EP05 葬魔と伏魔
隼人と美鶴の二人が支部長室に入ると、来客用のソファーに秋山圭介が座っていた。彼の目の前にある膝ほどの高さの机の上には、本や冊子が山積みになっており、圭介は、その中の一冊と思われる古びた冊子を読んでいた。
「ありがとう美鶴ちゃん……って、あれ? 隼人君、もう大丈夫なのかい?」
手にしていた古びた冊子を閉じた圭介は、顔を上げて隼人たちを見た。
「ああ、大丈夫だ」
運んできた本を机の上に置いた隼人が答えると、圭介は安堵の息を吐き出した。
「それならよかった。美鶴ちゃんと会ったんだね」
「ああ、廊下でばったりと」
「そっか」
隼人から視線を外した圭介は、机の上に置いた本を整理している美鶴の方を見た。
「美鶴ちゃん悪かったね。まだ脚が本調子じゃなくてさ」
圭介は困り顔で右脚を擦った。先日の戦闘で負傷した彼の右脚は切断され、生体義足を移植されている。彼の座るソファーに立て掛けられた松葉杖を見ると、まだ歩行に支障があるのだろう。
「大丈夫です。私はこんなことでしかお役に立てませんから……」
「そんなことないさ。助かるよ。ああ、そうだ。隼人君もありがとう」
取って付けたように圭介に礼を言われた隼人は、曖昧な表情で頬を指で掻いた。
「あ、ああ……それでこれは何なんだ? 歴史書ばかり持ってきて……」
「支部長の命令でね。浅江ちゃんや隼人君が牛頭山猛から得た情報について調べているんだ。呪堕、纏魔甲冑、葬魔の騎士……そして鍵の巫女。支部の資料室なら何か手がかりがあるんじゃないかと思ってさ」
「そういうことか」
隼人はソファーに腰を下ろすと、冊子の山から一番上に置かれていた薄い冊子を無造作に手に取った。
「あっ、そういや支部長が秋山さんならもうじき答えを見つけるって言ってたぞ」
「えぇ……そんなに期待されると困るなぁ……」
そう言って頭に手をやった圭介は、髪をくしゃくしゃと掻きまわした。
「今のところ大した成果はないんだ。あったと言えば、どの歴史書にも共通する違和感があること……かな」
冊子の頁を捲っていた隼人の指がぴたりと止まる。
「違和感?」
「うん。葬魔の歴史を語るうえで、呪堕を倒した葬魔の騎士の存在は避けて通れない。こうして絵になっているくらい有名だしね。当然だけど、その記述はあるんだ」
圭介はちらりと壁に飾られている絵画に目をやった。その絵画には、巨大な魔獣――呪堕と対峙する葬魔の騎士が描かれている。
「でも、呪堕を封じたとされる鍵の巫女については、全然、記述が見当たらないんだよね」
「変ですよね。なんだか意図的に消されてるような……」
「おっ、美鶴ちゃんもそう思うかい?」
自分と同様の事柄に美鶴が疑念を抱いていたことに驚いた彼は、目を丸くした。
「はい。私も何冊か目を通しましたが……鍵の巫女には触れたくないというか。記録に残しておきたくない雰囲気があるというか。そこだけ不自然な空白がある感じがします」
美鶴の推測を聞いた隼人は、何かに気付いたようにはっとした。
「……隠蔽されてるってことか」
隼人の呟きを聞いた圭介は、口元を拳で覆って目の前にある本の山を睨んだ。
「葬魔機関にとって不都合な事柄……だとすると、伏魔士絡みかな」
「伏魔士だと……! あ、いや、それなら合点がいくな」
隼人の驚きの表情は、すぐに納得の表情に変わった。
「伏魔士……?」
聞いたことのない単語を耳にした美鶴は、繰り返すように呟いた。
「葬魔機関が組織される以前に魔獣を倒していた優れた知能と卓越した技術力を誇る者たちのことだよ。簡単に言うと、葬魔士が兵なら伏魔士は将。葬魔士と対になる存在さ」
「葬魔士を従えていた、ということですか?」
「そう。伏魔士に従う報酬として彼らの知識と技術を授かることで、葬魔士は魔獣相手に有利に戦うことができたんだ」
「美鶴ちゃんは、偽装拠点の結界を憶えているかい?」
美鶴は隼人と出会った夜のことを思い出す。偽装拠点に逃げ込んだ美鶴たちの後を追ってきた餓鬼の群れを阻んだのは、偽装拠点の外周を覆うようにドーム状に展開された半透明の壁だった。
「はい」
「結界の基礎技術を生み出したのは、伏魔士なんだ。彼らの理論を基に結界の発生装置は作られたんだよ」
圭介の説明を聞いた美鶴は、首を傾げた。
「え……ちょっと待ってください。葬魔機関が組織される前って一〇〇〇年以上前ですよね?」
「そうだよ。それだけの技術力が彼らにはあったんだ。さっき話に出た纏魔甲冑だって彼らが作ったんだよ」
「そうなのか!?」
隼人の驚愕した声を聞いて呆れ顔になった圭介は、横目で彼に視線を送った。
「隼人君。君には知っていて欲しかったんだけどな……」
「……すいません。俺も詳しくは知らなくて」
圭介の落胆した声を耳にした隼人は、恥ずかしそうに後頭部を掻きながら謝った。
「伏魔士……か。でも、彼らなら鍵の巫女とも関わりがあっても不思議じゃないね」
ふと圭介は何か思いついたのか、ぽんと手の平を叩いた。
「うん、いい機会だ。美鶴ちゃんにも知っておいてもらいたいし、少し伏魔士の話をしよう。隼人君も復習のつもりで聞いてくれるかな」
「はい」
美鶴が端的に答えると、隼人も彼女に続いて頷き返した。




