EP06 二人の休日Ⅱ
浅江と隼人は、駅から程近い商店街を歩いていた。“買い物に付き合え”と言った浅江だったが、彼女は店に入ることはなく、ショーウィンドウに飾られた鞄や服の前で足を止めては覗き見て、また歩いては覗き見てを繰り返している。
「……なぁ、買い物って何を買うんだ?」
流行りの服を着せられたマネキンのポーズを真似ている浅江に、隼人は尋ねた。
「ん……? 特に決まってない」
「え、決まってないのか」
「うむ、気に入った物があれば、買おうと思ってる」
隣にあるアクセサリーショップのショーウィンドウにぼんやりと視線を流しながら、浅江は答えた。
「ふぅん……まぁ、いいか。俺も特に急ぐ用はないし」
ガラス越しに商品を見つめる浅江の横顔をちらりと見た隼人は、ふと彼女が頻繁に外出していることを思い出した。
「……そういやお前、休みの日は、支部の外に出ること多いよな」
「ああ……外出許可が貰えるときは、よく街を歩いている」
「散歩、好きなのか?」
「散歩は好きだ。でも、ただ街を歩きたいわけじゃない」
「どういう意味だ?」
隼人に問われた浅江は、一度、視線を落として少し考えてから口を開いた。
「支部に閉じこもっていては、見ることができない景色がある。私はそれを自分の目で確かめたいのだ。お主や私、そしてこれまで散っていった葬魔士の守った平穏な日常が続いていることを……」
言葉の途中で、浅江は歩道の方へ顔を向けた。彼女の視線の先には、春の陽気を満喫しながら街を歩く人々がいた。雑談をしながら歩く老夫婦やふざけ合う制服姿の少女たち。その少女たちの足元を駆け抜ける小さな兄弟とそれを追う母親――賑やかな街の様子は、見ている者の顔まで自然とほころんでしまうような活気があった。
人々を見つめる浅江の目は、店の商品を見つめるそれとは違い、優しげな色があった。
「……なんてな」
隼人と目が合った浅江は、不意に感じた気恥ずかしさを誤魔化すように微笑むと、数歩離れてから振り向いた。
「さてと……お主に何を買ってもらおうか」
そうしてあっけらかんと言った浅江の言葉に、隼人は首を捻る。
「俺が、買う?」
まるで初めて聞いた異国の言語を繰り返すように隼人が聞き返すと、浅江は大きく頷いた。
「うむ、お主の奢りというやつだ」
「……ちょっと待て。どうして俺が奢ることになってるんだ?」
「だってお主、今朝の稽古で私に負けたではないか」
と、浅江に指摘を受けた隼人は、今朝の稽古で木刀を跳ね飛ばされたことを思い出した。
「んん……? あっ……」
「思い出したか?」
にやりといたずらな笑みを浮かべて、浅江が隼人の顔を覗き込んだ。
「あのな、あれは――」
「男に二言はなし。大和男児なら、潔く非を認めるべし」
隼人の反論を切り捨てるように、浅江はぴしゃりと言った。
「二言どころか、一言もそんなこと言ってないからな俺」
「さてさて、男の甲斐性を見せるいい機会だぞ?」
「お前な――」
「ふふっ……」
心から楽しそうに微笑む浅江の顔を見て、隼人は言葉を呑み込んだ。そんな顔をされては、断ることなどできそうにない。
「まったく……」
隼人は溜め息を吐き出して後頭部を掻く。その顔はまんざらでもない様子だった。




