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斬魔の剣士  作者: 織部改
第二章 月下の剣士
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EP23 The edge of an oath

 片や大剣、片や刀を得物として二人の葬魔士が激突する。高速で間合いに踏み込み、袈裟斬りに剣を振り下ろす動きは、奇しくも同一の剣技だった。


「斬魔――!」


「一閃――!」


 裂帛の気合とともに互いの刃が衝突し、橋の上で甲高い金属音が木霊した。隼人の対魔刀をたったの一撃でへし折った圧倒的な威力を誇るその斬撃は、浅江から託された刀にしかと受け止められた。


「……!」


 猛は瞠目した。隼人はどうにか耐えたのではなく、完全に拮抗している。刀が大剣を受け止めたのだ。猛は手を抜いたわけではない。手に持った刀ごと彼を真っ二つにするつもりだった。


 彼は隼人を侮っていた。先の戦闘での初撃は奇襲、続く第二撃は隼人が動揺していたため、満足に攻撃に対処できなかった。そのことが、猛の過信に繋がっていたのだ。


 今の隼人に精神の乱れはない。浅江に託された刀は、量産品とは比較にならない業物であり、彼の斬撃を防いだ実績もある。真っ向勝負となれば、防げない道理はない。


「何を驚く? あいつに託されたこの刀が、簡単に折れるわけ……ないだろ!」


 啖呵を切った隼人は刀を押し込んだ。猛は大剣を握る手に力を入れ、歯を食いしばった。


「ちっ……!」


 猛は仕切り直すために、鍔迫り合いしていた得物に渾身の力を込める。力任せに肩で刃を押すと、体格でやや劣る隼人は、吹き飛ばされるように後退した。


「くっ……!」


 体勢を崩した隼人に追撃の刃を振り下ろす。大木すら一刀で切り倒す恐るべき斬撃が唸りを上げて、空を裂いた。


 衝撃音とともに路面が砕け、アスファルトの破片が宙を舞う。振り下ろされた大剣の刃先が路面に深く食い込んでいた。しかし、その刃の下に隼人はいなかった。


 舞うように身を翻した彼は、大剣を難なく躱していたのだ。


「――!」


 猛が気付いたときには、隼人の反撃が彼に迫っていた。


 疾風の如く間合いに踏み込んだ隼人は、逆袈裟から返す刀で振り下ろし、続けて横薙ぎ――首、胸、腹を裂く三連続斬撃を繰り出した。


 迷いのない剣閃が、アルファベットのZのような残像を描く。これまでとは比べ物にならない目にも留まらぬ斬撃が猛を襲った。


 三度、響き渡る激しい金属音。だが、それは骨を断つ音ではない。猛の大剣に攻撃を阻まれた音だった。


「なっ……!」


 いずれの斬撃も猛に届くことはなかった。彼は冷静に剣を引くと、盾にして防いだのである。


 刃と刃がぶつかり、鋼が弾け、火花が宙を舞う。燃え尽きるまでの数秒にも満たぬ刹那に紅色の蛍が闇夜で輝く。


 その瞬間、時の流れが緩やかになった気がした。


 それは猛の重圧によるものだった。彼は構えた武器の影からじっと隼人を睨んでいた。危機を察知した隼人は、横薙ぎの勢いで身を捻り、大剣の腹に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


 猛は少しよろめいたものの、すかさず体勢を立て直し、大剣を握っていない片手を隼人に向かって突き出した。


「念信か!」


 隼人の察知した危機は、猛の念信攻撃の予兆だった。合わせ鏡のように空いた手を猛に向かって突き出した隼人は、意識を前方に集中させ、無力化を試みる。


 猛の波長は体が覚えている。後は、その波長に合わせて念信を放つのみ――


『飛べ――!』


『させるか!』


 言葉とともに吐き出された二人の意思は、衝撃となって空中で衝突した。


 指向性を持った力同士がぶつかり、弾け飛ぶ。だが、それは隼人が考えていた無力化とは異なっていた。まるで見えない爆弾が炸裂したように、周囲に衝撃波が放たれたのだ。


「ぐっ……」


 隼人と猛は互いに衝撃波に見舞われた。直撃に比べれば、大した威力ではないものの、突風に襲われたように、数秒間、身動きが取れなかった。


 その余波は橋の下を流れる川面を叩き、逆巻く波を生み出し、水を空へと打ち上げた。打ち上げられた川の水は、数秒と間を置かずに土砂降りの雨となって、二人に降り注ぐ。


「凌いだか……」


 ずぶ濡れになった猛がぽつりと呟いた。同じくずぶ濡れになった隼人も、顔についた水滴を拭って敵を睨む。


 ぶっつけ本番で美鶴が念信を防いでみせたのだ。念信能力者として先達である隼人が防がないわけにはいかない。


「ああ。お前の声はもう、俺には届かない――!」


 逆位相の念信による相殺は、辛うじて成功した。これで仮説は証明され、隼人の念信でもこの男の念信に対抗できることが判明した。


「ちっ……」


 舌打ちをした猛は、大剣を構え直して隼人を睨む。隼人もまた、対魔刀を構えて彼を見据えた。


 相手の挙動を注視しながら、隼人は思考を巡らせた。


 戦況は互角となった。隼人も猛も互いに剣筋は把握している。完全に両者は手の内を知っていると考えていい。


 勝敗を決するのは、敵の思考を乱す想定外の要素だろう。それには戦闘の中で相手を観察し、秘策を編み出すか、直感に基づく奇策を見出すか。はたまた策を無視した力押しか。いずれにしても、まだ勝負に出るのは危険だ、と直感が告げている。


