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斬魔の剣士  作者: 織部改
第一章 邂逅の夜
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EP07 偽装拠点到着、そして

 山中の戦いは驚くほどあっけなく終わった。隼人の念信に釣られて引き寄せられた餓鬼の群れは、馬鹿正直に真っ向から攻めてきたのだ。策もなく無闇に突っ込んでくる餓鬼は、二人の葬魔士にとって取るに足らない相手だった。圭介は対物ライフルの残弾を使い切ることとなったが、残った敵は隼人が難なく掃討した。


 念信に答える餓鬼がいなくなったことを確認した二人は、機関に連絡を済ませると下山し、偽装拠点に向かう。帰宅ラッシュの時刻は過ぎていたが、万一渋滞に巻き込まれることを懸念した圭介は、市街地を大きく迂回して車を走らせ、市街地とは真逆の方角から工業団地へと進入していった。


 倉庫や工場の並ぶ工業団地の一角にその目的地があった。敷地の周囲は背の高い緑色の網フェンスに囲まれ、入り口は頑丈そうな電動スライド式のゲートが閉まっていた。外見は周囲に並んでいる倉庫とさほど変わらないが、ここが葬魔機関の偽装拠点の一つだった。


 夜間は普段、無人であり、定期の巡回時以外は監視カメラや動体、赤外線及び瘴気を感知する複合センサーを備える防犯システムによって警備している。


 偽装拠点には防犯のために電子ロックによる施錠が施されており、誰かが開錠しなければ中に入れない。圭介はゲートの手前で車を止めると、隼人を降車させた。ゲートがロックされていることを確認した隼人は、警察手帳にも似た折り畳み式の機関手帳を胸元から取り出し、ゲートに据え付けられたインターホンのカメラに向けて、中の身分証が映るように開いて掲げた。


 身分証に仕込まれた情報を読み取ったインターホンから高い電子音が鳴り、施錠が解除されたゲートがゆっくりと開いていく。機関手帳をしまった隼人はそのまま乗車せずに腰の刀に手を添えて、周囲を警戒する。


 ハンヴィーが通れる幅だけゲートが開くと、圭介は完全に開き切るのを待たずに車をゲートの中に入れ、倉庫から離れた位置にある事務所まで車を進めた。


 付近に敵がいないか確認した隼人は敷地に入り、ゲート近くにある無人の守衛室へと進み、操作卓のスイッチを押してゲートを閉じる。


 守衛室から外に出た隼人は事務所の電灯が点くのを見た。圭介が施設の電源を立ち上げたのだろう。


 隼人は戦支度をするべく、武器や装備が保管されている事務所へ小走りで駆け出した。事務所のドアを開け、事務スペースを抜けて監視室と銘打たれた部屋に入ると、壁一面に設置されたモニターの前で、圭介が監視装置を操作していた。


 モニターには監視カメラの映像や施設の稼働状況が映し出されており、隼人は圭介に近づくと彼の操作に従って、目まぐるしく切り替わる画面を見つめた。


「良かった。設備は旧式だけど、ちゃんと機能するみたいだ。結界も使えるよ」


 葬魔機関の各支部や偽装拠点には、結界が整備されている。


 結界とは本来、宗教的な聖域と俗世を隔てる実体のない境界であるが、葬魔の世界においては、大気中ないし人為的に貯蔵した瘴気を利用して形成された物理的な防壁、あるいはその防壁を用いて一定の空間を覆うことで、内と外を隔絶した領域を指す。


 結界はその用途により種類が異なるが、この偽装拠点に整備されているのは、拠点全体を覆い、外敵の侵入や外部からの攻撃を防ぐものだった。


「強度はどのくらいだ?」


「対戦車ロケット弾を容易に防ぐ強度だね。餓鬼程度なら問題にもならないよ。獣鬼でも、並みの強さじゃ突破できないはずだ」


 圭介の言葉通りなら、強度に関してはかなり堅牢なものが整備されているようだ。ふむ、と顎に手を当てた隼人はモニターを見つめたまま、操作卓のキーを叩いている圭介に尋ねる。


