとした顔で美鶴が尋ねた。


「葬魔士の教科書のことさ。伏魔士については、葬魔士の学校――教導院でも教えないから」


「えっと……それなら秋山さんはどうやって知ったのですか?」


「葬魔士になってしばらくしてから、こっそりと教えられたよ。でも、話を聞いた時は信じられなくてね……後になって自分で色々と調べたんだ」


「そうだったんですか……」


「なぁ、秋山さん。さっきの話、伏魔士は皆殺しって言ってたが、保護された伏魔士もいたんじゃなかったか」


「彼らの持つ技術や知識を見返りに、ね。結界や対瘴気加工技術といった葬魔機関の基幹技術は、伏魔士由来のものが多い。一部の伏魔士は、そういった技術や知識を提供することで保護されたんだ」


 まぁ、さすがに纏魔甲冑の製造法は教えてくれなかったみたいだけど、と圭介は付け加えた。


「他に生き残った伏魔士はいないのでしょうか?」


「それが……伏魔士狩りを逃れた生き残りは、結構いるらしいんだ。教徒のようなものだからね。自分は伏魔士だって名乗らないと分からないし、外見的特徴で判別は難しい。それこそ告発でもない限り、誰が伏魔士かなんて分からない。そんなわけで伏魔士狩りを逃れた末裔が、今もどこかに隠れて暮らしているって噂さ」


 そう言って圭介は、軽く息を吐き出して苦笑した。


「ふぅ……まさかこんな話を君たちにするとは思わなかったよ。あ、そうだ。せっかくだし、何か質問はあるかな?」


 圭介が教師然とした口調で二人に尋ねると、その調子に合わせて、隼人は気だるげに挙手した。


「はい、隼人君」


 指名された隼人は、うんざりした様子で嘆息して手を下ろした。


「伏魔士って確か念信も得意だったんだよな?」


「うん。伏魔士が魔獣相手に優位に戦えた理由として、念信をうまく使いこなしていたって話は聞いたことがあるね。敵の誘導や攪乱に利用していたとか」


「あの……」


 気恥ずかしそうに軽く挙手した美鶴を見た圭介は、その必要はない、というように苦笑しながら手を振ってみせた。


「もしかして念信能力者が珍しいのは、伏魔士狩りのせいですか?」


「その影響はあるだろうね。念信の習得は、本来、能力者の間で口伝されるものだ。念信を扱うせいで伏魔士であることが発覚することを恐れた彼らは、その技術を秘匿したからね」


「なるほど……」


「なぁ、都に現れた魔獣って伏魔士が呼んだんじゃないか? あまりに都合がいい気がするんだが……」


「うん……もしかしたら瘴気も魔獣の群れも伏魔士による自作自演だったかもしれない」


「やっぱりそうか」


「けど、どうかな……正直、どこまで信じていいのか僕には分からない。歴史は勝者が作るものだからね」


 煙に巻くような圭介の言葉に、隼人は眉をひそめた。


「じゃあ、何が正しいんだ?」


「君の感じたものが答えさ」


「え……?」


「例えるなら、狙撃と一緒だよ。用意した銃と弾、標的の情報と観測結果。そして最後に自分の感覚。それらを統合して、当たると信じて引き金を引くしかない。でも、どれだけ判断材料を集めても、引き金を引くか最後に判断するのは、自分の直感なんだ」


 強引な例えかもしれないけどね、と付け加えながら、圭介は話を続けた。


「僕は当事者じゃない。だから、伝えられたことを自分の頭で考えて正しいと思ったことを信じるしかないんだ」


「……なんか誤魔化された気がする」


 釈然としない顔で隼人が呟くと、圭介は苦笑した。


「ははは……君がそう思ったなら、それが答えだよ」


「その返しは卑怯だろ?」


斬魔の剣士をご愛読いただき、ありがとうございます。

続きをお待たせして申し訳ありません。遅筆ながら書き進めておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。

さて、話は変わりますが、活動報告の方には、キャラ設定等を掲載しております。本編では出てこない裏設定もありますので、よかったらご覧になってください。

ちなみに裏設定の一つをお話すると、伏魔士という名称は、当初“陰陽師”として考えていました。なので、当てはめるとストンと落ち着く部分もあると思います。

では、長くなるといけないので、この辺りで。どうか、よいお年をお迎えください。

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