 なんとか互角に持ち込んだ状態であり、決して優勢ではないのだ。それにまだ、この男の底は見えない。迂闊に仕掛ければ、危ういと脳の奥で警鐘が打ち鳴らされている。


「……」


 現在の装備は、浅江の対魔刀と車に積んであった七二式対魔刀後期型の一振り、葬魔機関支給の短剣四本だった。


 隼人の愛用する穿刃剣が浅江の車になかったのは、仕方ない。あれは使い手が少なく、貴重な武器だ。


 そもそも彼女の得物は、対魔刀と緊急時用の短剣のみであり、これだけ多くの武器があっただけまだ恵まれているとしか言いようがない。


 先の戦闘で魔獣の因子が活性化した影響か、傷の治癒は済んでいた。コンディションも悪くない。ただ、感情が昂ぶっているせいか、妙に体が熱い。その熱は肉体の一部から発せられ、全身に伝播しているようだった。


 違和感を覚えた隼人は意識を集中し、その熱源を探ると、魔獣に侵された右腕だということに気付いた。


「まさか……」


 あの男の大剣を右腕で防いだとき――美鶴の悲鳴を耳にし、右腕が赤く明滅した瞬間、彼女の声に呼応して封印に綻びが生じたのだろう。


 隼人は偽装拠点で絶対禁忌を解放したときを思い出した。瀕死だったはずの隼人は、獣鬼の叩きつける鉄骨を一撃で跳ね返すほどの力を発揮し、拠点内に満ちた瘴気を利用して獣鬼を消し飛ばした。


 あのときは、全身が焼けるような熱に見舞われた。この熱はそれに近い。封印が満足に機能していない。その可能性に思い至った隼人の額に冷たい汗が流れた。


 目を覚ました魔獣が暴れ狂うのを防いでいるのは、封印作用のある繊維で編まれたこの腕輪だ。この腕輪が、魔の獣を封じる最後の砦なのだ。


「どうした? 臆したか?」


 思考を遮る猛の嘲笑う声に、隼人は現実に引き戻された。


「来ないなら、こちらから行くぞ――!」


 大剣を肩に担ぎ、正面から猛が迫ってくる。巨体が高速で突っ込んでくるその様は、重戦車の突進を思わせた。


「くっ……!」


 魔獣の因子によって体が補強されるとしても、そう何度もあの威力をまともに食らいたくはない。


 隼人は振り下ろされる大剣を横っ飛びで躱し、側面に回り込もうとする。彼の思考を見抜いた猛は姿勢を崩した、と見せかけて回転斬りを繰り出した。


 死角――体の影から現れた巨大な刃を目にした隼人は、咄嗟に刀を盾にして防ぐ。


「うぐっ……!」


「刀は無事でも、お前はどうだ!?」


 刀を体にめり込ませるようにして、大剣で打たれた隼人は、反対車線を飛び越え、路上を照らす水銀灯にぶつかった。


「かはぁ……!」


 重い衝撃と鋭い痛みに隼人の体は蹂躙された。ぶつかった振動で揺れる光の円の中で膝をついて呼吸を整える。たった数秒の苦悶、だがそれは追撃の機会を与えるに等しかった。


「奴がいない……?」


 我に返った隼人が顔を上げると、路上に猛の姿はなかった。


 不意に影が落ちた。スポットライトのような水銀灯の光が遮られたのだ。真上を見ると、猛が大剣を振りかぶって落下してくるところだった。


「――!」


 落ちてくる猛を目にした隼人の脳裏に、雷光のような閃きが走った。彼は後ろ手に腰の短剣を引き抜くと、直上に投擲し、必死に身を捻って路面を転がった。直後、背後から路面を叩き割る轟音が響く。


「……はぁ、はぁ」


 痛みに喘ぎながら体勢を立て直すと、ぱらぱらと降り注ぐ破片の中で、猛がゆっくりと立ち上がるところだった。彼の左頬は縦にざっくりと裂け、細く血が滴っていた。空中なら身動きが取れない、と読んだ隼人の考えは正しかった。


「目を狙ったか……」


 顔をしかめた猛は、左手をすっと持ち上げ、頬の傷を指でなぞった。わずかに顔を逸らさなければ、左目は機能しなくなっただろう。


「……!」


 男の指が傷から離れると、傷は塞がっていた。出血は止まり、赤い血の線が傷を負った名残となっていた。


「お前、やっぱり……」


 この男は驚くべき速度で傷を治癒することができるのだ。やはり先の戦いでも、隼人が潰した肺をすぐさま治癒したのだ。


 表情を歪めた隼人を見て、猛はふっと笑みを浮かべた。彼は左腕を下ろし、大剣に手を添える。


「……ん?」


 そこでふと隼人は、猛の左腕の傷が目に入った。猟魔部隊に射られた矢で負った傷だ。その傷は貫通し、穴が開いており、まだ完治していなかった。


 隼人は首を傾げた。いとも簡単に頬の切り傷を治した男が、剣を握る腕の傷を治さない理由はない。


 あの矢は射られた魔獣の動きを止めると浅江が言っていた。もしや、という疑念が隼人の胸の内で湧き上がった。

いつもご愛読いただきありがとうございます。やっと来ましたバトル回!

実は、サブタイトルは前回に引き続き、好きなゲームの曲名からお借りしています。この場をお借りして感謝申し上げます。

作中でこの曲が最初に流れるときは、ちょうど橋の上で戦うので、シチュエーションもピッタリなんですよね……なんて偶然。

橋の上で戦うってシチュエーションは、色んな作品でよく見ますけど、やっぱりワクワクしますよね。こう、決闘感マシマシで。

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