EP26 Falling Down
大気が震え、地が揺れる。二つの暴風に背を抉られ、戦場となった橋が悲鳴を上げるように軋む。二人の間で衝突した瘴気の奔流は、炸裂せずに拮抗した。その様は、互いに敵を喰らおうとする闇色の龍が噛み合うように見えた。
「うおおおおおお!」
隼人は雄叫びを上げ、右腕にさらなる力を込めた。右腕の血管が放つ赤い光が輝きを増し、瘴気を放出する出力を高めようと、唸りを上げる。
「ふっ……」
一方、猛は涼しい顔で大剣を持った右腕を隼人に向けていた。彼が想像していたよりも、隼人の放った瘴気の奔流は、威力が低かったのだ。まるで幼児が親の脚を押すような感覚。ちょっと力を強めれば、転んでしまうような危うさだった。
『そんなものか……葬魔士?』
「なにっ……!」
猛は念信を使い、隼人を挑発した。暴風に声を掻き消されないようにする意図もあったが、集中力を要する念信を使ったことで、彼は優勢であると示したのだ。
『こちらにはまだ余裕がある。そら、少しばかり威力を上げるぞ』
猛の放つ瘴気の奔流が隼人のそれを軽々と上回った。徐々に瘴気を押し戻され、その余波により、体中を衝撃が襲った。
「ぐ、あ――!」
『児戯だな。宝の持ち腐れ……いや、力の持ち腐れか?』
『心の底で人から逸脱することを恐れるお前は、無意識に力を制限している。その姿を維持したまま、俺に打ち勝つことができるか?』
「っ……!」
隼人には現状を維持するのが精一杯だった。倒れないように足を踏ん張り、瘴気を放つ腕を突き出し、その標的である猛を睨み続けるだけ。それだけの機能しか持たない兵器のようにその役割に徹し続けるほかなかった。出力の差、技量の差に大きな開きがある以上、このままでは、隼人が押し負けるのは、自明の理だった。
「畜生。ここまで、なのか……」
そのとき、弱気になった隼人に活を入れるかのように、暴風に揺れる浅江の刀が彼の脚を叩いた。
「いや、まだだ! まだ死ねない! 俺は……俺は、生きてこの刀を返さなきゃいけないんだ!」
魔蝕の右腕を使った以上、それは叶わないと知っていながらも、隼人は己を叱咤し、闘志を奮い立たせる。左手で右腕を掴み、跳ね飛ばされそうになる腕を必死に保持する。瘴気の奔流を凌ぎながら、活路を探る。
「ぐっ……」
暴風の吹き荒れる音に混じって、妙な破裂音が聞こえた。それは猛の足元――橋梁本体に亀裂が入る音だった。強すぎる威力に耐え切れず、橋の倒壊が始まっているのだ。
活路はそこにあった。諦めを捨てなかった戦士に、勝利の女神は微笑んだ。
「そこだ――!」
好機を捉えた隼人の叫びが、暴風の轟音に負けじと響き渡る。彼は、瘴気の奔流を放つ右腕に渾身の力を込め、橋に叩き付けた。
「なんだと!?」
猛の足元が崩落し、姿勢を崩す。奔流を放つ彼の腕があらぬ方向を向き、射線が外れた。瘴気の渦は制御を失って炸裂し、爆風となって二人を吹き飛ばした。
「ぐぁぁぁぁ!?」
「がはっ――!」
爆風に巻き込まれた猛の姿が、隼人の視界から消えた。爆風が橋上を駆け抜け、残った構造物を悉く薙ぎ倒す。
もはや抵抗する余力のない隼人は、吹き飛ばされる勢いに身を任せ、風に吹かれる木の葉のように路面を転がった。
「……」
爆風が止み、辺りはしんと静まり返る。隼人はうつ伏せに倒れたまま、起き上がらない。ただ、右腕の血管から零れる赤い光が鈍く輝き、彼の生存を伝えていた。
嵐は過ぎ去り、穏やかな夜の静寂が訪れた。天から降る月明かりが、倒れた彼を照らしていた。
斬魔の剣士をご愛読いただきありがとうございます。第二部ラストバトルはこれにて終了です。
区切りが難しかったため、二話に分割して投稿しました。今回、尺が短めなのはそのせいです。
内容についてですが、猛の強さを落とさずに、どうやって決着をつけるか、かなり悩みました。
でも、この落としどころは、アリだったのではないでしょうか……なんて、ごめんなさい。洒落です。
さて、今回と前回のサブタイトルも某ゲーム(それぞれ別のゲームです)のBGMタイトルからお借りしております。この場をお借りして御礼申し上げます。
内容的には、今回はこのBGMのタイトルがマッチしてるのですが、前作のラスボスのBGMの方が好きだったりします。
この物語をご覧になって素敵な音楽、素敵な作品を知るきっかけになったら、とても嬉しいです。
長くなってしまってすみません。この辺りで失礼いたします。




