表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
63/130

EP31 闇に蠢く影

 葬魔機関本部ビル四〇階。天上の遥か高みから下界を見下ろすような高層階の一室には、第三支部の支部長室に飾られたものよりも、さらに豪奢な調度品の数々が並んでいた。


 執務室と思われるその部屋の中には、二〇歳前後と思われる青年が窓際に立ち、解放的な壁一面の窓ガラスから夜景を眺めていた。


「失礼いたします。金倉です」


 木製のドアを叩いた低く響くノック音に続いて、気取った男性の声がドアの向こうから聞こえた。


「入っていいよ」


 部屋の中にいる青年は、聞く者に余裕を感じさせる落ち着いた声で答えた。


「失礼いたします」


「ご苦労様、智己」


 青年に労をねぎらわれた智己は、恭しく頭を垂れた。


「滅相もございません。お心遣い痛み入ります、栄史様」


 栄史、と呼ばれた青年――青龍院栄史は、困ったように吐息を漏らすと、窓の外の景色から目を離して振り向いた。耳を覆い隠すほどに伸ばされた鮮やかな青い髪と中性的な顔立ちは、一見すると女性と間違えても不思議ではない美貌があった。


「牛頭山猛……彼の拘束は大変だったね。生け捕りは、ただ殺すよりも難しい。残念なことに多くの葬魔士が犠牲となってしまった」


「いえ……この程度で済んだのは幸いです。あなたの案に従わなければ、さらに犠牲が出たことでしょう」


 深く息を吐き出した智己は、眼鏡に指を当て、位置を直す。


「わざと検問の穴を作り、彼らを誘導し、牛頭山猛と長峰隼人を戦わせる。まさかこうも上手く事が運ぶとは思いもしませんでした」


 智己の話を聞きながら、机の上に置かれた華美な装飾の施された水差しを手に取った栄史は、グラスに水を注いだ。


「あの橋に彼らを誘導すれば、二人は戦うという確証がおありだったのですか?」


「まぁね……」


 智己に尋ねられた栄史は、微笑みながら曖昧に答え、水を口にした。


「同族嫌悪っていうのかな。その身に禁忌を宿す者――彼らは、互いに自分自身を憎んでいる。だからこそ、自身と対になる存在と出会えば、積極的に排除しようとする。まるで鏡に映った自分を許せないように、ね」


「さすが栄史様。ご慧眼は未だ曇りなく……」


「あのね、智己。僕はまだ父上みたいに耄碌してないよ」


 智己の感心した様子に、栄史は苦笑した。


「それにしても……我ら猟魔の捜索網を以てしても見つけられなかった男が今になってなぜ……」


「彼が現れるのは、決まって新たな鍵の巫女が現れたときだよ、智己」


「となると……牛頭山は新たな巫女を狙っていた、と?」


「うん、きっとね」


「相も変わらずあの男は……大結界の封印式に干渉できる念信使いを殺せば、解放が先延ばしになるとでも思っているのでしょうか。ああ、なんと哀れな……」


「かつての英雄は地に落ち、今や妄執の奴隷と成り果てた。その栄光も既に埃に埋もれている。彼は完全に過去の存在だ。必要な情報を掴んだら、あの男の価値はなくなる。そうなれば、当然、生かしておく意味もない」


 手に持ったグラスを机の上に置いた栄史は、智己に視線を投げた。


「それで……どれくらい情報を抜き取れたのかな?」


「それなのですが……」


 表情を曇らせた智己は、言いづらそうに顔を逸らし、言葉を濁した。


「今、念信能力者たちに心を読ませておりますが、進捗は思わしくなく……」


「ふっ……そうだろうと思った」


 どこか愉快そうに頬を緩ませた栄史を見た智己は、さっと頭を下げた。


「申し訳ございません」


「僕は責めてないよ、智己。彼の心は深く閉ざされている。鍵の巫女でもない限り彼の心を暴くのは難しいと思うしね」


「その鍵の巫女の居場所も捜索しているのですが、未だ分からず……何とも口惜しいばかりです」


 苦々しい口調の智己から視線を外した栄史は、虚空を見上げて遠い目をした。


「僕ら葬魔士が再び繁栄の時代を取り戻すためには、失われた鎧の力が必要だ」


「纏魔甲冑、ですか」


 栄史の横顔に智己が尋ねると、彼はゆっくりと頷いた。


「そう。纏魔の鎧、魂の鋳型……様々な異名を持つ葬魔兵装の一つにして、葬魔の騎士を騎士たらしめる所以となった究極の武具。あれがなければ、呪堕と戦うことは不可能だよ」