「そうか。なら、結界の展開を頼めるか?」


「いいよ。でも、結界の展開には少し時間がかかりそうだから、隼人君は先に補給と装備の補充を済ませといて」


「了解した」


 モニターから目を離し、反対側の壁際に置かれたロッカーに近づこうと振り向いた隼人は、唐突に脳を揺さぶられるような激しい衝撃を受けてゆらりと姿勢を崩す。


「ぐっ……!」


「隼人君!?」


 あわや頭から倒れそうになったところで意識を取り戻し、よろめきながら壁にもたれかかり転倒を防いだ。


 心配した圭介が操作卓から離れようとするが、ふらつく頭を右手で押さえながら、問題ないと言うように左手を上げて制止する。


「大丈夫?」


「……ああ」


「右腕が痛むのかい?」


「違う……声だ。女の声が聞こえた」


「声だって? 僕には聞こえなかったけど、まさか念信かい?」


「言葉にならない叫びのような……魔獣どもが放つ念信に近いが、耳元でいきなり叫ばれたような感じだ……うぅっ」


 隼人は右耳の後ろを擦りながら、顔をしかめ、先ほどの痛みを反芻するように思い返した。操作卓の端末から手を離した圭介は、考えこむように顎に手を当てて思案する。


「でも、僕達以外にこの近くに葬魔士はいないはず……もしかして、念信を使える一般人がいるのか?」


「…………!」


 圭介は自分で呟いた言葉で徐々にその表情を険しくし、隼人も顔を強張らせる。


「秋山さん、少し外の様子を見てくる。今の感覚だとかなり近いところにいるはずだ。もしもそいつが餓鬼に襲われているとしたら……」


「分かった。僕は結界の調整と装備の補充を済ませておく。なるべく早く戻って来てくれ」


「了解した」


 そう答えるや否や隼人は事務所を飛び出し、拠点の入り口へ向かって敷地を走り抜け、守衛室の端末を手早く操作してゲートを開ける。


 開門までの束の間、隼人は先ほど聞いた声を思い出していた。念信の扱いを心得ている者なら、言葉を交わして会話が成り立つのだが、あの念信は、まるで親に乳をねだる赤子の泣き声のような言葉にならない叫びであった。


 おそらく声の主は念信の扱いを知らない素人であり、何があったのかは分からないが、命が脅かされる切迫した状況において無意識に放たれたのだ、と隼人は推測した。


 通れるだけの隙間が開くと同時に、身を滑らせるようにしてゲートを通り抜ける。声のした方角を向くと、工業団地の端にある公園を囲むように瘴気の霧が漂っていた。


「まずいな……」


 目に見えるほど濃い瘴気が漂っているということは、魔獣がいてもおかしくない。実体化に十分な濃度であることは、肌を舐める悪寒から感じ取れた。


 隼人は危機感を覚えながらも暗い霧の中に突き進む。霧の中に潜む複数の気配を感じてその正体を探ると、多数の気配に紛れて魔獣とは異なる微弱な気配を発見した。


 わずかに感じ取れるその気配は、周囲に念信を放ち続けており、無線が切れずに無言のまま繋がっているようだった。電話の逆探知のように発生源を辿ってみたが、あまりに弱々しくその正確な位置を割り出すのは困難であった。


 無暗に念信を使うことは意図せずに魔獣の群れを引き寄せる恐れがあるため、大変危険であるが、早急に保護しなければ、遅かれ早かれ魔獣に襲われるのは目に見えている。


 手段を選んでいる時間はないと判断し、隼人は意識を集中すると、念信を使って悲鳴の主に呼びかける。


「どこだ! どこにいる?」


「……」


 隼人の声に対する応答はない。それどころか、念信は不発に終わった。まるで喧騒の中で自分の声が他の誰かの声にかき消されるような感覚だった。


 隼人の念信を遮るほどの強力な念信の使い手がいるのだろうか。それが魔獣なのかそれとも念信を使った女なのかは分からないが、隼人の念信はここでは意味を成さなかった。


「どこにいる……? 答えろ!」


 念信による思念での呼びかけでは効果がないと判断し、肉声で呼びかけるが、やはり応答はない。


 偽装拠点から離れ、工業団地の端にある公園の入口に辿り着いたが、声の主の姿は見えない。

一般人が犠牲になることは極力避けねばならない。ましてや貴重な念信を使うことのできる人材であればなおさらだ。


 しかし、偽装拠点で装備を整えなければ、魔獣の群れを迎え撃つことは到底不可能である。市街地に潜む魔獣は、声の主を探している間にも他の一般人を襲っているに違いない。偽装拠点に残った圭介は迎撃の支度を済ませ、隼人が戻るのを待っていることだろう。


「くそっ……時間がない」


 悔しそうに歯噛みした隼人が踵を返そうとしたその時、闇を貫くような少女の絶叫が響き渡った。

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