EP05 二人の休日
時刻は午前一〇時。春にしてはやや強い陽射しの中、私服姿の隼人は、駅前にある公園のベンチに座っていた。近くには偉大な功績を残したとされる科学者のブロンズ像があり、待ち合わせにうってつけの場所だった。
「……」
隼人は駅舎をぼうっと見つめながら、支部での出来事を思い出していた。
同伴者がいることを条件に外出許可を得られると聞いていた隼人は、浅江と外出することを陽子に告げた。
すると彼女は急に嫌な顔をし、許可を出し渋った。突然の心変わりに困惑していた隼人だったが、その場に居合わせた圭介がとりなしたことで、どうにか許可を得た。
その後、笑顔で親指を立てた圭介に見送られて支部長室を出た隼人は、すぐさま浅江に連絡を入れ、この場所で待ち合わせをすることとなった。
彼女と一緒に出発してもよかったが、顔馴染みの葬魔士や守衛にからかわれることが容易に想像できたため、別々に支部を出ることにした。
ただでさえ私服姿であることを守衛にからかわれたばかりなのである。二人で彼の前を通ったら、何を言われるか分かったものではない。
「ん……」
そうやって回想に耽っていると、荒い息遣いとともに小走りで近づいてくる足音が聞こえた。
「すまない、遅くなった……」
「いや、時間どおり、だ――」
声のした方に顔を向けた隼人は、ぽかんと口を開けたまま、硬直してしまう。そこには私服姿の浅江がいた。
「……隼人?」
彼女の声は、隼人の耳に届いていない。彼の意識は、目の前にいる少女の姿に圧倒されていた。
彼女の服装は、半袖のサマーニットにチュールスカートという組み合わせだった。薄手のニットは女性らしいボディラインを際立たせ、スカートは膝を隠しているが、裾が透けてふくらはぎが見えており、すらっとした彼女の脚がサンダルに包まれた足先まで続いていることを教えた。
そうして小さな鞄を手に持った彼女の格好自体は、街を歩く女性たちによく見かける格好であり、さほど珍しくはない。しかし、隼人にとって見慣れた彼女の姿とは、支部で目にする服装であり、彼女の装いは彼の心を揺さぶるには、十分だった。
だが、いつもと違う点が服装だけなら、ここまで驚くことはなかっただろう。何よりも彼を驚かせたのは、普段は束ねられている彼女の長い髪が下ろされていることだった。時折吹く春風に揺らされる真珠のような白銀の髪は、陽光を反射する水面のようにきらきらと輝き、彼の目を釘付けにしていた。
「どこかおかしいか……?」
隼人にじっと見つめられた浅江は、うっすらと頬を朱に染めながら尋ねた。
「あっ、いや、えっと……お前、女だったんだな」
我に返った隼人は、咄嗟にそう取り繕った。
「なっ……失礼な。私は元から女だ!」
隼人の言葉を聞いた浅江は、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「それは分かってる。ただ、その……普通の女子みたいだな、と」
「お主な……刀があったら首を刎ねているところだぞ。まるで私が普通の女子ではないみたいな言い方じゃないか」
「ああ、そうだな。普通の女子は刀で人の首を刎ねないからな」
「ふむ……?」
「そこは考えるところじゃない」
「しかし、世が世なら手討ちだろう」
さも当然のように言い切った浅江に、隼人は呆れた顔をした。
「世が世じゃないからな。お前さん、時代劇の見過ぎだ」
そう指摘された浅江は、困り顔をして口を尖らせる。
「し、仕方ないだろう。幼い頃から父に何度も見せられたのだから。おかげで言葉遣いもこのように……」
言葉の途中で口ごもった浅江を見て、隼人は頬を掻いた。
「とにかく……褒めてるんだよ、俺は。分かりづらいと思うけど……だってお前、かわいいとか綺麗だなんて言っても、お世辞はいらないって言うだろう?」
「ふむ……」
隼人の言葉に同意するように、浅江は小さく唸った。
「正直に言うと、驚いたんだよ。その、咄嗟に言葉が出なかったくらいに……」
「はぁ……お主が口下手だということを忘れていた。一応、さっきのは褒め言葉として受け取っておく」
「ああ、そうしてくれると助かる」
小さく吐息をついた浅江は、くるりと隼人に背を向けた。
「けど、やっぱりそういうのはちゃんと言ってほしいな……」
「……え?」
浅江の呟き声が聞き取れなかった隼人は、後ろから覗き込むように彼女を見た。
「っ、何でもない! ほら、置いていくぞ!」
隼人からの視線を振り切るように顔を背けた浅江は、髪をなびかせながら、すたすたと歩き出す。
「あっ、おい待てって。どこに行くかくらい教えてくれよ……」
足早に歩く彼女に置いていかれないよう、隼人は慌てて後を追った。