「そういえば、あの男は鎧を使っていませんでしたね……」


「ああ、それは僕も気になったんだ」


「使わなかったではなく使えなかった、ということでしょうか。例の事件――呪堕を封印する大結界が襲撃された事件で使われた鎧は破壊されています。牛頭山が生きていたことから、不明だった襲撃者の正体は、彼ではなかったことが判明しましたが、もしやあの鎧は奪われたものだったとか……?」


「彼が斬魔の剣士の称号を継承するきっかけになった事件、か……それはどうだろうね。纏魔甲冑がそんなに簡単に壊れるとは思えないし……」


「では、偽物だった……と?」


「さぁね……でも、よかったよ。牛頭山猛にあの鎧を使われたら、さすがの隼人でも太刀打ちできなかっただろうしね」


 隼人、という名を耳にした智己の眉がぴくりと動いた。


「隼人……とは、長峰家の嫡男のことですね」


「そうだよ」


「名前で呼ぶとは……随分と親しげですね」


 智己の声はいつもの気取ったそれから、険のある声に変わっていた。


「ふふっ……彼は僕に痛みを教えてくれた男だから」


「……は、はぁ?」


 うっとりとした顔で胸元に指を這わせる栄史を見て、智己は困惑した。


「彼のおかげで僕は成長することができた。守護四聖の一角、青龍院家の次期当主として甘やかされて育てられた僕を、彼は諫めてくれた。この傷は、その戒めさ」


「……お言葉ですが、その傷は偶然つけられたもの。もし、何かしらの気付きを得たのであれば、それはあなたの清澄なる御心故です。あの男は関係ありません」


「……そうかな」


「そうです。それに彼は、我々猟魔の討伐対象のままです。今回はたまたま邪魔が入っただけ。あの女狐が現れなければ、我々は彼を討つつもりでした。あまり彼に肩入れするのは、感心しませんよ」


