EP04 廊下にて
診察を終えて医務室を出た隼人は、先日の戦闘の最中、牛頭山猛が言ったことを思い出しながら、廊下を歩いていた。
「汝、自身を知れ……か」
「ふん、まるで俺が自分のことを知らないみたいだな」
そう鼻で笑ってみせても、隼人は内心深く動揺していた。
猛は、隼人の右腕――魔獣の宿る魔蝕の右腕についてよく知っている素振りだった。そして彼が言った言葉の数々――隼人のことのみならず、呪堕の大封印に関わる鍵の巫女に待ち受ける残酷な運命。それを考えれば、考えるほど不安という名の暗雲が、彼の心を覆い尽くしていくようだった。
「俺は……」
白い包帯の下に隠れた右腕に視線を落として機械的に足を動かす隼人は、ぼんやりと廊下を歩いていた。
すると、目の前――廊下の曲がり角から、顔が隠れるほどに積み重ねた本を腕に抱えて歩く少女が現れる。
「なっ――!」
「きゃっ!」
当然のことながら、互いに気付いていなかった二人は、まともにぶつかってしまい、受け身も取れずに派手に倒れた。そうして少女の運んでいた大量の本が、辺り一面に散乱した。
「いてて……」
「うっ……」
勢いよく尻餅をついた二人は、散らばった本に囲まれるようにして座り込んだ。
「あれ……?」
そうして顔を上げた二人は、ぶつかった相手を目にして互いに驚きの表情を浮かべる。
「冬木……!」
「長峰さん!?」
隼人とぶつかった少女。それは隼人と陽子の会話に出ていた冬木美鶴だった。
「あいたた……」
本を持っていたせいで受け身も取れずに尻餅をついた美鶴は、痛みに顔をしかめながら腰を擦った。
「悪い。大丈夫か?」
「大丈夫です。私の方こそ不注意でした。ごめんなさい」
先に我に返った隼人は、散らばった本を拾い集める。
「いや、俺の方こそぼうっとしてたから……って、どうしてこんなに本を運んでるんだ?」
「秋山さんのお手伝いです」
本を拾いながら答えた美鶴の声を聞いた隼人は、束の間、本を集める手を止めてしまう。
「秋山さんの……? ああ、そういや支部長が秋山さんに調べさせるって言ってたな。冬木は何か話を聞いてるか?」
「えっと……騎士がどう、とか鎧がどう、とか。秋山さんと支部長が話しているのを聞きました。詳しくは分からないんですけど……」
「……そうか」
どうやら美鶴は、纏魔甲冑や葬魔の騎士について詳細は知らないようだ。隼人が猛から聞き、陽子に報告した内容は、美鶴に伝わっていないのだろう、と彼は推測した。
「本、支部長室に運ぶように言われたのか?」
「いえ、支部長も後で見るかもしれないと思ったので、私が秋山さんに提案しました」
「そうか。でも、こんなにたくさん運ぶなら、台車を使えばよかったんじゃないのか」
そう隼人に指摘された美鶴は、困り顔で肩を落とした。
「それが……置き場に見当たらなくて」
「さては使った後に戻してないな……ったく」
悪態をついた隼人は一冊の本を拾い上げると、その表紙を目にして手が止まった。
「葬魔の歴史、か……」
手に持った本から目を離し、他の本を見ると、やはり歴史書の類である。
牛頭山猛は、隼人の求める答えは過去にある、と言っていた。もしかしたら、このいずれかの本に何かしらの手がかりがあるかもしれない。
「……よし」
活路を見出したような予感がした隼人の顔が、少しだけ明るくなった。そうして積み上げた本を腕に抱えて立ち上がる。
「長峰さん?」
集めた本を抱え上げた隼人を見上げて、美鶴がきょとんとした。
「持ってく」
隼人がそう言うと、美鶴は慌てて立ち上がった。
「え、あの……困ります」
「ぶつかったのは、俺も悪かったから」
「でも……」
おそらく周囲の人目を気にしているのだろう。隼人一人に持たせるのは、ばつが悪いのだ。そんな美鶴の心情を察した彼は、積み重なった本の山から一冊だけ抜き取り、彼女に差し出した。
「んじゃ、半分。いや、これだけ頼んでいいか?」
「あっ、はい……あの、ありがとうございます」
「……ああ」
本を胸に抱きかかえた美鶴を見た隼人は、彼女に短く頷いて返すと、支部長室へと歩き出した。