「肩入れ、してるかな……」


 栄史が首を傾げると、真顔になった智己が彼の顔をじっと見つめた。


「はい、しています」


「そっか……」


「やはり彼はあの場で殺しておくべきでしたね……」


 嘆息しながら智己がそう言うと、今度は栄史が真顔になった。


「だめだよ、智己。あの場で彼を殺したら、君はきっと生きて帰ってこられなかったよ」


「え……?」


「理由がないなら動かないけど、理由さえあれば彼女は動く。報復の理由を与えたら、彼女は止まらない。君が彼を本気で殺す気だったら、彼女も本気で動いただろうね」


「――!」


 淡々と告げられる栄史の推測に、智己の顔がさっと青ざめた。


「君は牛頭山猛を捕らえるという機関の命を果たした。だから、これでいいんだよ」


 笑顔でそう言った栄史の視線から逃れるように、智己は俯いた。


「……はい」


「でも、部下を動かすだけじゃなくて、まさか東雲支部長本人が出てくるとは思わなかったな。あれは正直、計算外だった……余計な気苦労をかけてごめんね、智己」


 主の口から飛び出した謝罪の言葉を耳にした智己は、慌てて面を上げて、首を横に振った。


「いえ、そのようなことはございません。この智己、青龍院家に仕える金倉家の一人として、あなたのためならば、進んで道化にもなりましょう」


「ありがとう、智己。やっぱり君は最高の従者だ」


「感謝の極みでございます」


 深々と頭を下げた智己を見て、栄史は満足したように微笑んだ。


「栄史様。話は変わりますが、鍵の巫女の捜索はいかがしますか。やはり鎧の捜索を優先しますか?」


「鎧の捜索を優先して。巫女の方は、目星が付いてるから」


「は……? そうなのですか?」


 机の引き出しからパケ袋を取り出した栄史は、その中に入っていた泥まみれの折り鶴を智己に見せた。


「なんですか……その汚物は?」


「これは猟魔部隊隊長の手土産だよ」


「なっ……隊長は既にお戻りになっていたのですか!?」


 驚きと呆れの入り混じった表情の智己は、素っ頓狂な声を上げた。


「うん。これを置いたらまた出かけるって言ってたよ」


「相変わらず自由な方ですね、あの方は。私に指揮を任せてふらふらと……」


「そう言わないでよ。この折り鶴も彼が見つけてくれたんだから」


 額に手を当てて首を振る智己に、淡い微笑みを浮かべた栄史がそう言った。


「は、はぁ……しかし、その汚れた折り鶴に何の意味があるのでしょうか……?」


「どんなに穢れても、真の美しさは損なわれない。どんなに着飾っても、真の醜悪さは誤魔化せない」


「……え?」


「隊長が言ってたんだ。相変わらずロマンチストだよね、彼」


「そ、そうですね……」


 適当な相槌で返した智己の様子を気に留めることもなく、栄史は彼に背を向けて窓の外の夜景を見つめた。


「まるで天の星を思わせる数多の輝き……人の営みが放つ光は、やはり美しい」


「……しかし、この恩恵を享受している民衆は、その裏で流された血と涙を知らない」


 背後から届いた智己の声を聞き、夜景を楽しんでいた栄史の顔から、笑みがすっと消えた。


「そう。この平穏は数々の犠牲の上に成り立っている。秘匿された魔獣に関する情報……それは葬魔の戦いも例外じゃない」


「そして葬魔士の栄光も――」


 いつの間にか智己の声色は、芝居がかったそれに変わっていた。


「我々、葬魔の庇護によってこの平穏は守られている。そのことを忘れて享楽と惰眠を貪る民衆には、今一度、その事実を知らさなければならない。かつて葬魔が――いや、葬魔を治めた者こそが、世界の頂点であったことを」


「葬魔機関を設立した守護四聖……その一角にして葬魔機関を統治する青龍院家の当主は、葬魔の主に等しい」


 そこで一度、言葉を切った智己は、汚れた折り鶴に鋭い視線を送った。


「鍵の巫女。彼女が齎すのは、福音かそれとも破滅か……」


「この停滞を打ち破るなら、それは僕らにとっての祝福だよ」


 そう言った栄史は、翼を広げるように両腕を高々と掲げた。彼は天上に鎮座する半月を見つめて恍惚の表情を浮かべていた。


「鍵はこの手に。最後の贄を以て封印の扉は開かれ、獣たちは歓喜の調べとともに声高に凱歌を歌う」


「かつての栄光を再び……約束された繫栄の時代を今、ここに――」


 悦楽に満ちた男の哄笑が摩天楼に響く。その残響は、静謐な夜の闇を嘲笑うように木霊していた。

いつもご愛読いただきありがとうございます。これにて第二章完結です。

ここまで投稿を続けられたのも、斬魔の剣士を愛読していただいている皆様のおかげです。重ねて御礼申し上げます。

さて、第二章全体の後書きとなりますので、今回はとても長くなります。先にお断りさせていただきますので、どうかご容赦を。

第二章、ということで前章の内容を踏まえつつ、バトルではやりたいことをやりつつ、

先の展望を見据えて新しい要素を色々と盛り込みました。

新キャラ、新用語(多すぎる)……等々。第三章では、その辺りの掘り下げをしたいと考えているところです。

おそらく第四章か第五章で作品としては一端の区切りを迎えるのではないかと思っています。

ちなみに第二章のタイトル、月下の剣士とは、牛頭山ではなく浅江のことです。

元ネタは実在した刀剣の試し斬りを務めていたあのお方。時代劇でもよく見かけますね。私が知ったのも、某時代劇です。

お金をもらってコロコロしちゃう婿殿の……ゴホンゴホン。

作中で女侍、と牛頭山に呼ばれてますが、イメージとしては、ポニテ女剣士みたいな感じです。髪を下ろすと二度おいしい。

最初は、もっとおしとやかな感じだったのですが……美鶴とキャラ分けしようとして口調やビジュアルがああなりました。

正直、動かしづらいかもしれません……。

隼人の過去に絡むキャラの一人なので、重要なポジションということもあり、妙に力が入ってしまった感があります。

牛頭山に関しては、主人公の宿敵ポジションです。名前がタケル読みで普段、脳内ではモーちゃんと呼んでいるため、気付きませんでしたが、うっかりしてました。名前の漢字を変えればよかったかもしれません……隼人と猛はあかんじゃろ。

そして、なぜか敵キャラの話を考えているときの方が、筆が乗ります。なんでじゃろ。

ただ、読み直すと、意味が分からないので、大幅に書き直します。自分でも意味が分からないとか完全にアウトです。

さてさて、語り足りないことは多々あるのですが、後書きなので自重したいと思います。

今後の投稿についてですが、少しお時間をいただいて、予告どおり二.五章の投稿及び執筆を進めさせていただければ、と思います。

また、以前の投稿について、後書きによる補足や後書きコメントの修正(投稿が遅れるお知らせばかりなので……)をさせていただければ、と思います。

それから恥ずかしながら、活動報告なる機能を今更知りました……。今後、できれば活用したいと思います。

長くなってしまいましたが、この辺りで失礼いたします。それでは。

※2023/4/25 改行、人物描写を一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